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アカの幸せ
「なんで、シロとクロが……?」
眉を寄せ、キンを睨む。
「彼らが行きたがっていたので、誘いました」
「ふざけるな。私は聞いていない!」
「言ったら却下するでしょ?」
「当たり前だ。足手纏いが二人増えるというのになぜ賛成する」
「仕方ないでしょ?二人を置いていけば恐らく勝手に屋敷まで行きますよ。そうしたらどうなります。屋敷に辿り着く前に死んでしまいます」
「俺の知ったことではない!」
「でも、アルク様は悲しみますよ」
言葉が詰まる。
父様は子供達を頼むと言った。その子供が一人でも傷ついていれば父様は悲しむだろう。
「魔獣が眠る日を教えてくれたのはクロです。シロはお得意の媚でシスターから外泊手続きをもぎ取ってきました。ただの足手纏いで終わるつもりがないようですし、いいではないですか」
頷く他なかった。
本当は一人で行く予定だった。金を稼ぎ、馬車と護衛をつけ父様に会いに行く。だが、冒険者登録をするにあたり弊害があった。
『14歳以下就労不可』
それがギルドの掟だった。私は一人で金を稼ぐこともできない。それに酷く落胆した。項垂れる私にギルドスタッフは気を利かせてくれた。
「あなたまだ13歳でしょ? 確かに一人ではまだ働けないわね。でも、14歳以上の子が一人いたら一緒に働けるわ。もしお金が欲しいなら誰か探してきなさい」
思い浮かんだのは一人の男。
本来なら既に孤児院を出ても良い年齢の男。
けれど、父様から離れたばかりの不安定な子供達の面倒のために孤児院から離れない男。
唯一、14の歳を超えた男。
憎たらしい男だが父様の名前を告げればきっと……。
「キン」
「はい? 珍しいですね、アカが僕に声を掛けるなんて」
「……父様に会いに行きたい。金が必要だ。頼む、共に働いて欲しい」
「ふむ……、なるほど。いいですよ。元々私もそのつもりでしたし」
キンはニヤリと笑う。
何かを企んでいる。それは分かっていたが、私は敢えて知らないふりをした。
キンと二人、はじめは薬草採取をし徐々に魔獣の討伐も引き受けるようになった。大した金は入らないが、それでも半年で父様に会いに行けるくらいには貯めることができた。
魔獣が眠りにつく百年に一度訪れる日。魔獣が全く見当たらないというのも、酷く異様な光景だった。恐ろしい程静かな森はどこか私達を拒絶しているかのようにも感じた。シロ、クロ、キンも少し辺りの様子に戸惑っている。けれど、父様に会えるという事実はその戸惑いさえも消してしまえるほど喜ばしいことだ。その証拠に、だれ一人話さなくとも顔には皆笑顔を貼り付けていた。きっと私も人のことは言えないくらいには機嫌はよかっただろう。
私は、その帰り道の記憶を一切覚えていない。
夢をみる。あの日から。初めは幸せな夢だ。あの人と二人で食卓を囲む夢。幼い私が頭を撫でられ、喜ぶ姿。あの人は喜ぶ私を見て、微笑む。私は嬉しくて、あの人を抱き締めようと手を伸ばす。けれど、突然地面から柵が現れ、私とあの人を引き裂く。私は叫ぶ。あの人を取り戻そうと叫ぶ。けれど、あの人は冷たい顔をしてこういうのだ。
『君と私は他人だよ。飽きたんだ』
憎たらしい。恨めしい。どうして、家族だと思っていたのか。あれは化物だ。人の心を踏み躙る化物。化物は殺さなければならない。これ以上、苦しむ人間を生み出さないように。殺さなければならない。これ以上、化け物から弄ばれないように。
握った剣が血まみれにするのは簡単なことだ。切ればいい。心臓を貫けば吸血鬼でもすぐに死ぬ。戦えば戦うほど、それは理解できた。無闇矢鱈に殺し続けていたら、吸血鬼ハンターに声を掛けられるようになった。心底どうでも良かった。ハンターにならなければ討伐は出来ないのだと説明をする男も煩わしく殺してやろうかと考えるようになった。
結果的に吸血鬼ハンターになった理由はキンが原因だ。いつの間にか私の名を吸血鬼ハンター協会に売った。それだけだ。自ら辞退しなかったのは、協会に入ったところでやることは変わらないから。抜ける手間も含めるとそのままでいた方がマシだった。
そして、アルクレート・ジエルの屋敷を出て十年が経ち、私は彼を殺す計画を実行に移した。
