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アルクレート・ジエル
遠くで聞こえていた子供達の声は今は聞こえない。月を見て思う。
彼らはこの月をどこで見ているだろう……と。
ある日、赤子を拾った。
林の中に1人置き去りにされたそれを見て、なんだか可哀想だと思った。
知らない間に持ち帰っていた。
「アルク、それはなんだ……」
「赤子」
「見りゃ分かる! どこで拾ってきたか聞いてんだ!」
リルリエールは赤子を指差し怒鳴る。
私は耳を塞いで、目線を逸らす。
「返してこい!」
「林に?」
「あ? どういうことだ」
「朝、たまたま散歩してたら落ちてた」
「チッ、捨て子か」
リルリエールは苦虫を捕まえたかのような顔をした。私は眠る赤子の頭を撫でる。
「お前……、子供が好きなのか……」
「ん? ああ、好きか嫌いかで言えば好きな方かな。甘い血も好きだし。それに……、大昔の人間だった頃は弟や妹がいたから」
「お前が兄か? 弟と妹が可哀想だな」
「……否定しない。弟も妹も私にあまり懐かなかった。ああ、いや、1番下の弟は私が消える瞬間に泣いていたな……」
「ふーん……、でも子供の世話はした事ないんだろ?」
「ない」
リルリエールは呆れた様子で私を見た。赤子の頬を触るとふかふかで跳ね返ってきた。
「お前、責任取れるのか?」
「責任?」
「俺がそいつを孤児院に連れて行くこともできる。でも、お前は自分で育てたいんだろ?」
「なんで分かるの?」
「何百年の付き合いだと思ってんだよ。お前にしては珍しく育てる気満々だろ」
「……この赤子を見た時、初めは可哀想だと思ったんだ。この子は私とは違って愛されて育つ筈だったのにこんな所に捨てられて。だから、私が代わりに育てたらどうなるんだろうって思ったんだ……」
「そうか……。それは悪いことじゃねーな。ただな、お前一人じゃ育てられねーぞ」
「分かってる。……リルリエール一緒に育てる?」
「手伝えることは手伝うが、俺が子供の育て方を知ってると思うか?」
リルリエールが子供を……。想像できない。
ゆっくり首を振るとリルリエールは「だろうな」と言った。
「つまり、俺とお前以外にも子育てには人手が必要なわけだ」
「うん」
「まぁ、それは明日にして、取り敢えず今日はお前がなんとか乗り切れ。いいな?」
「うん」
私は赤子というものをよく分からなかった。何もしなかったらすぐに泣くし、自分で何も出来ないし、頭も良くない。なのに、心がどうしてか満たされた。
「あの……、初めまして。フリューエラと申します。アルクレート様にお会い出来て幸いです」
その男は幸いと言いつつもどこか不安気で切なそうだった。リルリエールは弱い吸血鬼をよく見つけては自身のグループに招き入れる。その1人なのだろうと思った。
「私はアルクレート。アルクと呼んで」
「はい、アルク様。それで……、子供というのは……」
「あれだ」
赤子がグズる直前だった。私は何が不満なのか分からず首を傾げる。
「なっ! あれはなんですか!」
「ああ、赤子のベッドなんて持ち合わせていないからな、取り敢えず客間のベッドを使ってもらっている。それが何か?」
「食事は与えたのですか」
「別に……? 私には乳が出ないからな、リルリエールが乳の出る女を遣すと思っていたが、当てが外れた」
フリューエラは突然頭を抱え始めた。
赤子に巻いていた布を取るとテキパキと下の処理を始めた。
「アルク様」
「ん?」
「まず、赤子を柵もない場所で寝かせないで下さい。この子はまだ寝返りを打てない程幼いですが、あっという間に育ちます。そうしたら、柵のないベッドではそのまま床に落ちます。そもそも、赤子から目を離さないでください。それがまず一つ。あと、赤子は一人では何も出来ないのです。そして感情表現なんてものも出来ない。泣くことしか出来ない赤子を育てるには私達が一つ一つの行動に理解していかないといけないのです。わかりましたか?」
「なるほど……、勉強になる」
