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第51話:中央執務室。
コンっとガラス窓に小石が当たる音で、ボルクはバルコニーに続くガラス戸の鍵を開ける。
シュッと風を切る音と共に、バルコニーに小柄な狐獣人が現れた。
「ボルク様!」
「おかえり。あちらはどうだった?」
「はい! こんなものが、届いてた様ですよ〜。」
「へぇ・・・。ありがとう。後で目を通しておくよ。引き続きよろしくね。」
「はーい。 それじゃ、ボルク様行ってきます!」
現れた時と同じように、狐獣人が去ると部屋の扉がノックされた。
「ボルク様、国境警備隊の者達がお見えになりました。」
「ああ、今行く。」
ボルク達は中央につくなり、応接室へと案内された。
すでに、フォックス、ピンイ、フェイは到着し、すっかりとくつろいでいた。
案内してくれた者が、グリズ達へお茶を出すと、少しして応接室前の扉が騒がしくなる。
「ボルク様!!! もう少し、ゆっくりと!!威厳を持って・・・あぁ!!!そんな勢いよく・・・」
バーンっと勢いよく開けられた扉から中に入ってくるなり、ボルクの顔をがっちりと掴みこむ。残像の様に灰銀色の髪に付けられた青いリボンが揺れる。
「ボーーールテーーーーーー! 会いたかったよぉ〜!! ああ、私にしっかりとその綺麗な瞳を見せておくれ〜!!」
「ちょ・・・お。叔父さん。離して下さい。」
「「「・・・」」」
「えー、だって、もうボルテに会えないかと思ってたんだよ〜? もう、身体は癒えたのかな?」
「・・・・、ハイ。」
「そう。なら、よかった。 ああ、立ち話もなんだから、皆も座ってくれ。君たちみんなが立ったら威圧感が半端ないんだよ〜。」
ボルクが中に入ると同時に、立ち上がっていたグリズ達はその言葉に従い、椅子に腰掛けた。
「ボルテ、髪の毛、切ったんだね。」
「はい。」
「ふーん。んで、今日、君たちがここに居るって事は、幻影魔獣の事についてでいいのかな?」
「え・・・?」
ボルクの言葉に、1人ボルテだけが声を上げた。
その事に、ボルクも一瞬「え?」となったが、すぐにグリズが話は話始めたのだった。
「まずは、ボルク様にすでにご報告している件なのですが・・・。」
「うんうん。どれの事かな?」
「ボルテの拾ってきた魔獣の子ですが、魔獣ではなく獣化した獣人でした。」
「うんうん。そっか、そっか。」
「その獣人は、獣化した状態で「喋れる」そうです。」
「うんうん。そっか・・・え?」
「獣化して、喋れます。」
その言葉に、ボルテ以外のメンバーの表情が固まる。
「その獣人って・・・。」
ボルクの問いに、グリズは言葉進めていく。
「・・・・おそらく猫獣人。それも、黒猫かと・・・。」
「!!」
グリズの言葉に、ボルテが反応しグリズの方を見る。その顔が真剣な顔だったので、ボルテは何も言わずグリズの言葉が続くのを聞いていた。
「・・・そして、先日の幻影魔獣に倒れたボルテを治癒させたのもその黒猫獣人だと思います。」
「・・・そう。ボルテ、君は知ってたのかい?」
「・・・・いいえ。」
「そっかぁ・・・。 で、グリズ隊長? それをわざわざここで話始めたということは、それが何か重要な事に関わって居るって事なのかな?」
「そのことで、オレらから報告だ。」
ボルクの問いに、ピンイが手を挙げて離し始めた。
「ボルク、お前の後をこの数日つけている奴が居た。」
「えっ?」
「初めは、このおっさんが付けてんのかとか思ったんだがな。 猫獣人が関わるなら、話は変わる。お前、猫獣人・・・それも、黒猫獣人の事どれだけ知っている?」
「・・・、それは「フィー」の事ですか? それとも・・・「ラッキーキャット」としての黒猫獣人の事ですか・・・。」
ボルテの回答に、その場の空気が変わる。
先に口を開いたのは、ボルクだった。
「・・・ボルテ「ラッキーキャット」について、知ってたのかい?」
「・・・先日、転移者の記録を読みました。そこでもしかしたら?と思ったのですが、私は「フィー」が話せることも、獣人だってことも最近まで知りませんでしたので・・・。」
