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第64話:胃が・・・(シュベール視点)

パタン。 扉が閉まり、ブンブンと目の前で銀の尾が揺れているのが、視界に入りこの数日感じていた胃痛が和らいでいく気がした。 隣を歩く男も、ホッとした気配を纏い、心なしか足取りが軽い様に見えた。 この北の大陸で、1,2を争う実力と言われても、今回ばかりは勝てる気がしなかった。 それ程までに、覚醒した獣人の力は強い。 それが、最愛とも言える「番」の存在が、奪われるかも知れないなんて・・・、恐怖でしかない。 それは、本人以上に周りに与える影響もだった。 あの日、ボルテが獣化した瞬間から「フィー」はボルテにとっての最愛なんだと。 そして、あの「遠吠え」が響き渡った事で、ボルテは次代の統治者として揺るがない者となった。 それが、ボルテにとって身内を切り捨てる事となった出来事だとしても。 ボルテの後を追った、ピンイ達の報告をシュベールに聞いた時は耳と目を疑ってしまったが・・・。 「・・・ボルテが親父さんを・・・?」 「ああ。他の兄弟達はボルク様がウエスの方で療養させるそうだが・・・・。」 「・・・そうか。」 「それから、例の遺体だが・・・ボルテの爪と牙を受けて生きているとは思わないが・・・。未だ発見は出来てない。」 「その事は・・・・」 「ああ、ボルク様には報告はしてあるが・・・。機密扱いだからな、ボルテには言っていない。」 「・・・・そうか。」 蛇獣人である、第一隊隊長である今回の主犯は、ボルクの実の父親を隠れ蓑にし屋敷の地下から数体の仮面を付けた魔獣人を引き連れ、サウザへと向かっていた。 そして、ボルクの声に答えた魔獣に、追い込まれるように崖へと誘導されたのだった。 あろうことか、籠に入れられた黒い塊を崖から落そうとした瞬間 ボルテの雄たけびと共に、魔獣は一斉に飛び掛かった。 そして、最後の一撃をボルテが下し、籠に捕らわれていた黒い塊を救出して、詰所へと帰還してきたのだが・・・ 黒い塊だと思っていた物体は、ボルテの拾った「フィー」であり、魔獣の幼体でもなく、家猫獣人だという事が、ボルク様の連れてきた医師によって判明した。 それと同時に、獣化が解けたのだった。 幸いにも、その場には医者とボルテ、ボルク様、私の4名しかおらず、ボルテに生涯今日目にした事を口外しないと誓う事で、目と舌を守る事が出来た。この時ばかりは、医者という職業を羨ましいと心から思った。 だが、地獄の日々はそこから始まったのだった。 ボルク様が、「フィー」をボルテから取り上げてしまったのだった。 いや、治療と療養の為にボルテの家から中央へと移動させたのだった。 ボルク自身も、初めはその事に納得をしたのだが、移動させてから3日目を超えた頃から、ボルテの纏う空気が重くなっていった。 その行き場のない感情を発散させたのが、訓練という名の八つ当たり。 毎日毎日、隊員達が屍の様に積み重なり。時には、獣化したボルテが、魔獣を引き連れ隊の訓練に参加する様になり、屍の山に魔獣も加わる様になった。 魔獣の中には、隊に居つく個体も現れ、現在魔獣用の小屋を建設することに・・・。 まぁ、隊としても北の大陸としても、今後の魔獣討伐に向け戦力が上がる事は良い事だが・・・、ボルテの機嫌に左右されるのか、ボルテが近寄ると怯え隠れてしまう事もあった。 それも「フィー」が寝返りを打つようになり、少し落ち着きを取り戻した。 そんな矢先、ピンイが「フィガロの兄」を連れてきたのだった。 それからが最悪だった。 「フィー」を見るなり、「フィガロ」と呼んだ「フィガロの兄」をボルテは敵だと認定してしまったのだ。 あの日も、ボルテは巡回終わりにフィガロの眠る中央へ顔をだした。 そこで、医者と言い合っている「フィガロの兄」と遭遇したのだった。 ああ、今でも思い出すだけで胃が痛む・・・。 半壊になった部屋で、フィガロを背に威嚇をする銀狼。その声に、応じる様に集まりだした魔獣。 一触即発の空気の中「くしゅん」と小さく聞こえた天使の音によってその場は収まったのだった。 「!! フィー! ああ、ゴメンね。」 獣化を解いたボルテは、眠るフィガロの頬を優しく撫でる。 その様子に、「フィガロの兄」と騒ぎを聞きつけた中央の従者達は張り詰めた空気から解放されたのだった。 「・・・ねぇ、僕のフィーがここじゃ寒いって・・。」 「あっ・・・はい! こ、こちらの部屋に・・・!」 フィガロを抱き上げたボルテを、一人の従者が別の部屋へと案内する。その後を「フィガロの兄」が着いていく。 別室に寝かせると、従者がボルテと「フィガロの兄」との話し合いの場を設けた。 なぜか、そこの場に同席することになったが・・・今思えば、オレが居て良かったとしか思えない。 さすが中央の応接室。 最新の空調システムだ・・・ってのに、なんだってこんなに空気が冷え冷えと・・・。 なんて、原因は目の前で絶対零度の空気を纏ってる奴なんだが・・・。 「・・・で、貴方が「フィガロ」の兄だと言う証拠はあるんですか?」 「なっ!! なんだと!!」 「それに、馬車の中で、凍えるように丸まってたフィーを僕が見つけたんだ!!」 「っっ・・・、そ、それは・・・。」 「はぁ・・・。ボルテ、それには、なにか事情があったんだろ? いちお、お兄さんも・・・・えっと、お名前は・・・?」 