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キンの策略
アルク様は僕らを捨てた。
それはあの別れの一言から知っていた。
迎えに来るという言葉に決して頷かなかった。
きっとアルク様は僕らのために僕らを捨てた。
分かっていたから僕は平気だった。いつか大人になった時に会いに行けばいいと思っていたから。
だけどアカからアルク様の元へ行きたいと相談を受けた時、僕はそれを間髪入れず頷いた。だって知っていたから。アカの想いを。アルク様への親への愛とは到底思えないほどの執着した愛を。だから僕はその愛を壊す為だけに協力することにした。途中でクロとシロが加わったのは想定外だったけど、アルク様を諦めさせるにはちょうどよかった。
アルク様の言葉に呆然と突っ立つ三人。僕はその三人を無理やり連れて林を出る。魔獣が起きるまであと三時間。まだ時間はあるけど、この三人の調子だときっと行きより時間がかかる。僕としてはアルク様の顔を見れただけで十分。行きより元気だ。ああ、早く独り占めしたい。
帰りの馬車で、三人の顔をこっそりと眺める。シロは泣き、アカは顔面蒼白のまま動かず、クロはジッと感情を抑えるように外を見ていた。僕は笑いそうになった。あまりにも想定通りだったからだ。
それが、想定通りで無くなったのは割とすぐのことだった。
シロは数日の引きこもり生活から立ち直ったかと思えば、施設から抜け出すようになった。こっそりつけて行けばそこにあったのは吸血鬼ハンターの看板を持つ建物だった。
クロは吸血鬼の本を漁るようになった。部屋に散らばった本は吸血鬼に関するものばかりで、彼の気持ちはとても分かりやすいものだった。
そしてアカは夜中に出歩くようになった。街で起こる不審死。そのすべては吸血鬼とそれに関わる人間ばかりだった。冒険者登録をして魔獣を狩ってたとはいえ、吸血鬼を殺すことはあまりにレベルが違いすぎる。何度か止めたが、それでもアカは吸血鬼を殺し回った。
全員、アルク様を諦めるつもりは一切なかった。
どうしたものかと考えつつ、僕は冒険者として金を稼いだ。他の子達と違い、アルク様を殺すつもりは一切ない。もちろん他の吸血鬼にも興味はない。アルク様にまた会いに行くためだけに冒険者を続けていた。
そんなある日のこと。魔獣討伐をしに森に入った。いつものように魔獣を殺す。それだけのはずだった。しかし、今回の魔獣は今まで相手にしていた魔獣とは少し違った。腹を空かせていたのだ。魔獣は唾液をポタポタと落とし、飢えと戦う。既に両足を切断したにも関わらず僕を喰らおうと必死になっていた。
「もしアルク様がこの魔獣のように、僕の血を求めて苦しんで理性を失うことがあれば……」
想像するだけで興奮する。新たな策が頭の中で巡った。僕はその場でうっそりと笑った。
僕はその欲求を叶えるために、吸血鬼ハンター協会に入ることにした。協会にしかない資料や技術を知るためだ。でも当時の僕には協会に入るためのコネも能力も実績も無かった。なんとか入れないかと考えた末、アカを利用した。アカは吸血鬼を殺せる実力がある。ハンター協会としては是が非でも欲しい人材だろう。アカを入会させる代わりに自分も入れるように協会と取引をした。
そして、僕は約3年の月日を経て吸血鬼の反応を呼び覚まし、血を欲するだけの化物に仕立て上げる首輪を完成させる。副産物として吸血鬼にも効く毒入り弾や睡眠薬なども出来上がった。どれもいい感じに使えそうな気がした。
鼻歌混じりに歩いていると、前から日傘を持った白髪の男が歩いてきた。シロだ。彼は僕を見るなり「みつけた!」と言った。
「ねぇ、キン。いいもん作ったみたいだね」
「おや、シロ。久しぶりですね」
「久しぶり? この前あったばかりじゃない」
「そうでしたっけ?」
「もう! 白々しいなぁ!」
「今日は何しにここへ? 貴方がここへ来るのは珍しいではないですか」
ここは僕らが育った教会。孤児院が併設されていて、アルク様の屋敷から出された子供は全員ここで生活した。今日はその孤児院で年に一度行われるサヨナラ会がある。孤児院を出ていく子供を送る会で、僕は毎年参加している。
