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別れ
聞き慣れない足音が聞こえた。
パチリと目を開け、その気配を追う。
「ハンターか」
吸血鬼ハンターは1000年前からその姿を現していた。だが、始祖の血を与えられた私やリルリエールを狩ろうとする無謀なハンターは存在しなかった。でも、100年ほど前に始祖である父、ファルク・ジエルがハンターによって殺された。それからハンターは上位吸血鬼をも恐れなくなった。
「まさか、本当に来るなんて……、頭の悪いハンターだ」
窓の外に一匹。地下に一匹。屋敷に一匹。
ナイフを手に取り、窓に向かって投げる。
「これで、あと二匹か」
ゆっくりと足を進める。
部屋から出ると、何やら外が騒がしかった。
ハンターがクロの胸元を掴み上げていた。
血飛沫が飛ぶ。ハンターの腕が一本吹き飛んだ。
「リルリエールの嘘つきめ。人間には手を出さないと言っていたからそれを信じたのに」
「あ…ぁぁあぁああああああ!」
ハンターが腕を抑え、もがき苦しんでいる。
ああ、なんて、不味そうな血だ。
「あ、アルクレート…」
脇に挟んだクロが今にも泣きそうに涙を浮かべている。クロの頭を撫で、アカに渡す。
「アカ、キン、子供達を連れて奥の部屋に行きなさい」
「でも! 父様は!」
「私は問題ない」
「……わかりました」
子供達は走って部屋の奥まで行く。それを見届けてからハンターを見た。
「さて、私の子供達に手を出したんだ、どうやって殺そうか。心臓を抉りとろうか、脳を粉々に砕くか、手も足も首もバラバラにしてから魔獣に食わせるか。どうしようか、ハンター」
「くっ、外道な吸血鬼め! 子供達を洗脳して餌にするなんてやはり化物の考えることだ! 殺してやる! 殺してやる!」
「仮に私が彼等を洗脳していたとして、子供の首を掴む人間にそれを言われたくないな。私はね、自分が狙われることなんてどうだっていいんだ。どうせ君程度に私は殺せないんだから。だけど、あの子達は違う。愛おしい子供達を傷つけたのだから、死を待って償わないとね?」
剣で胸を刺そうとしたその時、風が通り抜けた。仲間を守るように、1人のハンターが手を広げている。
「君は地下でコソコソと動き回っていたハンターだね。どうしたの? 仲間を救いに? ごめんけど、邪魔をするなら容赦しないけど」
「も、申し訳ない。俺は、俺達はただ子供達を救いに来たかっただけなんだ! 見逃してくれ」
「子供達を……? おかしな事を言う。そのハンターはクロを、私の子供を傷つけていたよ。それとも人間の汚らしい偽善の為には仕方のない事だったのかな?」
片腕を無くしたハンターをもう一人のハンターが驚いた様子で見ている。
「も、申し訳ない。許してくれ。彼にも理由があったんだ」
「許す? 君達の言う化物はそんな物分かりのいい生き物なのかな? 殺すよ? そこをどいて。でないとまた、君達はあの子達の脅威になるでしょ? そうなる前に私はその人間を殺す必要がある」
「わ、我儘だと分かっている。だが、本当に俺達はあの子供達を護りたくて来ただけなんだ。頼む、頼むから殺さないでくれ。もし、もし命と引き換えにと言うなら、我々の仲間はすでに一人貴方に命を奪われている」
それは、窓の外にいたハンターのことか。
私は思わず失笑する。
「君達は私を殺しに来たのだろう? なら、何故私は人間を殺してはならない。化物だからか? それならお前達も私にとっては化物だ」
「……すまない。頭を下げよう。だが……、子供達が見ている。貴方がもし、子供を想っているのなら、どうかここで殺すのはやめて欲しい」
ぴたりと剣を振り上げるのをやめる。
ドアの隙間からアカとキンが心配気に覗いていた。そういえば、ハンターの腕が吹き飛んだ瞬間、子供達は真っ青になっていた。
「そのハンターと外の死体を連れて去れ。十秒数えるうちにまだそこにいたら、容赦なく殺す」
ハンター達が扉に向かって歩き出す。私は奥に隠れていた子供達の方へ振り向いた。
「ふざけるな! 化物め! お前はただの吸血鬼の化物だ! そこの子供だって大人になりゃ後悔するぞ! 化物に育てられたって後悔する! お前はそいつらの人生をめちゃくちゃにしてるんだよ! お前はそいつらを不幸にしか出来やしないんだよ!」
足を止める。
一つ息をついてから私は子供達のいる部屋に入った。
「クロ以外で怪我した子はいる?」
「いえ、いません。父様、私は父様といれて幸せです」
「そう……、遅れてごめんね。怖い目に遭わせた。クロ、おいで」
クロの頭を撫でる。見た感じ怪我はないようだった。ホッと息をつく。