「あ、はい。 フィガロの兄、ネロウと申します。今は、サウザで番と、弟のトネリとその番。そして妹のロマと暮らしてて・・・。」 「弟と妹!? なんで、他の兄弟は一緒に暮らしてんのに、フィーだけ!!」 「あ、こらっ! ボルテ!! 落ち着け!!」 ネロウが家族の話をした事で、ボルテが飛び掛かりそうになったのを、抑えながら先を促すと、ネロウも言葉を選びながらも説明をし始めた。 イースでの暮らし、ネロウ達がいた大陸警備隊での話。 最初は、渋々だったボルテも、警備隊でフィガロの身に起きた事、ネロウ達の怪我の話を聞く頃には大人しくネロウの話を聞いていた。 フィガロが旅立った日の話になり、ボルテの身が一瞬強張ったのが伝わった。 「あの日、フィガロは先に家を出たとその時は思ったんだ。それが、サウザについて待ち合わせた場にいつまで経ってもフィガロは来る事は無かった。」 「・・・探したりはしなかったんですか?」 「・・・ああ。それに、フィガロなら大丈夫だと解っていたからな・・・。」 「!! どういうことだ!!」 「こらっ! ボルテ、座れ!!」 「・・・・どうもこうも、お前はフィガロがそうだと解ってるだろ。」 「!」 ネロウの言葉に、ボルテの顔が変わる。 「・・・だから、心配はしていたが、探そうとは思わなかったんだ。それに、フィガロから手紙が届いたからな。」 「手紙・・・。」 「ああ。これだ・・・。」 そういって、ネロウは封蝋の外された手紙を出した。 警備隊でも、文字の書ける獣人は多くは無い。民間になれば、文字を書く事自体少なく、必要すら感じて居ない者もいる。 そんな文字をフィガロは、書ける。 それが、この家族がフィガロを大切にしてきた事の証明の様にも思えた。 が、ボルテはそんな事よりも別のことが気になった様だった。 「・・・・こ、これが・・フィーの書く文字。」 書かれた文字を指でなぞりながら、なんだか恍惚な顔をしているボルテを横目に、話をつづけた。 「それで、手紙を見て迎えに来たのか? 手紙の内容としては、そんな風には思えないのだが?」 「ああ。むしろ、手紙がきたから安心して待とうと思ったんだ。だが、トネリ・・・弟が、手紙を受け取った酒場で、怪しい男が居たと聞いてな・・・。」 「・・・怪しい男?」 その言葉に、どこか遠くへイっていたボルテの目がネロウを見た。 「ああ。フィガロを先に行かせたのも、オレも、弟もこんな風な身体だからな、何かあっても守る所か、弱点でしかない。それをあの男が、見過ごす訳がないと思ってな・・・。」 「・・・弟もなのか?」 「・・・普通の生活には然程支障はないさ。」 そう言ったネロウの左眼は、きっとほどんど見えていないのだと思った。 そんな身体の兄がここに居て、生活に支障のない弟が来ない意味が解らない程平和ボケはしていないつもりだった。 それは、隣で言葉を詰まらせたボルテも同じ様で少しホッとしてしまった。 が、その後に続いた言葉に、その場の空気がまた一段と冷えてしまった。 「・・・だから、オレがフィガロを迎えにきたんだ。しかも、フィガロは原因不明の状態で眠りについたままだとか、あり得ない。それなら、家族で過ごした方が、フィガロだって早く目を覚ますはずだ!!」 ダンっと勢い良くテーブルに手を突いたネロウに、ボルテもつられて興奮してしまう。 「なっんだと!!!」 「ああああ!! まて、待てボルテ!! お、お兄さんも!!」 慌てて場をなだめていると、にこやかな顔でボルク様が従者と共に入ってきた。 いや・・ホント。空気読まないんだよな・・・。 「あれ? なんか、揉めていたのかな? ああ、キミがフィガロ君のお兄さん? へぇ・・・キミは、狩猟猫獣人なのかな?」 部屋に入ってくるなり、ジロジロと不躾な視線を向けたボルクに、ネロウの尾がイライラと揺れたが、事前にピンイから聞いていたのか、ボルクに最上位礼を共にお礼を口にした。 「・・・初めまして。私は、フィガロの兄、ネロウと申します。イースの元大陸警備隊でした。弟の治療に保護をありがとうございます。」 「ああ、お礼は私よりもそこの彼に言ってあげて。でね、さっきの話なんだけど・・・、帰るか帰らないかはフィガロ君本人に任せたら?」 「「!!!」」 「で、ですが、弟は未だに寝たままで・・・・。」 先に口を開いたのは、ネロウだった。 「んー、そろそろ目覚めるんじゃない? 幻影魔獣にやられたってよりは、香の影響だろうしね。それに、さっき診察した感じだと、近日中にも目覚めるかもって・・・」 その言葉に、ボルテはすでに部屋を出て行っていた。 「・・・・えー、まだ目覚めてないんだけど・・・・?」 開け放たれた扉を眺めながら、ボルクは空いている椅子へと腰をかけた。 「まぁいいや・・・。さて、フィガロ君のお兄さん。ここからは、ノーザの統治者として話をさせてもらっても良いかな?」 胃が痛い。 はぁ・・・聞きたく無かったのに・・・。 知りたく無かったのに・・・・。 はぁぁあ・・・。 けれど、視界の端にボルテの銀の尾が嬉しそうに揺れるのが見える度に、思わず笑みがこぼれてしまう。 ああ、うまくいくと良いな。 「おい!ボルテ、兔まい亭でラビさんの飯も食べて帰ろうか!」

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