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番外 それから一月半が過ぎ(小スカ)*

 大抵の男はここを使わない。使ってもそんなに感じないことも多い。感じても、達することは難しい。  と言ったらスイがどんな反応をするのか。興味はあるがこの関係を止められては後悔しかないので、クノギは言わない。  ひょんなことから結んだ秘密の関係はもう五回目になる。一月半ほどで五回だ。スイのお誘いもいよいよ明確に、怖じなくなってきた。  ――今日、どうだろう。  などと素っ気なく窺ってくる顔は恥じらいを悟られまいとしているがどことなく視線が泳いでいる。それでも欲を隠せずちらとまたこちらを窺ってくる。とてもよい。思慕する相手にそんな風に見上げられて拒否する相手などおるまいとクノギは思う。  クノギの想い人は今までどう隠していたのかと思うほど性的に貪欲だった。尻を使っての自慰にのめり込んでしまったのも然もありなん。そして今は、自慰ではなく、今だ友人としか認識していない男との行為にハマっている。  いつ終わるか知れないととりあえず求められるままに触れ、挿れ、拒まれないうちにとそれとなく抱き寄せたりしてきたが。相手から数日おきで誘ってくる現状にクノギにも大分余裕ができた。どうせならもっとと欲が出てくる。  今日もまたスイの寝室で酒盛りの延長で事に及びながら、なるべく長く触れ見たことのない様を引き出す方法を、クノギは考えていた。  指や一物で中を擦ってやるとき布団や枕を掴んだ手が動くのはスイの癖だが、クノギがそうしている以上その手は己の体のどこにも向かない。精々出た声を抑えるのに口を塞ぐくらいだ。 「お前、するときこっちは触んないのか」 「んあっ」  いつもこの姿勢なのだろうと、これも察しがついてきた姿勢――横になり尻を差し出す格好のスイはすっかり蕩けて無防備で。油の滑りを借りて体を開くべく指を使っていたクノギは空いた左手も伸ばして触れた。  緩く立ち上がった物の皮をずらして、先走りに滑る先端を捏ねる。中に入れたままの指がぎゅうと締めつけられた。  女を抱いたことだってある彼がいわゆる普通の自慰を知らないわけもなかったが、首は横に振られる。最初の頃は触ってもいたが、後ろで快感を得やすくなるにつれその手は散漫になり、声を抑える役割が優先されてほとんど触れなくなった。それで達するのだから事としては十分だったのだ。手だって足りない。  大分尻を使い慣れているなと感心も交えつつ、クノギはそのまま両の手を動かし続けた。次の声は抑えられたが体が強張り足が震えるのはよく見えた。そして何より、右の指を包む肉がそれまでよりよく動く。触れなくなったからといって感じないわけではないのは明白だった。 「ク、ノギ」  息を整え隙を見てスイが上擦る声で呼ぶのに、クノギの心は震えた。膝のあたりを蹴る足は押しやるだけの弱いものだったが、たしかに抗議だった。 「そっちは、いいから……っ」 「これも気持ちいいだろ?」  どこが好いのかと指の腹を沿わせて、鈴口を擦る。途端に息が詰まってまた後ろが絞られる。反応は如実だ。 「いけどっ、」  眉を寄せたスイがもう一度、膝が笑うような感覚を押してクノギを蹴る。気持ちいいけれど。なか、と声が細くなるのは、今日どうだと訊ねるときにも似た。 「なかのが……」  陰茎を擦るのではなく尻を使って達することの気持ちよさを、指ではなくもっと大きいもので埋められることを知っている内臓が疼いて堪らない。そっちでイきたいと欲を露わに呟く声。クノギははーと溜息じみた熱い息を吐いた。 「……はいはい。じゃあ存分に、な」  これまでならクノギも堪えきれずに触れずとも硬くなった自分の一物を突き立てるところだが、今日はそうしなかった。  入れていた指をぐっと押しつけ、強く何度も前立腺を擦り叩いてやる。