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アカという名の少年
幼い頃から屋敷にいた。だから、私の父が本当の父ではないどころか、同じ“人間”ですらないことに気がつくのは大分経ってからだった。
生まれて間もない頃、私は捨てられた。吸血鬼が住まう林に置き去りにした両親。なぜ、わざわざ入ることさえ危険だと言われている林に私を置いたのか分からない。だが、一つ言えるのは、両親は自分達で赤子を殺すことをしたくなかったということだ。たぶん、吸血鬼に殺されたのだと思いたかったのだろう。
私はたまたま林を通ったアルクレート・ジエル、父様に拾われた。父様はなんとなくそこにいたから拾ったのだと言った。だが、のちに父様の兄であるリルリエール様に叱られたそうだ。
『赤子の血を吸うために拾ってきたならともかく、なぜ育てるために拾ってきた!』
『そこにいたから』
『赤子はそう簡単に育てられないんだぞ!』
『……なら、手伝って?』
能天気な父様は飯さえ与えれば勝手に育つと思っていたそうだ。もちろん、そんなはずはない。結局、父様ではなく、リルリエール様の友人が私の面倒を見ていたという。
だけど、私が覚えているのは、父様が私を抱きしめ額にキスをする姿だ。幼い頃の怪しい記憶。でも、確かに胸の奥底に仕舞われた大事な記憶だった。
いつからだったか、私がここに来てから沢山の子供がやってくるようになった。リルリエール様が父様の餌を用意するようになったのだ。その前までの父様は食事を一切しなかったらしい。リルリエール様から「アルクはお前のおかげで食事するようになった」のだと褒められたことがある。
私は、それが本当に嬉しかったのだ。
だけど、その餌達もまたいつの間にか父様の家族になって行った。
家族……、家族……、いや、それ以上の感情を持つ子供もいた。
シロとクロとキン。
シロは兎のような見た目で私の3つ歳下だった。赤い瞳は父様を捉えて離さない。子供という立場を十分に利用して、父様に甘えている。
クロは黒髪黒眼の少年。彼は私の2つ歳下だ。彼は不器用で素直ではない。ここの屋敷の子供は父様に従順だから、父様はクロのヤンチャを嬉しそうに見ている。
キンは金髪の少年で、彼は私の1つ歳上だった。私はキンが1番嫌いだ。突然父様が連れて来て、私が父様のすべての面倒を見ていたはずなのに奪って行った。そして、私が父様から血を吸われないことを知り、嘲笑った。
そう……、私は屋敷にいる子供の中で唯一、血を吸われたことがない。
「リルリエール様、どうかされたんですか」
その日、突然リルリエール様が屋敷にいらした。リルリエール様は私を見るなり近寄ってくる。
「子供を連れて来てはいないようですね」
「ああ、少し急用がな。まぁ……、アルクにとっては大したことはないだろうが念の為な。それよりアカ、あの金髪のガキはなんだ。俺は連れて来た覚えないぞ」
「あれは……、父様が連れて来たんです」
「珍しいな。いや、そんなこと初めてだ。それでアカは拗ねてんのか?」
「拗ねていません」
「拗ねてんだろ。まぁ、安心しろ。アカは紛れもないアルクの特別だ」
特別……。
特別……。
どうしてか、その甘美な言葉はあまり響いてこなかった。
リルリエール様は私の頭を撫で、父様の元へ歩いていく。私はその後ろ姿を見つめた。
「あれが、みんなが話すリルリエール様ですか」
「……キン。なんでここに」
「リルリエール様が来たと聞いたので少しどのような方か見ようかと……」
「どこに行く気だ!」
私はキンの肩を掴む。キンは父様の部屋を指差した。
「なんの話をしているのか聞こうと」
「盗み聞きするつもりか!」
「……そうですね。僕はアルク様が大好きなので、アルク様のことは全て知りたい」
キンは父様の部屋のドアに耳を当てる。
私はキンを止めるつもりで父様の部屋の前に立った。
「アルク、ハンターの動きが活発になっている。下級の連中は手も足も出ず殺されているらしい。俺も暫くはここには来ない」
「……リルリエールも負ける?」
「んな訳ないだろ。俺のとこには何人か下級の連中もいるからそいつらの面倒を見なきゃならねぇ。俺が留守の間何かあっちゃ溜まったもんじゃねぇしな」
「そう……」
「安心しろ、ハンターは人間には手をあげない。狙われるのはせいぜいお前だけだ。だが、アルク、血は飲んでおけよ。いくら人間には危害を加えなくとも、何が起こるかわからねぇからな。お前1人ならまだいいが、あいつらがいる今、ある程度力はつけておけ」
話が変わる。私はキンの腕を握りその場を離れた。キンは嬉しそうに笑っている。
「なんで笑ってる」
「だって、アルク様が血をもっと飲んでくれるかもしれないので」
「ドMか……」
「アルク様が望むなら僕はそれでも構わないです。でも、そっか、アカには関係ないですね。だってどうせ血、飲まれないもの」
「……」
歯を噛み締める。
私は父から血を飲んでもらったことがなかった。
私も人間で、父の生命の一部として生きることができるというのに……。
初めは気にしなかった。だけど、シロが来て、クロが来て、そしてキンが来て、とても、とても悔しくなった。
「知っていますか、アカ。アルク様を父と呼ぶ貴方は一生、アルク様の家族以上の特別にはなれないんです」
父様の特別。
父様の特別。
それは一体、なんだ?