「後で何があったのか聞かせてくれる?」
「ああ」
クロは私のことを悪く言うハンターに怒ったのだと言う。ハンターは逆上してクロの胸元を掴んだ。暴力的で単細胞。大人として失格だ。
「今日はみんなで一緒に寝ようか」
「え! アルク様と一緒に寝れるの!」
反応したのはシロだった。私が頷くと、シロは嬉しそうに髪を揺らした。
「怖かっただろう。ごめんね、ごめん」
『もしもし、リルリエール』
『どうした? アルク』
『今日、屋敷にハンターが来たよ』
『……そうか。それで? ハンターは?』
『帰ったよ。殺したかったけどね。それより、リルリエール』
『どうした、今日はやけに声に元気がねーな』
『私があの子達を育てるのはあの子達の不幸に繋がるのかな』
『……どうだろうな』
『またハンターが来てもおかしくない。今は良くてもいつか子供達に危害を加える人間が出てもおかしくないと思うんだ。なぁ、リルリエール。私は……』
『一人は寂しいぞ。俺も暫くは……』
『いいよ。とても寂しいけれど、それでも私は彼らの幸せを願いたいんだ。人間としての……ね』
「アルク様、馬車が来ましたよー!」
キンが二階の部屋まで来て私に声をかけた。一つ頷き、一階まで降りる。
「じゃあ、一人ずつ乗るんだよ」
「はい!」
子供達は元気に返事をして馬車に乗り込んでいく。しかし、クロとシロ、キンとアカの四人だけは中々馬車に乗らない。
「どうした?」
「アルク様、どうして突然馬車なんて呼んだんですか?」
「……、それはハンターがまた侵入できないように屋敷を改造するからと言ったはずだけど」
シロが不服そうに頬を膨らませた。
「僕も一緒にいたいです!」
「ダメだよ、シロ。姿を決して見せてはいけないドワーフの一族に頼んでいるから」
「それならアルク様も一緒に僕達と馬車に乗りましょうよ!」
「うーん……、家主がいないとドワーフ達もどう改造すればいいか分からないでしょ?」
「でも、それだとドワーフは姿をアルク様に見られるではないですか!」
珍しくシロが食い下がってくる。どうしたものかと考える。
「シロ、それ以上は父様が困ってしまう」
「でも! アカはいいの!」
「……父様、父様は私達を迎えに来てくれるって約束してくれますよね?」
「……そうだね。ほら、行きなさい。大丈夫、きっと悪いところではないから」
一人ずつ、頭を撫で、額にキスをする。
「シロ、君は甘えん坊なところがあるけれど、とても要領がいいし人の心に入り込める才能がある。きっと皆んなから愛されるようになるよ」
シロは涙を流しながら頷いた。
「クロ、君は素直じゃないところはちゃんと治さないといけないよ? でも、君は正しい事をできる人間だって私は知っているから、君は君が信じる道に進みなさい」
「……、アルクレート……。俺はシロみたいには我儘言わないけどさ、ちゃんと待ってるから」
頷いてそのまま馬車に乗せる。
「キン、最年長は君だから他の子達を……宜しく頼むね。君は頭の回転が早いし、大人から子供達を守ってくれる事を信じているよ」
「わかりました。でも、僕の僕達の絶対はアルク様ですから」
キンは眉を寄せ、願うように私の手を握った。
「アカ……」
「父様……、父様……、私はここに残ってはダメですか? ドワーフがもし現れるなら目を瞑ります。私は父様の子供です。一緒にいたいです」
「アカ、他の子を頼むよ。キンと一緒に面倒を見てあげて。キンは少し不器用なところもあるからね」
「いやです。私は父様と一緒にいたい」
「アカ……、君はとても賢いよ。そして我慢のできる子だ。だから時にその感情が爆発してしまうこともあるかもしれない。だけど、だから君は強くなれる。外の世界を見てきてご覧。きっと世界が広がるよ」
「それじゃあ、一生の別れのようです。半年で帰ってきていいんでしょう?」
「子供の成長はあっという間だからね。ほら、行ってきなさい。気をつけてね」
アカは惜しみながら馬車に乗り込む。私は笑って、手を振った。
ああ、ごめんね。君たちは人間の世界で生きるべきなんだ。私は、私には、君達を幸せに出来ないのだから。
ーーーーーーー
アルクレート・ジエルはこう言った。
「ずっと一緒にいる」
だけど、あの日、屋敷を出る時のアルクレート・ジエルは言わなかった。
「迎えに行く。また一緒に暮らそう」
アカもキンもシロもクロも知っていた。
それを告げないアルクレートに気付いていた。
だけど、気付かないふりをしていた。
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