予想を裏切る動きに何か思う間もなく、短い間隔で湧き上がる強烈な快楽にスイは身を捩った。 「あ、あ、も、」  一人でするときは手の動きも鈍りこんなに強い刺激が持続しないが、他者の手は容赦がない。男が感じる場所をしつこく断続的に擦られれば上がる声は悲鳴に近く、指がシーツを掻いて絞るように握りしめた。挿れられた指を一際に強く締めつけ絶頂に身を震わせる。  求めていた挿入がないことへの不満や疑問も抱くほどの余裕もなく、指が抜かれたところで弾む息を整え、下腹からじんわりと広がる快楽を味わうことで精いっぱいだ。  だったのだが。クノギのほうは勿論まだ動けたし、欲を解放してはいなかった。 「……んっ……ぁえ」  どこに触れられても常より鋭敏になっている体の、膝を掴み割らせる手にスイは譫言じみた声を上げる。開かせた膝の間に体を入れてくるクノギの意図は、ぼんやりと快楽に霞む頭でさえ明白だった。  焦って、余裕のない友人の顔を窺う間に、きゅうと窄むそこに熱い塊が押しつけられる。ぞわと皮膚が総毛だった。スイの中はまだうねり、絶頂が続いているのに。 「あ、ま、――っあ!」  敏感に過ぎる肉を開く強烈な快感に意識が白んだ。先程は触れなかったところまで、怒張した陰茎は届く。声を抑えることも体を落ち着けることもできず、スイは頭振って揺さぶられた。  いつもより乱れた姿、はっきり聞こえる声。解いた髪が布団に広がるのを、クノギは熱に浮かされた双眸でじっと見つめながら腰を使った。 「やっ、あ……ぅあっ、ん! あ!」  クノギが動く度に、肉を打つ音と共に甘い声が響く。一度達した後ろは完全に性器となって二人に快楽と興奮を齎した。止まれず腰が揺れ、貪るように生まれるものを味わう。先に達したのはスイのほうだった。 「あ――!」 「っう……」  ずっと続く絶頂の只中にあった彼だが、前立腺と精嚢を揉まれ、張り詰めた先端から白濁が迸ってびくつく腹に零れる。強い締めつけとその光景に触発されて、クノギも呻いてスイの中へと精を放った。油と混ぜて共に擦りつけ、このときばかりは抱く相手を己の物にした気になる。  馴染ませるかのその動きにもスイの体は震えて、陰茎は精液の残りを吐き出した。たらたらと長く溢れ出すそれに、またクノギの手が伸びる。 「ふあ、あ……」  ぐったりと身を横たえたスイの陰茎を絞ってやるとうつろな喘ぎ声が上がる。若い体が作ったものは量が多く濃く、見慣れた同僚たちとは違う文官の薄い腹にたっぷりと広がるのがまた淫猥で、クノギはまたしばらくは自慰のネタに困らないなと一瞬だけやや冷めたことを考えた。  対するスイはまだ強い快楽で頭以上に体が痺れたようになっていた。クノギに触れられるのも、萎えてきてなお存在感ある腹の中の物も、気持ちよくて堪らない。体の奥がじんと切なく疼き続けている。このまま眠ってしまえたらどんなに心地良いか。  などと、快楽に微睡めたのは束の間。戯れに鈴口を擦った指が強い刺激となり、体が跳ね――腹に零れる上に更に水気が滴った。精液を拭ったクノギの指にまた体温を移した熱い液体が触れる。 「あ、何、うそ……」  まだ硬さを失っていない陰茎から途切れ途切れに小水が漏れる。腹に力を入れても快感が邪魔をして、止められるものではなかった。むしろぞくぞくと快感が駆け上がってきて混乱する。  寝台の上、人前、と状況がスイの頭に巡るが、体はまるで上手く動かない。体を半分起こした姿勢で慌ててクノギの手を退け足を閉じようとするのが精々で、堪えきれぬものを漏らし続ける。腹にかかっていたものが布団の上に敷いたいつもの布に染みていく。  ぎゅう、とクノギの陰茎が締めつけられた。 「嘘、んっ……ちが、あ……っ」  スイはせめて足を閉じようと懸命だが、その間にはクノギが居て、まだ二人は繋がっていた。中の物を締めつけその形を感じながら、スイはまた軽く気を遣った。