フリューエラは赤子を横抱きに優しくあやす。手慣れているようだ。
「随分慣れている」
「吸血鬼になる前は孤児院の先生をしていたので。孤児院は何の罪もない子供が沢山いたんです。中にはこの子よりももっと幼い生まれて間もない子もいました。だから、子供の面倒を見るのは慣れているんです」
「……、私もこの子供を育てられるだろうか」
「努力しなければ難しいでしょう。でも、貴方がこの子の親になるのならきっと大丈夫ですよ」
フリューエラは暫く屋敷に住んでいた。
その間、とても大変だった。泣き叫ぶし、下の処理は臭いし、突然高熱を出すし。
子供って育てるの大変なんだと思った。けれど、子供が1番初めに放った言葉は
「アリュ」
だった。
「よう、暫く見ないうちに育ってきたな。お前もだいぶ慣れてきてそうだな」
「ああ」
「それで? その子供の名前は何ていうんだ? フリューエラは教えてくれなかったんだよ。珍しくフリューエラが呆れてたから気になっちまった」
「ああ名前……?」
赤子を抱き上げ声をかける。
「アカ」
「は?」
赤子は名前を呼ぶとキャッキャと笑った。
「なんで!」
「赤子だから」
「んな、短絡的な……。いや、お前に期待した俺がバカだったのか……?」
とてもいい名前だと思ったけど。
「取り敢えず、お前のセンスが皆無なのだけは判明した。まぁ、その子供も嬉しそうならいいか。それより、来週からフリューエラを返すんだろ?お前、大丈夫なのか?」
「夜泣きは酷いけど、私にはあまり関係ないことだし。ああ、ただ、体力が戻らないな」
「体力か……、ならお前やっぱり血を飲めよ」
「血……」
「育てるんだろ? なら、きちんと血を飲むべきだと俺は思うぞ」
血を飲む行為をやめたのは一体何年前のことだったか。あの男が死んでからか。あまり覚えていない。けれど、私がこの赤子を拾ったのだ。私が責任を取らなければいけない。なら、選択肢は一つしかない。
「リルリエール、探してくれる?」
「たくっ、手のかかる弟だ」
リルリエールはだけど少し嬉しそうだ。
「いいですか? アルク様。子供は繊細で弱いんです。普通の人間とは違うのです。どれだけお腹が減っても血を吸い過ぎてはなりませんよ。それと、アカは貴方を父だと思っています。もう大丈夫だと思いますが、優しく己の子と思って接してあげてくださいね」
フリューエラは己が持ってきた荷物を背負い、小煩く私に言い渡す。初めは顔を真っ青にしながら私に話しかけてきたというのに、今ではその影すらない。
少し寂しい気もするが、それがフリューエラの可愛いところでもある。
「うん、フリューエラ。長い間ありがとう。リルリエールをよろしくね」
「え、り、リルリエール様をですか?」
「うん、だって、リルリエールと付き合ってるんでしょ?」
「はわわ!」
顔を真っ赤にして、フリューエラは焦っている様子だった。
「わ、私はリルリエール様と付き合ってなどおりません!」
「そうなの? でも、リルリエールの話をするとフリューエラは顔を赤くするから、てっきりそうかと思った。それに、フリューエラは初め嫉妬してたでしょ? リルリエールが私に構い過ぎて」
「し、嫉妬? そ、そんな烏滸がましいことなど思っておりません」
「嘘をつくのはよくないよ。君の気持ちはとても素敵なものだから私は応援するよ。ああ、あと、フリューエラ。私とリルリエールはそういう仲では決してないから。リルリエールは私を愛してくれているし、私もリルリエールを愛しているけど、あくまで兄弟としてだよ。同じ血を分けられた私たちはどうしても互いを過剰に心配し過ぎてしまうんだよ。許してほしい」
「分かっています。貴方とリルリエール様には切っても切れない縁がある。それに、長くあなた方を見て思いました。あくまで兄弟愛なんだってことを。少し羨ましいなって思いますけど、私もアルク様を見てたらリルリエール様の気持ちが分かってしまいました」
「ん……?」
「アルク様は自分のことに無頓着だから世話をしたくなるんです。リルリエール様は世話焼きなので、どうしてもアルク様の世話をしたくなるのでしょうね」
