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第3話

 犬養の住むマンションがオートロック式であることにすら腹が立つ。  なぜ年頃の美玲があんなボロアパートに住まないといけなくて、変態野郎の犬養が贅沢なマンションに住んでいるのだろうか。  インターホンに、手に馴染んでしまった部屋番号を入力する。 『いらっしゃい』  短い返事と共に自動ドアが開いたのを確認して、犬養の部屋に向かった。  エレベーターで六階まで上がって、角部屋までまっすぐ進む。インターホンを押してから、返事も待たず不用心な玄関を開けた。  特に迎えが来るわけでもない。  代わりに玄関には玲央のための木籠が置いてあった。中にはローションと浣腸が入っていて、ひとまず木籠の中から取り出し床に置いた。  暖房のよく効いた室内は、着てきたダウンジャケットを邪魔だと思わせる。  玲央は着ていた衣服をすべて脱いで木籠に畳んで入れた。  ほんの少し肌寒さを感じながら、今度は浣腸を持ってトイレに向かう。  犬養の、主人の前に向かうのは、準備を終わらせたあとでなければならない。  腸内洗浄を済ませ後孔にたっぷりとローションを仕込んだ玲央がようやくリビングに入ると、かすかな音でインストゥルメンタルが聞こえてきた。そして、知っている曲かどうかも分からないうちに消されてしまう。 「犬養さん」 「いらっしゃい」  犬養はソファに座ってノートパソコンと睨みあっていた。玲央を一瞥もせず手招きする。  隣に座ると、パソコンを見ながら腰を抱き寄せられた。  それなりに整った顔を台無しにする、ハーフアップにまとめられた無造作な髪と顎周りを覆う無精髭。白を基調にシンプルにまとめられた部屋とは不釣り合いな紺色のスウェットを着ているあたり、今日は出かける用事がなかったのだろう。 「どうしよう、全然思いつかねえ」  玲央の腰を撫でながら、大きなため息を吐いて天を仰いだ。  犬養真守は『クリエイター』だ。俗に云う天才なのだと、玲央は思っている。写真、イラスト、デザイン、作詞、小説、エッセイ。そのすべてに代表作を持ち、どれも次を待たれている。  実際犬養は仕事をしない日が無いほど忙しい。玄関の木籠に道具が入っていない日は、玲央も仕事を手伝わされるか、家事をさせられていた。 「キャッチコピーなんて作ったことねえよぉ……」  髭でザラついた頬が、玲央の柔らかい頬を擦る。ぞわりと背中を振るわせながらも嫌がる権利は無い。  抱き着いてくる犬養の体は大きい。玲央だって175㎝近くあるのに、犬養のほうが頭ひとつ分背が高いのだ。筋肉も玲央のほうがあるように見えるのに、犬養のがっしりとしたガタイには勝てない気がするのが、いっそう気に食わなかった。 「仕事、受けなきゃいいのに」  鬱陶しさにたまらず玲央が溢すと、犬養は「そりゃそう」と笑った。 「でもそこに俺の才能があったらラッキーじゃん」  真っ白なディスプレイを前にして、犬養は少年のように瞳を輝かせた。コイツの変態性を知らないでいれたなら、カッコよくて尊敬できる大人だったのに。  犬養はノートパソコンを閉じ、玲央の顎を撫でた。  吐息を纏う掠れた低い声で、玲央を呼ぶ。 「レオ」  足を開きなさい、と命じられる。  部屋の温度が一気に高くなった気がした。熱い空気に体がじんわりと汗ばんでいく。

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