尻の下が油とも違うものでじっとりと濡れるまで、事のすべてはクノギの前に晒されてしまっていた。蕩けた顔、甘い身震い、沈黙。  予想外の出来事、快感と羞恥でスイが真っ赤になって泣きそうな顔をしているのにクノギは酷く興奮したが――泣きそうな顔をしているので、二回戦とはいかなかった。  近頃のあれそれはともかく。クノギは想い人と部屋に二人きりで酒を飲んでいても手を出さないで我慢ができる男であったので、理性という理性を総動員して興奮を退けその想い人から体を離し、大丈夫大丈夫よくあるよくある酒も飲んでいたし! と、行為に持ち込んだ日とよく似た慰めをかけて汚したスイと布団の処理をした。  失禁の絶望感と体に居残る強い快楽で駄目になっているスイは、打ち震えながら下肢を洗って着替えた後もろくに物言えず黙っていた。クノギも勢いよく慰めて言い聞かせた後は、もうどうしようもなかった。  それから十日が過ぎてしまった。クノギは一度機嫌を窺いに茶の時間にやってきたが、他の方が来ていると使用人越しに断られて、あれ以来顔を見ていない。  さすがにやりすぎたか。今度こそ避けられているのではと思ったが。二回目に酒を持ってきたときはちゃんと本人が出てきて部屋まで通された。 「この前はすまない」 「いや、うん、平気平気」  というやりとりが先日会えなかったことに関するものか、それともあの夜のことかも曖昧なままに、いつもどおりに飲み始める。  盤戯に興じながらぽつぽつと雑談をするのもいつもの流れで、クノギは安堵し、あれはまあ酒が過ぎての失敗のようなもの、あまり触れずに忘れてしまうのがよいのだろうと、自分の内で終わらせかけた。  しかし――酒盛りの途中から、会話ではなくスイの動きがなにやらぎこちない、と気がついた。そのぎこちなさの原因にも。  腕と袖で隠される股のあたりがどうも幾分膨れている。  しばらくは気づかぬふりで押し通すべきかと酒を飲みながら悩んだクノギだったが、結局口にした。 「……今日はしねえの?」  問うてみるとびくりと肩が揺れたが、返事はなかなか返ってこない。 「――クノ」  立ち上がると帰るのだと思ったスイが慌てて顔を上げる。だがクノギは廊下に向かうのではなく寝台への数歩の距離を詰めた。驚き目を瞠る友人の膝に触れると、体はがちがちに硬かった。  スイは逃げもせず、拒否の言葉も発しない。ただ緊張している。 「ん?」  興奮をひた隠し、クノギが促す。スイの喉がごくりと鳴った。 「し、したい……」  小さく答えて、息を吸いなおす。その後は勢いがついて、常の調子に戻った。 「この前は本当にすまなかった、片付けまでさせてしまって……本当に、もう無いように気をつけるから」 「いやまあ、酒飲んでたし、……さ。……そうだな、漏れそうだったらいつでも言えよ。ちょっとチビるくらいならそのへんの布で受けきれるだろ」  改まっての謝罪に先日と同じようにクノギは軽く応じ――茶化して付け足すと、ばちん、と掌で腿を打たれる。 「こないだは貴方もやりすぎだったからな! 朝になっても体が変だった!」  すごく気持ちよかった、よすぎた、……達したところでああして出すのって気持ちいいんだな。  とはまさか言えないスイだったが、まあなんとなく、クノギも察してはいた。何せ我慢できずこうして誘いをかけようとして躊躇する間にも思い出してそれで勃起しているくらいだ。  まったく本当になんて書庫番だろうと思いはすれど、趣味的には全然悪くない。普段澄ましている男がそうなのかと思うとむしろ興奮する。体が変だったという朝、その後はどう過ごしたのかも聞いてみたい。  なにより。その後クノギもちゃんと興奮して勃ち上がっているのを見てほっとした顔をしたのが一等に可愛らしかったので、まだこの妙な関係も片思いも続くのだ。

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