「アカ、あなたアルク様に会いに行こうとしているでしょ」
計画の半ば、キンにそれを指摘された。睨み付けると、いつものように下品な笑みを浮かべていた。
「ダメですよ、抜け駆けしたら。みんなで合わせて行かないとアルク様も驚いてしまいます」
「知らん、私には関係ないことだ」
「シロとクロ、もちろん私もアルク様に会いに行く予定ですから、みんなで行きましょう。それが筋でしょ?」
「私はアレを殺しに行くだけだ」
「殺しにですか。クロも言っていましたね。でも、本当に殺すだけでいいんですか。あなたはそれで満足ですか? 従属させたくはありませんか? あの吸血鬼の始祖の血を分けた、現存する吸血鬼の中でも最も強いとも言われるアルクレート・ジエルを好きなようにする。あなたはその誘惑に勝てますか?」
「私は殺しに行く」
「殺したら何も残りませんよ。あなたの苦しみは一瞬の快楽で済まされるものなのですか?」
そんな筈はない。私を子と宣うあの化物を後悔させた後、殺す。
「僕と組めば、あなたの望む結果になるでしょう」
「策があるとでも言うのか」
「ようやく開発し終えたので。吸血衝動を抑えられなくなる首輪を」
「フンッ、よく開発したな」
「ええ、これでアルク様に血を遠慮なく吸ってもらえるものです。それで? どうします? 僕と組みますか?」
キンの提案を一度は拒絶した私だったが、結局この悪魔のような男と手を組むことにした。だが、それのおかげであの化物を手中に収められた。これでいい。これでいい筈だった。
アルクレート・ジエルは銀色の髪をばら撒いてベッドに転がる。この十年、いやそれ以前より隠し持っていた真意を語る。彼の瞳は美しいものを愛でるかのように優しい。私はいつだってそれを見ていた。だが私はこの日初めて、アルクレート・ジエルの、父の瞳が、狂気に満ちた色に変わる瞬間を見た。
「私は君が思っているよりよっぽど君たちを愛しているんだ。それがどんな感情なのか私には分からない。けど、君たちになら何をされてもいいと思っている。私は、私はもう君たちを拒否できるほど理性は残っていないんだ。君は言ったね。私を捕えると。でもね、違うんだよ。私はもう、君たちを逃さない。離すことはできない。後悔したってもう……手遅れだ」
私がずっと望んでいた言葉だった。私は父に跨り、顎を掴む。逸れることがない真っ直ぐ見つめられた目に、私の方が目を離した。しかし逃がさまいと言うように今度は父が私を押し倒した。父の髪が私の頬にあたる。
「アカ、私を殺したって構わない。だが、ここまで私を捕らえてしまったんだ。もう君を手放すことは出来ないよ」
狂気に染まった父の目に私はどうしたって我慢ができない。父は化物だ。そして私は化物の父を本気で愛してしまった化物だ。
「お前は化物だ」
「そうだね」
「だが私も化物だ。人間の世界において禁忌を犯した。私は、私は……、父を愛してしまった。親愛ではない。父様を貪りつくしたい程の醜い愛だ。私は子供でいられない。子供ではあなたを愛する権利を与えられない。アルクレート・ジエル。私は血を捧げる。だから、父を愛する私を許してくれ」
父様は私の頬に伝う雫を愛おしそうに掬うと、私の首筋を噛んだ。
「アッぐっ……」
「痛い?」
「問題ない」
「君の血は甘い果実の味がする。美味しい……」
うっとりと顔を蕩かせ幸せを噛み締める父様に私はもう一度組み敷いた。私も父様の首を噛む。血は流れない。それでも良かった。私の痕跡が父に残ればそれで良い。
「アルクレート」
「父様と読んではくれないの?」
「私はっ」
「私を父と思わなくていい。でも、アカとの思い出も無くしたくない。私は我儘だろうか?」
父様の首に顔を埋める。私の醜い願いを叶えてくれるだろうか。父様、父様、父様……。
「父様……、私はあなたを愛してしまった。父としてではない。子が親に向ける愛ではない。それでもいいだろうか。それでも私は、アルクレート・ジエルを父と呼んでいいんだろうか」
「私はそれでも構わない。いつだって君は私の可愛い子で、いつだって君は私の愛おしい人だ」
あの日、父から捨てられて無くしたと思ってた涙が溢れた。父はそれを愛おしそうに拭った。
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