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シロの恨み

屋敷襲撃数日前ーーー 【アルクレート・ジエル】 推定1500歳 男 危険度)120% スザヌオール国西部に位置するエルオ村から数キロ先の屋敷に住まう 吸血鬼の始祖ファルク・ジエルの血を分け与えられた上級吸血鬼  性格は穏やかで、屋敷に入らない限り害は少ない 緊急討伐度は極めて低い  「それで、緊急討伐度0%だと言うのに、なぜわざわざ討伐しに行く」 ハンター協会会長エルビラは、机に置かれた資料を片手に僕らに向かってそう投げかけた。 「復讐なら私は止める。なぜって? 決まっている。今、害のない吸血鬼を敢えて刺激する必要を感じないからだ。それなら、討伐命令が出ている吸血鬼、もしくは魔獣を狩るのが我々の最優先事項だろう。それに、君たちは今やハンター協会の宝。まだまだ成長しハンターとして名を上げていくだろう君たちをどうしてみすみす死なせに行く必要がある」 必死の懇願だ。僕を含めた四人が孤児であり、吸血鬼に飼われていた過去があることをエルビラさんは知っている。だから彼は復讐しようと躍起になる僕らを止めようとしている。 それにエルビラさんは50年前にアルクレート・ジエルを殺そうとしたことがあるらしい。ナイフに刺されて呆気なく返り討ちにあったと酒を飲みながら溢していた。だけど、そうだとして、不服だ。僕は唇を尖らせた。 「それってまるで僕らが負けるみたいだ」 僕はエルビラさんの机に座って今度は満面の笑みを向ける。 「安心してよ、エルビラさん。絶対に絶対に、負けないから。僕らってとっても強いし、何より、アルクレート・ジエルは僕らを殺さないからさ」 僕はエルビラさんの唇を指で押し、机から降りた。 ーーーーー 十数年前、大勢の大人に囲まれて、きっとこのまま酷い目に遭うのだろうと思った。連れて行かれたのは薄暗い屋敷で、僕の主人は吸血鬼だった。 アルク様はとても優しい人だった。大好きだった。本を読んでとせがむと膝の上に僕を乗せて読んでくれた。甘いものが食べたいとせがむとどこかからチョコレートを調達して僕にくれた。 大好きだった。怖い怖い世界で唯一優しく抱きしめてくれた。僕の救い。ずっと一緒にいられると思ってた。アルク様も僕をずっと側に置いてくれるのだと思ってた。 けれど、アルク様は僕を迎えに来てくれなかった。 「アルク様……、まだ来ないのかな? もうすぐ一年だよ。どうして迎えに来てくれないの」 「屋敷の整備がまだ終わってないんですよ」 キンが珍しく慰めてくれる。けれど、僕もキンも分かってるんだ。もう、迎えに来てくれないってことを。 「アカとクロは?」 「クロは本を漁ってます。アカはあそこ」 アカは一人ボーッと空を見つめていた。 僕らが連れて来られたのは教会だった。優しい先生と優しい子供達。とても素晴らしい孤児院だってクロは言った。だけど、クロもアルク様の名前を呼んで寂しそうに本を読んでいる。 「ねぇ、キン。寂しいよ、アルク様に早く会いたいよ。じゃないと僕、僕……」 「はぁ……、分かりました。本当はアカと二人で行く予定でしたが、そこまで言うなら仕方ありません。アルク様に会いに行きましょうか」 「……! アルク様に会えるの!」 「とても難しいと思います。けれど、会いたいのなら一緒に行きましょう」 「うん! 僕、行きたい!」 「俺も行く!」 僕の肩を押して入ってきたのは、本を読んでいたはずのクロだった。 「キン、このちんちくりんがいいんだから、俺だっていいだろ!」 「ちんちくりんって! 僕はしっかりしてる!」 