クスクス笑うフリューエラはやっぱり初めの頃と随分変わったようだ。でも、孤独なリルリエールにこんな良い子が側にいるのなら、私としても安心だ。
その後もフリューエラは月に数度屋敷に訪れた。アカと私の食糧の様子を見て満足そうにして帰る。それが日常と化していた。
フリューエラが死ぬまでは。
下級吸血鬼が死ぬことは良くあることだ。ハンターに殺され命を落とす。フリューエラもそうだ。一人買い物に出掛けた時に殺されたのだという。
リルリエールは泣いていた。泣き叫んでいた。彼は泣けない人だから、同じ血を与えられた私の前でだけ泣ける人だから。その日はとても強い雨が降った。
それからリルリエールは元に戻った。フリューエラを殺したハンターを滅多刺しにしてから元に戻った。強くなければならない。出なければフリューエラのように仲間の吸血鬼が死ぬのだから。
「リルリエールは恋じゃなかった……?」
「恋……?」
アカは立って話せるようになった。ソファに腰掛ける私の横で本を読んでいる。ポツリと呟いた私の言葉に反応したようだ。顔を上げて私を見ている。
「ううん、何でもない。きっとリルリエールは我慢しているんだね。とても切ないな……」
「せつ……?」
「アカは私が守るよ。絶対ね」
私は、気付かないといけなかった。リルリエールが大切なものを作り失った後の喪失感を味わったように、私も大事なものを失い悲しむことを。
私は感情を無くしたのだとそう思い込んでいた。とても大きな間違いだった。
何年もの時が経っても、リルリエールは私に子供を渡してくる。どうして子供ばかり連れてくるのかよくわからない。大人だと力負けしてしまうから? 流石にそれは考え過ぎだと思うけど……。
私は欠伸をして部屋を出る。
大分人が増えた気がする。白い触覚を生やした子供が前からやってきた。この子は肌がとても白いからシロと名付けた。白兎のようだし、これでフリューエラもセンスが無いとは言えまい。
「アルク様。あのね、あの……、忙しいですか?」
ひょこひょこ動く触覚。ただの髪なのに生きてるみたい。
「どうしたの?」
「本……、読んでくれませんか!」
「本? いいよ」
シロは私を恐れない。むしろ慕ってくれているのが分かる。膝の上に乗せ、本を読む。真剣に聞く姿に愛しさを感じた。
「アルク様は恋をしたことがありますか?」
「恋……?」
本の内容は町娘が王子に娶られ結婚する話だ。町娘も王子も愛し合ってめでたしめでたしのよくある話。シロの年ではそろそろ色恋が芽生える時期なのだろうか。
「私は……恋をしたことはないな。あまり興味もない」
「そ、そうなんですか? 何故ですか!」
「何故……? うーん、今までは何も考えていなかったから。今も必要ないな。君たちがいるし」
「僕たちが……?」
アカを始めとする子供たちがここにはいる。初めは食糧だと思っていたが、彼らはとても愛おしい存在になっていった。
「うん」
「僕は! 僕もアルク様の特別ですか!」
数年間孤独だった。
シロはまだ幼いというのに私を怖がらず、むしろ慕ってくれる。独りの時は知らなかった。
「私はシロがいてくれて良かったと思うよ」
「えへへ、えへへ、嬉しいです。アルク様!」
「あっ、アルク様。こんなところにいらっしゃったのですね」
部屋を出ていくシロを見送ると、ひょっこりとキンが顔を覗かせた。
「どうしたの? キン」
「アルク様、今日は図書室の掃除をすると言ったではありませんか」
「ああ、言ってた。私、関係ある?」
「必要な本とそうでない本の選抜をお願いしましたよ」
そうだっけ? あまり覚えていない。
「そういえば、キンはここに来てどのくらい経った?」
「一年くらいだと思います」
初めて見た時、この子は魔物の血で汚れていた。けれど、瞳だけはとても綺麗な金色だった。
少し小煩い時があるけど、適当な私にとって彼はとても有難い存在だった。
「アカと仲良くできてる?」
「アカ……ですか? 僕は仲良くしているつもりですよ。少し揶揄う時もありますけど」
