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2. 踏み出した一歩を
「ふ、伏見先輩。腕痛くないですか?」
「モモ、いいからもうちょいこっち来て。スマホの画面見えへんやん」
俺の部屋の狭いベッドで、先輩の腕を枕にして横になる。同室の奴は部活の練習に行ってて二人きりの、日曜の午後。
先輩のスウェットは洗いたてのええ匂いがして、先輩に全身包まれてるみたいな最高の気持ちやった。あぁ、ほんまに幸せや。ずっと憧れやった先輩と付き合ってるなんて、今でも夢みたい。
「なぁ、モモ。いつかここ一緒に泊まろな」
「……へ?」
あかん。匂いに気取られて、全然画面見てなかった。視線を戻せば、女の芸能人が風呂入ってるシーンが目に入る。先輩の進学先がある県の特集があるからって見始めた番組で、今は海の見える露天風呂付き客室が紹介されてるようやった。
「一緒にって……ふ、二人でってことすか?」
「当たり前やん。再来年、モモが卒業したら俺んとこ遊び来いよ。そんでここ泊まろ。いくらすんのかわからんけど、俺それまでにバイトめっちゃするわ」
痛いくらい乾き切った喉を、唾飲んで潤す。心臓が飛び出そうなくらいバクバク言い始めて、先輩の腕に当たってしまわんようにちょっと体の位置をずらした。
「露天風呂、一緒に入ろうな」
あかん。あかんあかん、無理。これって、やっぱそうゆうことやんな? 一緒に風呂て……。いや、そら大浴場では一緒になったこともあるけど、二人でって、そんなん、もうそうゆうことやん。先輩も、俺とそうゆう風になりたいってことやんな?
何回も、もう何回も何回も妄想したことが、ついに現実になりそうで目が回る。今までずっとキス止まりやったけど、ついに俺達は……。
「なぁ、モモ」
先輩の息が頭に、それ通り越して耳にも掛かる。
「俺だけ先卒業すんの寂しいけど、俺、ちゃんと待ってるから」
先輩の腕が、ぎゅっと俺を抱き締める。下半身にある硬いもんがちょっと当たって、先輩も同じ気持ちなんやって実感する。
「せ、先輩。伏見先輩」
「……ん?」
芸能人の声なんてもう耳に入らへん。持ってたスマホをベッドに伏せると、俺はぎこちないながらも体を先輩の方へ向けた。それから、精一杯色っぽく上目遣いで顔を見上げる。……あぁ、先輩、そんな。下から見てもこんなカッコいいって、反則やろ。
「先輩、そ、その……俺、今日、準備してきました」
「……え、何の?」
何の? 何のって、何の何の?
「え、は、いや、あの……あ、う、後ろの……?」
ぽかんとした先輩の顔が、見る見るうちに真っ赤に染まっていく。視線はウロウロと泳ぎ始め、俺の腕を握ってた手には痛いくらい力が込められる。
「……ま、も、も、マジで?」
マジとモモが混じったんか、先輩は口をパクパクさせながら小声で尋ねてきた。
「マジです。中もちゃんと洗ってきました。やから、伏見先輩、俺と……」
もう引き返されへん。先輩に覆い被さるようにしながら、ゆっくりと手を下の方に伸ばしていく。時間が止まったみたいに、お互い真っすぐ目見たまま固まって、それでも、俺の手だけが動いてる。向かい合った人のズボンのボタン外すんって、結構むずいんやな。
「モモ……」
「先輩、き、キス、しててください」
唇が触れあったところでようやくボタンが外れて、チャックもなんとか下ろして、パンツの前開きのとこから指を入れれば、むちゃくちゃ熱いモノに触れる。他人の、しかも硬くなった状態のモノなんて初めて触ったけど、こんな感じなんやなぁ。
「んんっ」
半ば強引に引き摺り出せば、先輩はちょっと苦しそうに呻き声を上げた。ごめん、と思いながら先端を握り込んで、扱き始めようとした、そん時――。
「も、モモっ、やっぱ、ちょっとタンマ!!」
先輩は俺を突き放すようにして体を捩ると、突然起き上がって前を隠した。
「ごめん。モモ。ちゃうねん、これは」
びっくりして固まる。手のひらに残る熱は、まだまだ冷めそうもないのに。
「ちゃうねん、ほんま。モモのこと、嫌いとかやなくて」
さっきよりも激しく、心臓が脈打つ。その振動が伝わるみたいにして、腹の上の方がキュッて痛くなる。
「ごめん、モモ。俺、俺は……俺たちは、まだこうゆうことしたらあかんってゆうか」
先輩の言 うことが頭に入ってこん。でも、拒否られたことだけはわかる。
「……も、モモ。あんな、こうゆうのは、ちゃんと――」
「先輩」
あかん、むっちゃ腹痛い。わからん、心臓かも。
「すんません、引きましたよね」
自分でもびっくりするぐらい低い声やった。ほんまは笑って誤魔化した方がいいってわかってんのに、全然そんな風に言えんかった。
「ほんますんません。俺、一人で盛り上がって……」
「ちっ……ちゃうねん、モモ。ちゃうねん、俺っ」
さっきから、先輩は俺に触れようともせん。どうしよう、嫌われた。こんなはずじゃなかったのに。
「すんません。俺……」
「モモ」
「俺、今ちょっと、一人になりたいっす……」
こんなんで泣いたら重い奴やって思われる。一人でがっついたキモい奴の上に、重くてウザい奴やって。でも、涙堪えれる気がせん。
「モモ……。ごめんな、また今度、ちゃんと話しよな……?」
最後、先輩がどんな顔してたかもわからへん。静かになった部屋で、同室の奴が帰ってくるまでひたすら泣いた。クラスメイトに譲ってもらったゴムとかローションとか、そうゆうんを全部袋に詰めて引き出しの一番奥に押し込んだ。
もう何 もかも終わりや。伏見先輩に引かれた。嫌われた。ほんまに、ほんまに大好きやったのに。何もかも、俺がブチ壊してしまったんや。
◇◇◇
寮長に呼び出されたんは、その三日後やった。
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