「・・・そう。・・・ん?知らなかったのかい??」
「はい。知りませんでした。」
はっきりと言い切ったボルテに、その場の空気が固まる。
ギギギっと音がしそうな動きで、ボルクがグリズの方を見る。
「・・・グリズ隊長?」
「・・・・その様です。」
苦虫を噛んだような顔で、グリズが肯定する。
「・・・ボルテ、その「フィー」とやら、中央で預かりたいのが・・・」
「!! 何故ですか!? フィーは私のです。」
「・・・獣人の姿・・・見たこと無いいんだよね?」
「はい!!」
「す、すいません。発言をいいでしょうか?」
黙っていたラビが手をあげる。
「フィーガですが、見た目は黒髪に黒の三角耳。瞳の色は金色で、背格好はうちの娘と同じくらいの小柄な雄の獣人になります。兎まい亭で保護した時は、ボルテの匂いが着いた状態でした。」
「うんうん。う・・・ん??」
「!! ラビさん、フィーの姿ってそんな感じなんですか!!」
ラビの話を聞いたボルクとボルテの反応に、周囲もどう反応したらいいのかわからずポーカーフェイスを保つ。
「ってか・・・えっつ?! ボルテの匂いって・・・ボルテ・・・君、獣化の姿しか、知らないんだよね???」
「はい! けど、フィーとはずっと一緒でしたから!」
「そ、そう・・・。」
「あ、こないだ、フェイさんに子種の出し方を教えていただいたので、フィーに・・・」
「おおおおおおい!!!!!!!!!待て!!!」
ボルテが何か不穏なことを言い出しそうになった気配を感じた、フェイが身を乗り出してボルテの口を塞いだ。
「駄犬!! 何言い出してんだ!」
「えっと・・・こないだ教えていただいた事を、フィーとしたので・・・。」
「・・・・獣化してる相手とか?」
「はい!」
フェイの顔が若干引き攣っていたが、ボルテは気にする事なくフェイの質問に答えていた。
「・・・獣人の姿は見てないんだよな?」
「はい!! ・・・あ、でも・・・、黒髪、金眼の獣人がフィーなら・・・、何度か見ているかもしれないです。」
「ど、どういうことだ?」
ボルテの答えに反応したのは、ピンイだった。
一緒にいたはずのピンイに問われ、不思議に思いつつも、ボルテは答えた。
「・・・保護した獣人が、そんな容姿でしたよね?」
「それは、行方がわからなくなっていた遊君の事か?」
「行方がって・・・」
「ああ、今朝方保護した遊君がいなくなっていたんだ。だから、緊急招集をかけたのだが・・・。」
「・・・ボルテ、その姿はあの店の2階で見たのか?」
「はい・・・。それで、自分が嫉妬してたんだって気がついて・・・。」
少し照れた様子のボルテに、グリズ達はボルテの成長を感じた。が、今はそれどころじゃないと、話を進めていった。
「ボルテ・・・、それ以外で彼の姿を見た事は?」
「・・・それ以外でですか?」
考えるボルテの横で、ピンイが何かを思い出した。
「黒髪金眼の猫獣人・・・フィー・・・フィーガ・・・フィガロ!か!!!」
「フィガロ?」
「ああ、そうだ! ネロウの兄弟だ!」
「ネロウ・・・ってサウザで知り合った猫獣人の?」
「ああ、確かそいつの兄弟が・・。」
ピンイの言葉に、フェイがサウザでの事を思い出す。
「けれど、そのフィガロが「ラッキーキャット」なら、ネロウの左目は負傷したままなのはおかしくないか?」
「・・・それは、今回の幻影魔獣事件が関係するかもしれないね。」
「えっ?」
ピンイとフェイのやりとりを冷静に見ていたボルクが言葉を挟んだ。
「ボルクとその黒猫獣人との関係については、気になるけど一旦置いておくけど・・・。もし、彼がラッキーキャットだとしたら、その力は家族にも使わないようにしてるだろうね。それに、彼らは唯一、魔獣との交配が可能だからね。」
「・・・。」
「・・・ボルテ、その顔は知ってたのかい?」
「はい。転移者の記録に・・・。」
「そう・・・。 それなら、幻影魔獣がその成り損ないだって事も知ってたかい?」
「えっ・・・。」
ボルテは、グリズ達の顔を見回す。
グリズ、シュベール、フォックスはボルテの視線を思わず逸らしてしまった。
「・・・グリズ隊長、もしフィーが幻影魔獣だったら・・・」
