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第52話:連れ去られる。
ボルテを呼びに来たグリズの様子に、フィガロは言いようの無い不安を感じていた。
一瞬だが、あの眼は、フィガロをしっかりと見た。
あの眼を、フィガロは知っていた。
それはイースにいた頃に感じた、視線と似ていた。
・・・まさか?
革の小袋にコインと一緒にしまっていた手紙を取り出す。
『迎えに行く』とだけ書かれたそれに、サウザの封蝋がされていた。
どうしよう・・・、どうしたら・・・。
コンコン
暖かく静かな部屋に、扉をノックする音が響く。
えっ? だ、誰だろう?
部屋の中で静かにノックの主が立ち去るのを待とうとフィガロは、気配を抑えた。
だが、ノックは止むことはなく、だんだんと激しいものに変わっていった。
コンコン
ドンドン
「中にいるんだろ!! 出てこい!! さもないと・・・」
ドンッ!!!
「!!?」
大きな音と共に、扉はこじ開けられた。
「オイ! 家の中をめちゃくちゃにしていいんだぞ!! さっさと出てこい!!!」
中に入ってきた大柄な獣人が、わざとらしく椅子を蹴り上げた。
その音に、隠れる事を止めフィガロは大人しく姿を出した。
「・・・お前が・・・・・ねぇ・・・。」
ジロジロと不躾な眼で、目の前に出てきたフィガロを見るとその獣人は自分が纏っていたマントをフィガロに投げつけた。
「それを着ろ。」
「・・・・。」
フィガロに当たり足元にマントが落ちる。
微動だにしない、フィガロに痺れを切らした獣人が、掴みかかった。
「・・・オイ!手荒な真似をされたくなきゃ、言う事を聞くんだ。」
顎を掴まれ、爪が頬に食い込むと、ぷつっと、頬から血がうっすらと滲んだ。
「っつ!」
反射的に、フィガロが抵抗をすると掴んでいる手に力が込められる。
「抵抗するなら、顎を砕いてもいいんだぞ・・・」
「うぅ・・・」
顎を掴んでいる手にフィガロの指が食い込む。
「兄貴、まだっす・・・かぁぁぁ、ダメっすよ!! 傷つけるなって、指示なんすから〜!!」
場に削ぐ合わない呑気な口調で、小柄な獣人が顔をのぞかせ、フィガロを掴みあげていた大柄な獣人に注意をした。気が逸れたのか、元よりそんなつもりは
なかったのか、掴みあげてた手は緩められ、その場にフィガロはへたり込んでしまう。
「ちっ・・・。さっさと行くぞ。」
小柄な獣人に、マントを着せられフィガロは腕を引かれて連れて出される。
ど、どうしたら・・・。
「・・・余計な事は、しない方がいいっすよ?」
フィガロの不自然な様子に、小柄な獣人が釘を刺し、体に似合わず強い力でフィガロの腕を引っ張っていった。
「・・・わ、わかったから・・・引っ張らないでください。」
フィガロは、咄嗟に首についていた小袋を引っ張り扉の影に落としていった。
・・・ルテが気が付いてくれればいいけど・・・。
その様子を、先に外に出ていた大柄の獣人は、横目に捉えていたが特に何かを言ったりはしなかった。ボルテの家の前に停められた騎乗魔獣にフィガロは乗せられ、頭に袋を被せられた。
「うわっ!!」
「騒ぐな・・・。いいか、少しでも変な気を起こしたらここの住人も、お前の兄妹も無事でいられると思うな。」
「・・・わかった。」
袋を被せられ、暴れたフィガロだったが、背後から回ってきた腕に力が込められ、フィガロは暴れるのをやめた。大人しくなったフィガロを懐に抱える様にすると、騎乗魔獣を走らせる。
「急ぐぞ!」
「ウィッス!!」
勢いよく走り出した魔獣のせいで、思わずバランスを崩し落ちそうになったフィガロの腹に腕が回され、背中にずっしりとした温かさを感じる。その温かさに、フィガロから緊張が解けたのを感じ、大柄の獣人は魔獣の速度を上げていた。
しばらくすると、袋越しでも感じるほどの異臭に、フィガロは思わず声を漏らした。
「うっ・・・」
「・・・しばらく息を止めてろ。ここを抜ければ、匂いはしなくなる。」
そうフィガロに告げると、魔獣の速度が少し上がった。
ボルテの家に押し入ってきた時に感じた恐怖は、この数時間で和らいでいた。
それも、フィガロの背に感じる体温と、騎乗魔獣に乗っているフィガロに対しての気遣いが伝わっていたからだった。
