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クロの渇望

血を吸われる恐怖は誰よりもある。化物を対峙した時の恐怖も大切な人を失う恐怖も、誰よりもあって震えていた。けれど、その化物の中にはとてもとても温かい奴もいて、今までの恐怖を忘れてしまうくらい愛してしまったんだ。 『魔獣は百年に一度眠りにつく』 それはたまたま読んだ本に書かれていた。その分をなぞり、漸くアルクレートの元へ帰れる手段を見つけた。 キンとシロが話している。 「アルク様」 その単語で俺は二人の話に耳を傾けた。 「本当はアカと二人で行く予定でしたが、そこまで言うなら仕方ありません。アルク様に会いに行きましょうか」 アルクレートのところへ行くのか。 行く気なのか。 「俺も行く!」 たまらず反応した。会いたい、会いたい。俺だってあいつのそばにいたい。この孤児院は俺がいた孤児院とは大違いだけど、とても居心地が良い場所だけど戻りたい。アルクレートのいる屋敷に戻りたい。 「しかし、シロとクロを連れて行くとなると費用も戦力も足りませんね」 「か、金は……どうにも出来ねぇけど、俺、良い作戦があるんだ。それなら、子供だけであの林を抜けられる」 俺はキンに魔獣の秘密を受け渡す。 「なるほど……、それなら屋敷まで行ける。護衛を一人つける予定でしたが、その費用も削れる。クロ、よく調べましたね」 本当は一人で会いに行く予定だった。だけど、百年に一度しかないその日は半月後のこと。その前に屋敷まで行く手段は見つからなかった。こいつらで行くのは不服だが、それでも会えないよりまし。俺は四人で行くことに頷いた。 予定日になるまでソワソワした。シスターから「嬉しいことがあったの?」と問いかけられるくらいには俺は浮かれていた。 あいつは俺達を見てなんと言うだろうか。そればかり考えた。仕方がないと笑って許してくれるだろうか。きっと、あの穏やかな男なら許してくれる。そう思っていた。    馬車の中は異様なほど静かだった。シロは壊れたようにけれどシャクリもあげずに泣き、アカは顔面蒼白のまま震えていた。キンは一人地面を見つめ何かを考えている様子だった。俺は、窓の外を見る。あいつの言葉が響いている。 いらないと言われた。 まるでゴミを捨てるかのように俺達は捨てられた。勝手に拾ってきたのはあいつなのに。 いや、そもそもあいつは食事をすることを嫌っていた。なんだ、じゃあ、はじめからいらなかったんだ。いらないから捨てたんだ。 捨てられたんだ。 憎い、憎い、憎い。 俺達はアルクレートに人生を狂わされたというのに。 憎い、憎い、憎い。 あいつは俺達を捨ててなお生き続けている。 あいつはまた新しい子供を得て、血を吸うのだろうか。そして俺達のように捨てるのだろうか。 そんなことさせない。させてはいけない。子供をこれ以上傷つけてはいけない。殺さなければいけない。そうだ、殺そう。アルクレート・ジエルを、この世から消してしまおう。 そしたら、傷つく子供はいなくなる。 俺の、この胸に残る苦しみもなくなるはず。 その日から吸血鬼を殺す、アルクレートを殺す方法を探した。本の中の吸血鬼は嘘と本当が入り混じっていた。 日光が苦手だ。だから夜に目を覚ます。確かに日光が苦手だが、アルクレートは日中も起きていたし、夜にも眠っていた。 ニンニクが苦手だ。だからそれを食べれば吸血鬼は襲ってこない。アルクレートは平気で俺らにニンニク料理を食べさせていた。ニンニク料理を食べさせた後も平気で血も吸っていた。 十字架が苦手だ。だから、教会に逃げ込めばいい。俺のいた孤児院は教会が隣接していた。アルクレートも十字架を見ても何の影響もなかった。 もしかすると、アルクレートが強いせいなのかもしれない。本に書かれている事がすべて嘘という訳ではないのかもしれない。しかし、それが本当だとしても、アルクレートに効かないのなら、意味がない。アルクレートを殺せないのだから。 俺は悩んだ。そして本を閉じた。まずは実践あるのみだと考えた。その頃には14歳を過ぎていて、身長も伸びてきた。冒険者登録は難なく終わった。 冒険者の仕事は薬草を採ることから魔獣討伐まで様々だ。俺は薬草採りからはじめ、徐々に魔獣関連の仕事にありつけるようになった。そして高難易度の魔獣討伐をクリアしていくうちに、吸血鬼ハンターにならないかと声が掛かるようになった。 他3人は何やら違う手順を踏んだようだが、吸血鬼ハンターという職に一番初めにつけたのは正規の手順を踏んだ俺だった。 吸血鬼ハンターになって初めての仕事は、俺が孤児院にいた頃によく子供を食らっていた吸血鬼の討伐だった。銀の鉛の入った銃を二丁手にした俺は吸血鬼の心臓目掛け、二発撃ち抜いた。倒れた吸血鬼を見て胸が高鳴る。俺はその時、吸血鬼の復讐心よりも、これでアルクレートを殺せるという高揚感の方が大きかった。自身の血が滴り落ちることさえも気にせず、俺は狂ったように笑った。 殺して、殺して、殺して。 その内にさらに膨らむアルクレートへの殺意。 どんなに殺しても、どんなに人を助けても、この胸に残ったシコリは消えない。苦しいほど消えない。ならば、もうそれを飲み込んで、さらに深みにはまればいい。 あの男が、あの化物が苦しんだ末死ねばいい。 俺の手で死ねばいい。 そうすればきっとこのシコリは取れるはずだ。 そう思っていたのに、血を吸えない苦しみさえ受け入れたあいつは、俺を迎えたあの日のように俺を襲うことはしなかった。 甘い血が好きだとかそんなもの関係ないくらい苦しんだはずだ。選り好みできないほどの飢えがあるはずだ。なのにあいつはそれでも血を吸わない。どうして胸が苦しいのか分からない。ずっと望んでいた苦しみの顔を見ても心は晴れない。 どうして、なんでと唱えてもあいつは殺せと宣うだけだ。 本当は知っていたんだ。アルクレートは俺達のために俺達を捨てたんだ。あの日、俺がハンターを無闇矢鱈に怒らせたから、だから俺達を傷つけまいと逃したんだ。 『吸血鬼なんて害でしかない』 そういうハンターは間違っていない。 俺もアルクレートを知るまではそう思っていた。 だけど、気付いたら叫んでいた。 『アルクレートは害なんかじゃない! 俺達の大切な人だ』 ハンターを叩いて、怒らせて、結局アルクレートに助けてもらった。 あの日からアルクレートは俺達のためを思って、俺達を外の世界へ追い出そうとしたんだ。人間のいる世界へ。 だから、アルクレートが俺達を捨てたのは俺のせいだ。誰も言わないけど、俺のせいだ。それを否定したくてアルクレートは俺を嫌っているのだと思い込んだ。そう思いたかった。 けれど、あいつは俺を気遣ってばかりで、愛おしいという目で見つめてくるばかりで。本当に、本当に、馬鹿みたいだ。こんな意地で俺はまた大切な人を見殺しにするんだ。そう思うと本当に愚かだと思った。 俺の血を美味そうに吸うアルクレートを見て、抱きしめて、こんなに小さかっただろうかとそう思う。けれど、認めざるおえない。やはり、俺は狂おしいほどアルクレート・ジエルを愛している。

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