「何しにって見送りに来たんだよ。当たり前でしょ? だって最後の子だもん。アルクレート・ジエルの屋敷にいた子がようやく全員巣立った。これで縛られるものはなくなった。僕も、クロも、アカも、キンもこれで柵もなくアルクレートの元へ行けるね」
シロは牽制しているのだろう。僕が抜け駆けしないように。しかし、僕だってここ数年企ててきた計画がある。いつその計画を実行しようかと機会を伺っていたが、孤児院からアルク様に関わるすべての子供がいなくなった今がその時だろう。
「僕はずっと考えていたことがあるんです。アカやクロの了承を取らなければなりませんが、恐らく頷いてくれるでしょう」
「へー、どんな?」
「君たちがどんな感情でアルク様の元へ行こうとしているのか僕には分かりません。ですが、彼に会いに行き、彼を捕えるという事実は変わらないでしょう? 目的は同じ」
「つまり、一緒にアルクレートの元に行こうって話? でもそれって、独り占め出来なくなる。みんな一人で復讐したいに決まってる。一緒に行動を起こすなんて利点にならない」
「いいえ、僕らは協力をすべきなんですよ。互いに牽制するためにも。はっきり言いましょう。僕は彼を殺すつもりはない。だけど、アカやクロは明確な殺意を持っています。アルク様は強いけれど、恐らく彼ら相手に手出しする事はできない」
アルク様は僕らを愛している。きっと今も愛している。だから僕らが殺意を持って現れたら自分の命さえ差し出してしまうだろう。アルク様が死ぬ? そんなことあってはならない。
「彼が死ぬこと、僕は望んでいないんですよ。だから互いに互いを牽制し合う為にも僕らは組まないといけない」
「それを僕に最初に言うってことは僕が彼を殺すつもりはないって分かって言ってる?」
「ええ」
「でも、アカもクロも納得するかな?」
「しますよ。僕はその為に何年も計画を練ってきたのですから」
「それって吸血鬼の吸血衝動を抑えられなくする首輪が関係してる?」
「相変わらず情報が早い。というか、極秘で製作してたんですけどねぇ」
「ねぇ、キンについていくなら僕も使っていいんでしょ?」
「もちろん」
「ふーん。それさえあれば、まぁアカもクロもついて来てくれるかもね。でもそれにしたってやっぱり……キンってさ、相変わらず好きだよね?」
「アルク様のことなら当たり前です。最も好きと言う言葉では言い表せないですけど」
「違うよ。そうじゃない。キンは……、いやいいや。僕もね、好きだよ。だからその計画乗ってあげる。僕を最初に誘ったのはあの2人を説得させる為でしょ。クロはともかくアカはキンの言う通りには動かないだろうし」
「シロの交渉術信じていますよ」
「まぁ、任せてよ」
翌日、シロからクロとキンを説得できたと連絡を受けた。
そして、計画を実行し、概ね想定内で事を閉じた。そう概ねだ。まさかアルク様とアカの関係性が元に戻るなんて誰が想像できる。捕食する者とされる者。アカを自分たちの立場まで引き摺り下ろす計画がまさか2人の関係をより鮮明に深く結びつけるなんて。頭を掻き唸っていると、ノック音が響いた。今は作戦を練り直す時間が必要だ。誰かに構ってる暇はない。そう考え扉を開けると、アルク様が立っていた。僕はポカンと口を開けて固まる。
「キン、忙しい?」
「い、いえいえ、ちょうど暇をしていたところです。アルク様、紅茶を淹れましょう。それとも血をお求めですか? 僕の血ならいくらでも授けます」
「ううん、みんなからたくさん血をもらって今はお腹がいっぱいなんだ。久しぶりにキンの紅茶が飲みたいな」
アルク様が僕の紅茶を飲みたいだなんて……。嬉しすぎて涙が出そうだ。
「今、淹れてきます! どうぞ中に入って下さい」
ローズティーを淹れる。僕が持つ紅茶の中で一番高級かつ香りの良いものだ。アルク様に会う前に揃えていたかいがあった。ソファに腰掛けるアルク様の前に差し出すと、アルク様はティーカップを片手で持ち上げた。
「うん、美味しい。ありがとう、キン」
「いえ、いつでも! いつでも僕はアルク様に紅茶を淹れますので。それで……、今日は何の要件で?」
