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二つ重ねて一つの秘 三*

 許してもらえそうで、しかも片思いの相手に請われて。代償、どころかおつりが来る、以上に完全に儲け話だ。怪我の功名どころではない。好意ではなく性的な好奇心からのお誘いだとしても。手が届かないと思っていた相手に触れられるなんて。  などと考える余裕さえ半分ほどしかクノギにはなかった。色っぽい誘いではなかったが酒の入った体に性欲を呼ぶにはあの流れでも十分だった。  菓子壷や酒瓶ではなく例の油瓶をテーブルまでもってきて、二人は揃って寝台の上に居た。 「……お前のその、行動力? 尊敬する」  どぎまぎとした初体験じみた雰囲気を和らげるようにクノギは軽口を叩くが、内心気が気ではない。スイがその無暗な行動力を持って着ていた服のボタンを外し、ためらいつつではあったが細い足を見せ下着も脱いでしまうのに目が離せなくなる。  スイは不躾な視線に抗議の眼差しを返したが、自分から言い出したことなので文句までは出なかった。衛士たちに比べると随分貧相な体を所在なさ気に晒し、ん、と手を出して請う。  油の瓶を持ち上げたクノギは、手渡さず自ら蓋を開けた。 「触っていいか?」 「……ああ、うん、」  最初は自分で触れて用意するつもりだったスイだが、クノギの言葉にそういうものかもしれぬと思い直した。ムードに配慮したわけではないが、二人でやるならそれが適切なのではと限られた経験で考えたのだ。  ぼすんと音を立てて横に寝転がるのは、常の自慰と同じ姿勢だ。膝を抱えるように丸く体を屈め、布団の上に座って見下ろす友人を見上げた 「足上げろ、もう少し――」  姿勢についての指示も熱を帯びた意識で素直に受け止め、右手で膝を引き寄せる。油を纏った指が近づくのを肩越しに凝視して、体が強張った。 「っ……」  触れた途端びくりと跳ねた体はそれ以上動かず、この試行の為に努めて留められた。油を塗るそこが緊張と期待にひくつくのがクノギからはよく見えた。  体温、感触、反応のすべてが二人の欲を押し上げた。  互いに興奮して息が上がるのを悟られぬようにと押し込めて。クノギは緩く指を動かし、硬直した体が少し緩んだのを見計らって一層に皮膚の薄いところへと進ませる。  先程までは硬かったそこが思う以上に簡単に指を呑み熱を伝える。もしや今日も……などという妄想めいた疑問が浮上するが声にはならない。  暫しは静かに、二人揃って黙り込み中を探る時間が続いた。男を抱いた経験のあるクノギは慣れていて、スイが初めて自らの指で触れたときよりも容易く性感帯を探り当てる。 「……んっ」  不意に飛び出した声に慌てて、自慰のときのように左手が口元に向かう。そそる光景の連続にクノギは唾を飲みながら、繰り返し前立腺を擦り刺激を与えてやった。ぎゅうと指が締め付けられる。  反射的な体の動きにスイは尚更に他人の指を感じて高揚し、つい右手を動かしたが――指先は布団を揉むだけだ。  己の指を動かしても、入れられた指の動きは違う。指のかたちも己と友人では思っていた以上に違う。その事実に羞恥が蘇り、スイの意識と体はかっと熱くなった。 「ん、あ」  指を足して抜き差ししても苦痛を訴える様子はなく、快感を拾うべく揺れる腰。ただ柔らかく解けて快楽を求める体。これは本当に慣れているなとクノギはぼんやり思う。  彼はもう限界だった。恋慕する相手のこの様は目に毒で、下腹に血が集まって苦しい。 「――挿れていいんだろ?」  抜け出た指に、視線を伏せていたスイがクノギを見遣る。首肯も待ったもないうちに彼は着衣を寛げた。  目から入ってきた情報にはっとしたスイが急いで身を起こす。求めたのは彼だが、割と場の勢いゆえに考えが浅かった。 「待って、……貴方けっこう大きいんだな。いやそうだよな……」  張り形と比しての話だ。初めて指以上の物として求めた張り形は、長さも太さも一番下の物で、指よりは大きくとも大抵の実物と比べれば玩具のようなものだ。