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吸血鬼
おかしいと思ったのは、四人が私の前に現れて数日後のことだった。
私は百年人の血を飲まなくとも生きられた。無論、血を吸わなければ力は弱くなる。それに加え、人間を吸い殺してしまう程、禁断症状に飢えることがある。
だが、私は三日前シロとキンの血を吸った筈だ。いくら久々の吸血といえ、こんな早く喉が渇くなんてあり得ないこと。
「私に何をした。クロ」
扉の向こうにいたクロに呼びかける。
クロはその扉から姿を現した。
ああ、改めて見ると身長がとても伸びている。四人の中で一番高いかもしれない。相変わらず、綺麗な黒だ。
「なんだよ、くそ吸血鬼」
「くそ……?」
「んだよわ文句あんのかよ」
「いや、ねぇ、どうして私はこんなに喉が渇いてる? この首輪のせいなら外して?」
「はっ! 誰が外すかよ。それは吸血鬼を飼う為に作られた。お前は一生この屋敷で俺達に飼われるんだよ!」
「どうして?」
「シロとキンはお前にあめぇけど、俺はお前を許さない。お前は俺達を餌として扱い、飼い続けた。これは復讐だ。お前への復讐だ。俺達の人生をぐちゃぐちゃにしたお前への復讐だよ」
餌。
餌。
餌。
確かに、アカ以外の子供から血を貰っていた。
そして、彼らの普通の人生を狂わせてしまった。
罪だと言われるのは納得がいく。
ただ、私はどこかその行為が許されると思っていた。それは、シロやキンが許してくれたから。彼らは私の血を吸う行為を、餌として、食糧として屋敷に留めたことを許してくれたから。だから、自ずとクロも許してくれるのだと思っていた。
「クロは……、私を許さないんだね」
そうか、ならこの渇きは我慢しなければならない。これは贖罪だ。あの日、彼らを外へ出した決断はあまりに遅すぎた。だから、私は彼らの人生と比例してこの苦しみを耐えなければならない。
ここまで、空腹を感じるのはいつぶりだろう。たった一週間の時しか経っていないのに、空腹で死にそうだ。
ああ、飲みたい。飲みたい。飲みたい。飲みたい。飲みたい。飲みたい。飲みたい。飲みたい。
人間の血が欲しい。
人間の血が飲みたい。
人間の血を……、血を……。
ああ、血の匂い。
「……アルクレート・ジエル。なぜ、私は襲わない」
「ア……カ……」
「その首輪をつけた吸血鬼は三日で凶暴化し自我を失うというのに、流石始祖の血を分け与えられた化け物だな」
美しい赤い髪。ああ、私の子だ。これは私の子だ。私の赤子。私の麗しい赤子。私が育てた子。
「どうして……、どうして父と呼ばない」
「誰がお前を父と呼ぶものか。お前はただの化け物だ。吸血鬼だ。吸血鬼になど、父とは呼ばない。そもそもお前が言ったんだ。私を捨てると、いらないと、他人だとお前が言ったんだ」
私が言った。ああ、そうだ。確かに私は言った。
屋敷から子供がいなくなって一年が経った。子供達がいない生活に慣れた頃、彼らは私の屋敷に戻ってきた。シロ、クロ、キン、アカ。その四人が屋敷の前にいた。
「どうしてここに……」
一年ぶりに見た彼らは少しだけ身長が高くなっていた。皆一様に私の寝室の方へ目を向けている。ああ、大きくなった。早く会いに行きたい。そう思ったが足を止めた。
「……アルク様ー!」
「アルクレート!」
シロとクロの声。クロは少し声が低くなったように感じる。無事に成長している。傷一つない身体。私の名を呼んでいる。
「開けて下さい! アルクさまー!」
門の前で必死に叫ぶ姿は健気で可哀想だ。
意を決して外へ出た。
「父様……」
四人の姿が鮮明に見えた。
私の腹程の身長だった筈が、もう胸元あたりまで伸びている。ああ、この子達は五年もしないうちに私の身長を越すのだろう。
私と共に生きない方が安全に健全に美しく逞しく優しい子に育つのだ。
「アルク様……?」
私と共に生きない方が……。
私に愛されない方が……。
「出ていけ」
「え……?」
「出ていけ、君たちはもう必要ない」
「なっ……!」
シロの赤い瞳が開いている。
綺麗な赤い瞳。
「ど、どうして……?」
「言葉通り、君たちはもう必要ないんだ」
「しょ、食事はどうするんですか! 僕らがいないとアルク様はお腹が減ってしまいますよ!」