「父様……」
「アカ? どうした?」
父様はいつも通りだ。いつも通り、寝室で1人本を読んでいる。私は父様のベッドに登る。
「父様……、私の血を吸って下さい」
父様は本から目線を外し、私を見た。
「なぜ? お前は私の息子だ。息子の血は吸わない」
「でも! 他の子供達は吸っているではないですか! 私の血は美味しくなさそうですか! だから吸ってくれないのですか!」
私も父様の特別になりたい。
父様の力になりたい。
なのに、父様は首を縦に振ってくれない。
「父様!」
「アカ、血が美味しいかそうでないかは関係ない。ただ、私は大事な息子の血を吸いたくない」
息子……。いつもなら安心する言葉も今は嬉しくない。
『アルク様の家族以上の特別になれない』
その言葉が頭にこびり付いて離れない。
「なら! 息子だと言うなら! 私に父様の血を下さい。そして、私を父様の本当の家族にして下さい!」
常日頃、思っていたこと。
父様はなりたくて吸血鬼になったわけではないから、だからそれは言ってはいけないことだった。
それでも、それは私の本心で、ようやく告げられたことに高揚感を抱いた。
だけど、父様の顔を見て、すぐに冷静になった。
「父様……?」
父様はとても辛そうにとても寂しそうにとても悲しそうに顔を歪めていた。
「私はアカを吸血鬼にすることはできない」
「え……」
「吸血鬼は君が思うほどいいものじゃない。とても悲しいものだよ。血を飲まないと狂ったように血を求める怪物になるし、自死は出来ないし、ハンターに殺される前に本能でハンターを殺してしまうし。君は長い時を生きなければならない。1人で、永遠に。友人も家族も恋人も死んでいくのを見届けて、孤独に耐えなければならない」
「私には父様がいます!」
「それでも、長い時を生きるのは苦しいよ。苦しいし痛い。昔自分がそうだった者から血を貰わないといけない。昔自分がそうだった者から恐怖の目を向けられる。嫌なんだよ、私と同じ目に合わせたくないんだよ。私は君に、アカに、大きくなって成長して、愛しい人を作って、愛しい子を抱いて、愛し合って死んで欲しいんだ。そして私は、君の皺くちゃになった顔を撫でて泣きたい。それが私の夢なんだよ」
父様は私の頭を撫でながら夢を語る。
その夢を聞いて、私は知ってしまった。
ああ、キンの言う通りだ。
私は父様の子でしかないのだ。
私は父様の特別ではあるけれど、家族以上にはなれないんだ。
この美しい父様を独り占めする権利を与えられていないんだ。
「ふふっ」
「アカ?」
「父様……、アカは父様を愛しています」
それでも望んでいなくても、側にいられるならそれでいい。他人ではないなら、それでいい。父様大好き。大好き。大好き。
「父様……」
「アカ、泣かないで。ごめんね、私も君を愛してるから、だからアカ」
父様は私の前髪をあげ額にキスをした。
「アカ、何もできない父でごめんね」
「父様、ずっと私の側にいて下さい」
父様は困った顔をしながら、それでも少し嬉しそうに笑って頷いた。
だけど父様は、アルクレート・ジエルは私を裏切り、突然屋敷から追い出した。シロもクロもキンも他の子供達も全て……。
10年後ーー
「シロ、探したぞ」
「ああ、アカ」
「何している。集合時間が近い。さっさと来い」
シロは空を見上げる。月が照らしている。
「あの人の屋敷からあの月も見えるかなって」
「チッ」
「ふふ、相変わらずだな〜。アカは」
月を指で隠す。
きっとあの男は月なんか見ない。
「こんな所にいたんですか? アカ、貴方シロを探してたのでは? 見つけたならさっさと連れてきて下さい」
「俺まで連れてこられたじゃねーかよ」
キンとクロも姿を現す。
「行くぞ」
「はいはい」
「せっかくこんなところまで来たのにもう行くのかよ」
「そこにいたいならいなさい。僕は別に構いませんよ」
「ざけんな」
ーーーー
アカ、キン、シロ、クロは同じ制服に身を纏い、歩き出す。その腕には空を羽ばたく鷹のエンブレムがあった。
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