自然と自分の股座とも見比べたが、構わず動き出し膝に手をかけてきたクノギに慌てて首を振る。 「待っ、入らないかも」  対して、クノギは恐ろしいほど真顔で据わった目をしていた。もう余裕などどこにもないのに、今更そんな風に期待を裏切られては堪ったものではない。ひ、とスイは息を呑んだ。 「入るかも」 「いや、そんな、」  大丈夫。と思うのはスイではなくクノギの経験からだが。  スイも本気では止めなかった。誘ったくらいだから彼にも快感への期待があり、既に疼いて欲しくなっていて止められなかった。膝を開いて露わにされた孔に張り形より大きく熱いものが宛がわれるとつい、腹に力を入れて受け入れる構えをとってしまった。 「あ、あ、あ……っあ!」  襞と粘膜を拡げ押し入ってくる圧迫感に、呻くような声が喉から零れる。クノギは暴発しそうな自身を抑えて、想像もしなかった想い人の体を開く感覚に身震いした。  掴んだ膝から腿を撫で、ゆっくりと腰を押しつける。 「……――は。……入ったぞ、どうだ。……スイ」  クノギの予想のとおり、才能に恵まれ一年弄くられていたスイの後ろは当人の不安に反して無理なくクノギの陰茎を根元まで咥えこんだ。が、問いかけにも反応はない。スイは左手で口だけではなく顔を覆って、体を動かさずに浅い呼吸をしていた。  外の反応は一応制することができても、内臓はどうしようもない。収縮して吸いつくように陰茎に触れるそこに、腰を振りたくて仕方ない本能をぎりぎりで制御するクノギが挿れたのと同じ時間をかけて緩慢に引き抜いてみると、スイの体がのけぞった。 「ぁ、だめ……」  内壁がうねり、覆われた口元から声が漏れる。 「ちがう、いつもとちがう、まず――いっ」  細い悲鳴のような主張は、クノギの雁首で捲られた後ろが再び突き上げられるのに、本当の悲鳴に変わる。  衝撃こそあったし苦しいが、スイが感じたのは痛みの類ではなかった。苦しいほどの快感に意識がちらつく。引っ張られる感触もずんと腹を埋める感触もいつもより強く、自慰の最中快楽に覚束なくなる手元以上にままならず、翻弄される。息を合せることができない。クノギの好きに揺さぶられ開かれる。指の隙間から知らぬ友人の顔が見え、ついきつく締めると彼の眉が寄った。  クノギもまた、適当な相手を見繕って性欲を解消するのとは違う、久方ぶりの昂りについていくのがやっとだ。降って湧いた貴重な時間を楽しみたいのに、酒の入った体は熱って早くと求めてやまない。 「っっもっと、あ、もっと……!」  もっと、とクノギの心中をなぞるように、別の声が言う。  気持ちよくなりたいと無意識に右手を動かしてもまた布を掻くだけで、腰を揺らしても上手くいかず、観念してスイは声を上げた。クノギが打ちつける腰を早め、互いに息を荒くして身悶える。 「っふ、ん……あ!」  開いた足の間で張り詰めた陰茎の先端から押し出されるようにして精液が溢れた。緩い吐精がだらだらと腹を汚すのとほぼ同時に、スイの中にも流れこむものがあった。  二人の意識は急激に白けていったが、クノギの眼前の光景は相変わらず小一時間も前には想像していなかったもので。名残惜しく思いながらも、彼は持久力の無かった陰茎を引き抜いた。  油と精液の混ざった物がだらりと垂れる。それがまた扇情的で、目を逸らすべきではと思う頭とは裏腹に、視線はスイに据えられたままでまったく動かなかった。 「どうだった?」 「うん……」  場凌ぎの問いかけにはまず散漫な相槌が返る。  いつもの自慰ならばしばらく余韻に浸っているスイだが、さすがにクノギを横に置いていてはそうもいかない。視線から逃れるように身を起こし、服の前を掻き合わせる。 「…………きもちよかった」  付き合わせておいてだんまりは無かろうと、スイは言葉を探してたっぷり黙り込んだものの、あれこれと何か言うのは憚られ結局それしか伝えられない。それさえ言った後には大分恥ずかしくなり、顔の赤みが戻ってくる。 「……いつもより?」 「……それは、一回じゃ判断つかん」  幾分踏み込んでみたクノギに、今度は常の調子に近く、この場においては無駄に学者の子らしい言葉が返った。  ――それは二回目を予定しているということだろうか。誰と? 「でもこれはよくない」  クノギが問う前にスイのぼやきが連なる。日に二度の酷使に腫れた感覚もある後ろを締めようと努力はするが、先に流れ出てしまった物が足を伝うのに顔をしかめた。  服にも、その下の寝具にも垂れて、うあ、ああ、と低い声で悲鳴が上がる。自分で洗い物をする身ではなかったが、この手の痕跡を残して堂々ともしていられない。クノギもようやく日常へと意識が戻ってきて、上掛けを剥がすのを手伝うことになった。  汚れた服と寝具を洗い桶にぶち込んで、急いで水を流し込む。少し揉んで染みが無いのを灯りの下で確かめ、後は使用人に委ねる算段だ。寝るとき掛けるものが無くなったが夏なので諦めがつく。  ばたばたと動くうちに目が合わない以外はいつもどおりに戻ってしまったスイに、クノギは不安になった。油の瓶も、酒瓶や遊具も片付けて、時間も大体いつもどおりのお開き。寝台でのことは幻だったのではとさえ思い始めたが、ちらと見た棚の油は今日最初に見たときよりも確かに目減りしていた。 「スイ。次の非番も来ていいか」  部屋を出る前にそれだけは確かめねばならなかった。扉の前に立ったクノギがいつもの声音を作り、しかしいつもより明らかに緊張して胸を痛めながら慎重に問うのに、スイは頷いた。 「いつ?」 「……と、四日後。また夜になるが」 「つまみは持参して」  日付の確認に厚かましい催促までついてきたが、確かに了解の返事だった。クノギの心臓が落ち着ききらないまま、うん、うん、とぎこちなく会話は終わり、じゃあまた、おやすみ、と日頃と変わりない挨拶で別れる。  早歩きで外に出たクノギは盛大に息を吐き出して、そわそわ落ち着かぬ足取りのままに宿舎に向かった。落ち着ける気がしなかった。  スイのほうは友人を見送り鍵をかけた扉の前で大きく息をつき、くるりと踵を返してまっすぐ寝室、寝台に向かい、倒れ込んだ。はああ、ともう一度吐いた溜息の端が、あああ、と呻き声になる。  すごいことがあったような。なにかすごいことをしてしまったような。明日になったら忘れていればいい……ような、そうは思わない、ような。  今まで以上に強かった快楽の記憶と共、見たことのなかった友人の顔が思い出されたのを振りきりながら。落ち着かず結論の出ない反芻をして、重ねて、迷走する。酔いと一日の疲れが回りきった体は重く途中でくらりと来て、灯りをと思う間にも眠気に意識が沈み始める。  ――でも一回だけではやはり分からないし……  眠りに落ちきる間際、スイはいつかと同じようにそう考えた。  模様替えをしないスイの寝室はいつも同じ風景だ。だが、先日と同じ札を出して遊ぶ準備を整えた横には酒も卵料理も用意してあった。クノギが乾し魚を持ってきたのでなかなか品数の多い晩酌となった。  今日は賭けはなかったが、スイは酒が進んでいた。たまに勝負が終ったところで何か言おうとして惑う、沈黙の正体にはクノギも気がついていた。何故ならスイはあのときと同じ顔をしていたので。  クノギも三回目までは迷ったが、四回目。好奇心に付け込む決心をした。あわよくば。と思う。 「もう一度やってみるか?」  札ではなく、と寝台を顎で示した。びくりとスイの肩が揺れて、ようやく合った目はすぐに逸らされてしまったが、 「ん、うん」  青い目にはたしかに欲が宿っていてクノギには十分効いた。布団の下から入浴に使うような布が現れて敷かれる準備のよさと色気のなさには感心するやら呆れるやらだが、まあ笑ってしまった。  二度目は三度目を呼び――そのうち二人でするのにも慣れてしまって、あれこれと付き合わされる羽目になるのをクノギはまだ知らない。  未だに友人、片思いの相手でしかないスイが好奇心とともに性欲も旺盛なのを理解するには、季節が一つ進む程度で十分だったようだけれど。

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