「いっつもアルクレートの膝の上に乗ってるくせによく言うぜ」 「羨ましいからって僻まないでよ!」 「はぁ! 羨ましくなんて!」 「はいはい、二人とも喧嘩しないで下さい。連れて行きませんよ」 ぴたりと黙る。連れて行ってもらえなかったら元も子もない。早く、早く、会いたいよ……。アルク様……。 林を抜け、屋敷が見えた。ドキドキする。アルク様は僕らを見つけたらどんな反応をするだろう。子供だけで来たことに驚くかな? もしかして危ないと怒るのかな? いや、それよりよく来たって抱きしめてくれるかも。 「アルク様ー!」 大声を出してアルク様を呼ぶ。 門は堅く閉まっている。押しても引いてもびくともしない。早く会いたいのに。早く抱きしめてもらいたいのに。この門が邪魔をする。 「あっ! アルク様!」 屋敷の扉が開き、アルク様の姿が現れる。 僕らに気がついた時笑顔を浮かべてくれると思っていたのに、その表情は硬い。 「アルク様?」 笑ってアルク様を呼ぶ。 いつもと違うアルク様が怖い。 怖い、怖い、怖い 「出ていけ」 「え……?」 「出ていけ、君たちはもう必要ない」 「なっ……!」 それは、ずっとずっと期待していた言葉とは違う言葉。怖くて、恐ろしくて、一番聞きたくない言葉。 嘘だ、嘘だ、絶対に嘘だ。 アルク様がそんなこと言う筈ない。 「ど、どうして……?」 「言葉通り、君たちはもう必要ないんだ」 「しょ、食事はどうするんですか! 僕らがいないとアルク様はお腹が減ってしまいますよ!」 「私に食事は必要ない。仮に必要になったとて、君たちの血は必要ない」 「そんな……」 必要ない。僕らは必要ない。僕らは必要とされていない。いやだ、いやだ、いやだ。 嘘だ、こんなの嘘だ、きっと嘘だ。うそだ、うそだ、そうだよ、嘘だ。だって、だって、アルク様がそんなこと言う筈ない。僕らにそんなこと言うはずがないんだ。 アルク様、アルク様、アルク様…… どうして? 僕はアルク様しかいないのに。 ずっと一緒にいてくれると思ってたのに。 僕をこんなにアルク様に夢中にさせたのに、あなたは僕を捨てるの? 酷い……、酷い……、酷い 側にいさせて 隣にいさせて 抱きしめて 愛して 愛して 愛して 愛してくれないと……、僕……僕…… 「シロ、大丈夫ですか?」 「何が……?」 「ずっと泣いているから心配なのです」 逆にどうしてキンは平気なの。 アルク様に捨てられたのに。 あの幸せにはもう二度と戻れないのに……。 「僕は年長者なので、みんなを見守らないといけないのですよ。だから、貴方の心配もするのです。ほら、もう、アルクレート・ジエルのことは忘れなさい」 忘れる……? そっか、忘れてしまえば、知らなかったふりをすれば、きっと きっと……? どうして、どうして、忘れられるの? 僕のこの思いは? どうすれば消せるの? アルク様、アルク様……、 ひどいよ、ひどいひどいよ……。 消せない、貴方のことを忘れる事ができない。 貴方はきっと僕を忘れてしまうのに。 屋敷を出たお兄さん達のように僕を忘れてしまうのに。 ああ、そうだ。忘れられないようにしよう。 アルク様の心を奪えないなら、アルク様の、アルクレートの、体を壊してしまおう。 そうだ、それならきっとアルク様に僕を刻みつける事ができる。 ふふっ……、ふふ…… それなら強くならないと。 吸血鬼を倒せるほどの強さを。 そういえば、屋敷にいた頃襲ってきた奴らがいたな。あいつらは確か……、ハンターと呼ばれてたはず。そっか、世の中にはそんな仕事もあるんだ。 「ハンターか。僕でもなれるかな、なれるといいな。ううん、きっとなる、絶対なる。