そのせいで、気安くフィガロは背後の獣人に声をかけていた。
「・・・あの・・・、僕はどこに連れていかれるんですか?」
「・・・」
「僕、家に帰れますか?」
「・・・」
「あの・・・」
「黙れ。」
「・・・はい。」
「もう、着く。 オレらは、依頼されただけだ。お前がどうなるかなんて、興味はない。」
「・・・・そう・・・ですか。」
指定された館が見え、入り口近くに騎乗魔獣をとめると乗せていた獣人は、フィガロに声をかけた。
「下すぞ。」
そう言って、魔獣の上から降ろされ、袋を被せたままフィガロは腕を引かれる。
カツンカツンと、大柄獣人達のブーツの音が建物に響く。
冷んやりとした冷気を感じながら、歩くとふわりとした感触が足元から伝わる。
「・・・、ここだ。 座れ。」
「うわっ!!」
背中を引かれ、椅子にトスっと座り込むとガチャンと足首、手首に金属が嵌められる。
「!!!! な、何を!!!」
「うわっ・・・こいつチョロくないっすか?!」
「・・・お前も黙ってろ。」
「ウッす!! じゃ、報酬もちゃんとあったんで、オレらもズラかりますか!!」
「ちょ!!ま、待って!! 待ってください!! ぼ、僕は!?」
ガタガタとフィガロが暴れるが、椅子に手足を付けられたせいか、バランスを崩して倒れてしまう。大きな音を立てて、椅子ごと倒れた。
「うわっ!!」
ガタン!!
「・・・騒いでも構わないが、体力は温存しといた方が身のためだぞ。」
「・・・えっ・・。」
袋越しに、自分の近くに大柄の獣人いるのが分かり、フィガロの体が一瞬強張った。が、小柄な獣人の言葉で、大柄の獣人はフィガロから離れていってしまった。
「兄貴やっさシー!! ナンすか、こーいうのがタイプすっか?!」
「・・・。いくぞ。」
小柄な獣人に、鋭い視線を向け、さっさと大柄の獣人は部屋から出て行こうとした。
それに続いて、小柄な獣人も小走りで後を追っていった。
「はーいっす!」
「えっ!? ちょ・・・待って!! 待っ・・・!!」
フィガロは椅子ごと倒れたまま、遠くで扉の閉まる音が響いた。
部屋から出ると、急ぎ足で来た道を戻る背中に小柄な獣人は思わずきいてしまっていた。
「・・・兄貴、さっきのやつ良いんすか?」
「何がだ?」
「タイプだったんじゃないんすかぁ〜? 抱き起そうとしてたし・・・。」
「・・・なんだ?ヤキモチか?」
「ち、違うっすよ!!! ただ、ちょっと気になっただけっス!!」
「アイツの態度が大人し過ぎて気になっただけだ。 それよりも、さっさとここを去るぞ。」
「了解っす!」
館の外に、繋いでた騎乗魔獣に乗ると、大柄獣人は、来た道とは逆に走り出した。
「ちょっ! 兄貴!?そっちは・・・!」
「ああ、死にたくねーからな。そのまま国境を越えるぞ!」
「えっ・・はぁ?! 死って・・・」
その瞬間、背後から魔獣の雄叫びが響いた。
「チッ・・・。 急ぐぞ!」
「ちょっ! ナンすかあれぇぇ!!!!!!!」
騎乗魔獣に鞭をいれ、速度あげ背後から追いかけてくる魔獣を引き離す。
「あの植物を越えれば、追ってこない! 急げ!!」
「マジっすかぁぁ!!!!!!」
ドンドンと速度を上げていくと、追いかけてきた魔獣がピタリと追ってくるのをやめ、元きた道に戻り始める。
「・・・兄貴、アレ・・・なんだったんすか?」
「・・・さぁな。 まぁ、オレらにゃ関係ないことだ。このまま進むぞ。」
「ウッス!」
口封じ・・・にしては、あっさり引き下がって行ったか・・・。
あのガキ、一体何をしたんだかな・・・。
「兄貴〜、本当はさっきの奴、タイプだったんじゃないんすかぁ〜?」
隣に並んだ、小柄な獣人がニヤニヤしながら、見上げてきた。
「・・・かもな。お前と違って、大人しくて可愛げがあったしな。」
「っっ!! ナンすかそれっつ!!! オレだって、大人しくできるっすよ!!」
「どーだか。」
「できるっす!!」
「なら、次の街で試してみるか。」
「ウッス!!!望むとこっす・・・・って・・・え・・・!? ちょっつ・・・あ、兄貴!?」
パンっと魔獣に鞭をいれ、先へと駆けて行った大柄獣人のあとを小柄獣人が顔を赤くしながら後を追っていった。
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