それがアカの怒りに触れているのだろう。でも、たぶんキンは……
「アカに構ってほしいならあまり揶揄わない方がいいよ」
「僕は別にアカに構ってほしいわけではありません!」
「んー、素直じゃないね」
キンは珍しく慌てた様子だ。
孤独に生きてきたのだろう。
きっと、歳の近いアカとコミュニケーションの取り方が分からないのだ。
「僕だって、アカに嫉妬しているんです。ずっと、生まれてからずっと、アルク様と一緒にいられてずるい。僕だってアルク様と小さい頃から一緒にいたかった。アルク様の愛情を一身に受けているのはアカですし」
「ふふっ、そうだね。でも、私はもうアカだけじゃないんだよ。キンもみんなも大好きなんだ。キン、アカはここだとお兄さんの役に徹してしまうんだ。だから、君はアカのお兄さんをしてあげて。アカは嫌がるだろうけど、きっといつか君たちの為になるから」
「うう……、はい」
キンの頭を撫でて、図書室へ入る。いらない本といる本の仕分けは面倒だ。だけど、キンに怒られるからするしかない。
「キン、私は二階を見てくるから。君は一階の本で私が好む本とそうでない本を分けておいて」
「はい」
二階へ続く階段を登り、手前の本を一冊手に取る。見覚えのない本が大量にあるけれど、これは何百年前に揃えた本だろうか。
手にとっているいらないを判別していく。
「ん?」
棚と棚の間に黒い塊がいた。
「クロ、こんな所で何をしているの?」
「あっ、アルクレート」
彼は唯一私をアルクレートと呼ぶ。長ったらしい名前を呼ばせるのは申し訳ないと思い、アルクでいいと言っているのに、クロだけは呼ぼうとしない。本人がそれでいいならと諦めている。
「本を読んでいるの? それ、私が読む本だから少し難しいんじゃ?」
「うん、分からないところもあるけど、孤児院にはこういう本は無かったから面白いんだ」
この屋敷に来た当初は反抗的だったのに今では楽しそうにしている。まさか本が好きだったとは思わなかったけれど。
「そう……、難しい言葉があれば教えよう。いつでも部屋に来なさい」
「いいのか?」
「大人は子供に色々なものを授けないといけないのだとフリューエラが言っていた。勉学もその一つだと私は思う」
「なぁ、そのたまに出てくるフリューエラってだれだ? 俺、見たことない」
「アカを拾った時に色々手伝ってくれた人だよ。私は何も出来ないから。フリューエラはリルリエールのことが大好きだったから、わざわざ私の我儘に付き合ってくれたんだ。少し前に亡くなったけど」
「リルリエールの恋人だったのか?」
「うーん……、フリューエラは違うって言ってたけど、リルリエールもきっとフリューエラのことを愛していたと思うよ。今は忘れようと必死になってるけどね」
クロは「ふーん」と呟くと、本に目を移した。
「なぁ、これはどういう意味だ?」
「ああ……、これは……」
「アルク様、これは一体……」
散らばる本。クロに色々と教えていたら地面には本が大量に落ちていた。
「アルク様! 本の仕分けは……?」
「ああ、そういえば忘れていた」
「なっ、なっ! そんな! 僕は必死に仕事していたというのに、クロとイチャイチャしてたんですか!」
「イチャイチャなんてしてねぇ!」
クロとキンが言い争う。私はそれを横目に本を拾った。
「キン、その辺にしなさい。クロ、読みたい本があるなら本の片付けを手伝って」
「アルク様! まるで僕が勝手に怒ってる人ではないですか! 悪いのはアルク様ですよ!」
「そうだね。ごめんね、キン。ほら一緒に片付けてくれるかな?」
「ううう……、アルク様……」
私は今、幸せの中にいる。
あの日私を永遠に生きる化物にした父を、ファルク・ジエルを殺す為に生きていた私とは違う。父が死んだあの日に生きる屍と化した私とも違う。
今はこの幸せの時をただ護りたい。
護るためには、すべてを壊しても構わない。
この愛しい子達を私は死んでも護ろう。
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