ハンターになって、アルクを僕の手で……」 吸血鬼は夜に動き出す。日光が弱点だからだ。それは僕にもちょうど良かった。僕の身体もまた日光に弱い。 働けないと思っていたけど、夜の仕事はあるものだ。力が弱くて、虚弱な僕。クロやアカのように正攻法では勝てないのは分かりきっていた。ハンターになると言ったものの、その職業にありつけたのは5年の月日を要した。 他の3人は着々と力をつけて行く中、全く体つきが変わらない自分を恨めしく感じた事は一度や二度ではない。しかし、今となっては、それを利用しているのだから笑えた話だ。 吸血鬼は綺麗なものに弱い傾向がある。それは、長く生きる中で美的感覚が養われたのか、もしくは美しいものに目がないという吸血鬼の始祖の血が混じったゆえなのか分からない。しかし決まって吸血鬼は美しいものを欲した。 力のない僕は、所謂ハニートラップを使い殺した。誰に教えてもらった訳でもない。ただ、どうしてもと頼んで入れてもらったハンター協会の先輩にアドバイスを貰ったのだ。その先輩は酷く酔っており、恐らくは冗談のつもりだったのだろう。吸血鬼にハニートラップが通じるはずがない。 だけど、僕はその冗談を間に受け実践した。幼い頃から人に甘えることを得意としていた僕にとって、吸血鬼に隙を与えることも容易だった。けれど、血を吸われた時はどうしようもなく虚無感に襲われた。 首筋に開いた2つの小さな穴。そこを摩ってはため息をつく。いつだって吸血行為は気持ちが悪い。気持ち良さを感じたことは皆無だ。吐き気がする。けれど、牙を入れたその瞬間に吸血鬼は血を吸うことに囚われる。その隙に殺す。強い吸血鬼にはこれが最適な方法なのだ。 「あー、気持ち悪い、気持ち悪い」 早く消えないかな……。 「お前、また吸われたのか」 その声はクロだった。クロは頬に紫色の血をつけて僕に話しかけてきた。臭いからして今日は魔獣討伐か。僕と違い、ハンターとしての力を見込まれたクロは吸血鬼だけでなく魔獣の相手もしていた。力のない僕には無理な話だ。けれど、吸血鬼を殺した数だけなら僕の方が勝ってるし。 「別に〜。わざとだからいいの。それに、殺せたし」 「チッ、ほらよ。貼っとけ」 クロは僕に絆創膏を渡してきた。そっぽを向いて差し出してくるから笑ってしまった。 「ありがとう〜」 「あんま、血を吸われんなよ」 クロは不器用だ。ツンデレともいう。なんだか、張り合ってたのがバカみたいに思えてきた。 「そういえば、クロ」 「なんだよ」 「キン、また僕たちを出し抜いて変な計画立ててるみたいだよ」 「あいつ、またかよ」 「アルクのところに1人で行くなんて酷いよね。僕らも混ぜてもらわないと」 「当たり前だろ。あいつを殺すのは俺だ」 あーあ、殺す気なんてさらさらないくせにさ。僕はあの人に何をしたいだろう。もし、僕のことを忘れて、新しい子供達と楽しく過ごしていたらどうしよう。 そしたらきっと、僕は殺しちゃうだろうな。 アルクを? ううん、アルクの大切な大切な子供達をさ。 はは、そうならないように…… 「何もいないことを祈っているよ」 だけど、僕は10年ぶりの屋敷で、まるであの日のまま保管された部屋を見てしまった。人っ子一人いやしない寂しい子供部屋に、僕らが大切にしていた人形や本がそのまま転がっていて、綺麗に整えられた小さなベッドがそこには存在していて、大切に大切にそれでもひっそりとそれはあった。 アルクは忘れていなかった。 アルクは残していた。 その事実に僕のアルクへの恨みは消えてしまったんだ。

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