「私に食事は必要ない。仮に必要になったとて、君たちの血は必要ない」
「そんな……」
ああ、泣かないで、私の愛しい子。
泣かないで、泣かないで
「わた……、私は? 父様……、私は? 私は父様の息子です。私は父様の……子供ですよね? 一緒にいてくれるって言いました。だから、だから私だけは一緒にいれます。一緒にいていい筈です。だって、父様に血を吸われたことがありません。父様の餌じゃない。だから、一緒にいられる。そうでしょう?」
「何を言っている。君と私は他人だよ。私の産んだ子ではない。屋敷の前に君が勝手に捨てられていた。だから、気まぐれに拾った。それだけの関係だ。それももう飽きた。君を育てる必要性を感じられない」
「そ……んな……、ど……して? どう……して? 父様が言ったのではないですか! ずっと私を愛してるって! 私と一緒にいてくれるって……。なのに、なのに! どうして今更! どうして!」
「はぁ……、飽きた。それだけの話だ。君は吸血鬼の言葉を信じ過ぎている。吸血鬼という生き物は嘘つきなんだよ。酷い嘘つきだ。だから、君に告げた全ての言葉は私の嘘だ。信じた君が悪い。信じた君が愚かだ。だから、さっさと消えてくれないかな? 私は、君を、君達を捨てたんだよ」
私の嘘。君達につく、最初で最後の嘘。
どうか、私の瞳から真実が溢れる前にここを去ってくれ。どうか、どうか……
「もう、いらないんだよ」
君達の泣いている姿を見たくない。
「アカ、シロ、クロ、行きますよ」
「どうして!」
「僕達はアルク様に捨てられたんですよ」
「違う! 父様は私を捨てない!」
「なら、どうして僕らはここから追い出されたのですか。もう、認めましょう。僕達はアルクレート・ジエルに捨てられた。もう愛されない」
キンは大人だった。私よりも大人だ。
だから、あとは彼がなんとかするだろう。キンが傷ついたみんなを慰める。私は目を閉じて四人の後ろ姿を見送る。
「どうか、生きて。誰かを愛して。大人になって。無事に優しい子に……」
溢れた涙は冷たい。
ああ、そうか、泣いたのは吸血鬼になって初めてのことだ。涙ってこんなに冷たいものだったろうか。
「シロ、クロ、キン、アカ。愛しい私の子。さようなら。さようなら……。愛してる」
渇いた、渇いた、血が欲しい。血が欲しい。
「腹が減っただろう。飲め、お前が暴走するのは望まない」
アカが自身の腕を切る。血が滴り落ちる。
ああ、いい匂い。果実のような甘い香り。
唾液が溢れる。あの腕にむしゃぶりつくように血を飲みたい。
飲みたい、飲みたい、飲みたい
「……っ! なにを!」
アカが手に持つナイフを奪い、己の手の甲に突き刺した。それは、まだ少しだけ残る理性を振り絞った行動だった。
アカが唇を噛み締める。とても悔しそうに。
「どうして! 唾液まで垂らしてまるで肉を欲している獣のように飢えているのに、なぜお前は私の血を吸おうとしない!」
「わた……しは……、君の血を……吸いたくない」
「なぜ!」
君は他の子と違う。
他の子は望んでこの屋敷にいた。
私に血を与える代わりに寝床を得ていた。
拒否できる環境の上で納得してそこにいた。
けれど、君は違う。
外の世界を知らない。
だから、吸ったらダメなんだ。
吸ってしまったら最後、君は私を父ではなく、主人として接することになるんだ。
そんなの悲しいよ。
そんなの苦しいよ。
私は君に、君と、家族でいたいんだ。
クロやシロやキンとは違うんだよ。
私が君を見つけたんだ。だから、責任を持って、最後まで親でいないといけないんだよ。
「アカ……、出ていきなさい」
「そんなに、そんなに私の血を吸いたくないのか! そこまでして……。それなら、構わない。お前が血を欲するまで私とて血をやるものか! 残念ながら、シロもキンも一月は仕事で屋敷には戻らない。ここにいるのは私とクロだけ。クロはお前を恨んでいる。クロはお前に血をやらない。お前は一人で苦しみ喘ぐんだ」
アカは怒りに震えながら去っていく。
私はそれを見てホッとした。
シーツに落ちたアカの血を手のひらで掴み、床に落とす。例え化物になっても決してあの子達の血を飲まない。決して。
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