「・・・討伐してたさ。だが、お前が拾ってきたと言って見せてくれた時に、その特徴がなくてな・・・。だから、俺もまさか獣化した獣人だとは思ってなかったんだ。」
「・・・特徴ですか・・。」
「ああ。魔獣との子は、ツノがあるからな。」
「・・・角。フィーにはそんなの無いです。」
「ああ、だからそのまま連れて行っても大丈夫だと思ったんだが・・・。ラッキーキャットか・・・。」
「・・・ラッキーキャットじゃないです。フィーです。」
「・・・・。」
「はいはい。ボルテ、その話は一旦おいておくよ。 そのフィガロ君が、関わるのかはわからないけど・・・、今回の一連の幻影魔獣の事件は、関係性が出てくる事になる。」
「・・・関係性・・・?」
「ああ、そうだ。全てに、猫獣人とお前が関わってるんだ。」
「けれど、先日の幻影魔獣の被害にあった獣人は、イースからの出稼ぎできてただけで・・・。」
「・・・イースだと?」
それまで黙って話の流れを聞いていたラビが、『イース』の言葉に反応する。
「おい・・・、フィーガはイースからここに流れ着いたと言ってたぞ。それに、先日手紙をサウザに出していたんだが・・・」
「!! そ、それは本当か?!」
ラビにピンイが掴みかかる。
「オレは、サウザでネロウに頼まれたんだ! ソイツにあわせてくれ!」
「ちょ・・・オイ!落ち着け・・・。 それが、今朝フィーガは兎まい亭に来てないんだ。だから、リサがボルテに・・・。」
「ボルテ・・・?」
「・・・、そういえば・・・。今朝、グリズ隊長? うちに来ましたよね? 」
「・・・いや、俺は緊急招集の連絡もらって、そのまま兎まい亭でお前が倒れたって・・・。」
「!? ラビさん、グリズ隊長と一緒に居たところ見てますよね!?」
「えっ・・・いや・・・。あ、あれ・・・ボルテ・・・お前、なんで居たんだ?」
「!!」
ラビとボルテのやりとりを見ていた、ピンイが応接室を出ていこうとする。
「待て!ピンイどこに行く!!」
「ボルテの家だ! こいつには尾行が付いてたんだよ!!」
「!?!」
「な、なんでそれを報告してない!」
「今日、報告するつもりだったんだよ!! 昨日、店を出た後は誰も着いてなかったから・・・。ああ、そうか・・・。だから、獣化してたんだな。」
「・・・どういう事だ?」
「ああ、幻影魔獣との関連性はわからねーが、もしそいつがフィガロだったら、獣化して身を隠してても名前を偽っててもおかしくない。」
「何故だ?」
「フィガロが狙われてるからだ。それも、執念深い変態にな・・・。」
「・・・相手がわかってるなら、対応ができるはずでは?」
フォックスが、ピンイの言葉に思わず反応すると、ボルクの顔が曇る。
「相手は、上位階級なのかな・・・。」
「ああ。」
「イースと言ったか・・・。なるほど。あの噂は本当だったんだな。」
ボルクは、少し考えてグリズ、シュベールと順番に顔を見た、最後にボルテに視線を合わせて話した。
「・・・ボルテ、君は権力に立ち向かう気はあるかい?」
「・・・・それは、何かこの事件と関係があるんですか?」
「・・・どうだろうね。無いとも有るともいえないかもね。まぁ、今はとりあえずボルテの家にフィガロ君が居るか確認しに行った方がいいかもね。」
「はい!」
ピンイとフェイはボルテに。ラビとグリズは兎まい亭に。シュベールとフォックスは国境警備隊の詰め所へと戻った。
「オイ!駄犬!!!」
「った! フェイさん、なんですか!!」
走りながら、ボルテの後頭部をフェイが叩く。
「お前な! いくら、内輪の話だとしても、閨の話は他人にするな!!!」
「・・・閨?ですか・・・。」
「あぁぁあx・・・。子種だとかそんな話だ!!」
「そうなんですか!?」
「そうなんだよ! そんな話は、聞かれても話すもんじゃねぇんだよ!」
「そ、そうなんですね!!わかりました!!」
そんなやりとりをピンイは横目に見ていた。
・・・、フェイって変なとこ真面目というか・・・純情だよなぁ。
しかし、もしフィガロだったら・・・。
あの毒は、やっぱり・・・、あの男のか・・・。
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