「ここ数日、キンとはあまり話していなかったね。アカやクロ、シロとはしっかり話したけれど、君とだけは何も語っていない。どうやら私は感情を表に出すのが下手らしい。話さなければ伝わらないことも今回よく分かった。だから、キン。今日は君の番。お話ししよう」
アルク様の唐突な提案は嬉しい。私は今まで起きたことや自分が発明したもの、なんでも話した。アルク様は満足そうに僕の話を聞いていた。
「アルク様が僕らを預けた教会からみんな旅立って行きました。冒険者になった子は何人かいますが、吸血鬼ハンターになったのは僕ら4人だけです。僕は最初吸血鬼ハンターになる予定はなかったんですけど、色々と機器を作るのに協会の力が必要で入ったんです。その時にアカを生贄にして……」
「吸血鬼ハンターに最初になったのはクロだったんですよ。ほら、彼は中々に真面目な子ですから、だからちゃんと仕事を通して実力を示したみたいです。まだ本は好きで、前までは吸血鬼復讐ものを読んでいたのに、今や吸血鬼と人間の恋愛小説を読んでいて……」
「シロはよく怪我をしていて、あの子は体が弱いのによく無茶をするから。クロがよくシロの怪我の手当てをしていたんですよ。まぁ、僕の作った機器を使わせているので、今は怪我する頻度も少なくなりましたけどね。でも想定外の使い方をするので、僕としてはため息ものですよ。そのおかげで新しい発明品を思いつくこともありますけど……」
「教会から最後の1人が出ていく時、シロと僕で見送ったんです。でも、最終的にクロとアカもきたんですよ。2人ともツンデレですから、たまたまなんて言ったんですよ。笑えますよね。特にアカの嫌そうな顔は見ていて爽快でした。あれだけ僕らに関わりを持たないって言ってるのに、結局は教会のイベント毎は欠かさず来ていましたし。でも、アカって完璧超人な顔して料理は下手なので、たまに教会の手伝いをする時にはシスターがハラハラしながら見守っていたんです。最終的にクロが包丁取り上げて座ってろって怒ってましたけどね……」
「でもね、アルク様。僕たち、とても寂しかったんですよ。アルク様がいないのとっても苦しかったんです。だから、僕も、アカも、シロも、クロも今はすごく幸せなんです」
僕の話をアルク様は何度も頷きながら聞いてくれた。話を終えた頃にはすっかり紅茶は冷め切っていた。紅茶を淹れなおそうと立ち上がろうとしたとき、アルク様は僕の手をぎゅっと掴んだ。
「キン、ありがとう。私との約束を守ってくれて」
「ア、アルク様?」
「キンがみんなを繋げていてくれた。私が願ったことをキンは忘れずに叶えてくれた。だから今、みんながここにいる。私だって君たちのいないこの屋敷はとても冷たくて嫌いだった。今はとっても幸せだよ」
熱が籠る。アルク様が僕を認めてくれた。それだけでブワッと幸せが溢れる。
「アルク様……、ぼ、僕は……」
「でも、キン。あまり憎まれ役を演じなくていいよ」
「憎まれ役? いえ、そんなことしてません」
「ううん、君はいつもそうやって自分を悪者にする癖がある。癖というか、自分が悪い人間だと思い込んでるのかな。僕はそれが少し切ない」
「ぼ、僕は……」
「本当はこの屋敷にいた子供全員大好きだったろう? アカとクロとシロは特別に目をかけてた。だから一緒にここに来たと思っていたけれど」
「ち、違います! すべてはアルク様を殺させないためです。僕じゃ彼らを止める術はないから、だから一緒に来ただけで……」
アルク様は僕の隣に座り、頭を引き寄せ自分の胸に沈めた。抱きしめられてる。アルク様に。血を吸う以外の目的で。想像すらしてなかった出来事にドキドキする。
「ア、アルク様……、僕、ぼく……」
「キンがそう思ってるならそれでいいよ。でも、さっきだってずっと君は、君自身の話じゃなくてみんなの話をしていた。私はそれがすべてだと思うよ」
「アルク様……、アルク様は狡いです。こんな風に抱きしめられたら、何も言えないです。でも、本当に、本当に僕は狡賢く策を練っていただけなんですよ」
「ふふふ、そうだね。私はそんな君が大好きだよ」
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