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名づけ重ねどただ一人 一*
昼下がり、書庫と隣接する建物の、慣れ親しんだ自分の部屋。誰も居ない時間に性欲を発散するのはスイにはもう慣れた習慣だった。寝台と体の用意は手際よく済ませ、いつものように服を脱いで横になり、清潔にした秘所に油で濡らした指で触れ、皮膚の薄い会陰を辿り窄まりを撫でる。それだけで悦い。
反射で収縮するとまだ触れぬ体内にも淡い快感が生じて込み上げる。やがて耐え切れなくなり指を突き入れ開いて刺激しはじめると、無体を強いられているはずの臓器は先とは逆に開いて容易く指を受け入れ、より奥へと誘うように柔らかくなる。
一人寝台の上に横たわり、目を閉じて。芯を持ち勃ちあがった陰茎には触れず、足の間を刺激する。まだ射精しないように気をつけながら前立腺を擦り、痺れるかの快感を感じては動きを止める。
荒れ始めた息とぬめる水音が静かな部屋には大きく聞こえるが、それも慣れた。それよりも、もっと、と思う。
もっと広げて、もっと奥に。もっと気持ちよく。
昼まではペンばかり握っていた指で油瓶と共に張り形を握り、掌に油を足して、釉薬でつるりとした硬い表面を撫で回す。簡素に男根のかたちを象った陶器が更に艶を帯びる。手の中の物が与えてくれる快楽を思い浮かべ陶然と期待する表情で、スイは己の股座を覗きこんだ。
まだ明るい室内で下生えどころか性器や肛門まで晒しているのは一人きりとはいえ恥ずかしい瞬間があるが、それだって慣れた。むしろ今は、昼日中の皆が忙しくしている時間に自慰に耽っていることを意識して興奮する。意識するだけで腹部に熱が溜まり上向いた鈴口にじわりと水気が滲む。
擦り合わせた足をそろりと開き、硬くなった陰茎の根元を押さえて、丸めた体の中心に冷たい張り形を押しつける。受け入れるべく開く孔をなお広げる感覚に一度手を止め、締めつけて――呑み込んでいく。
「あ、……」
指に増す存在感、前立腺に突きつけると駆け上がる快感につい漏れた声を、唇を噛みしめ抑えて。ぐりぐりと強く押しつけてわななく。一度には挿れてしまわず引いてみる。もどかしさに中がうねった。
自らの手で焦らすかの動きを再現して――そう、再現して。スイのこの時間は手慣れたもののようで、以前とは変わっていた。
ぼうと手元を見つめていた青い目を閉じ、思い浮かべるものがある。二か月より前はただ現実の快楽を追うだけだったが、今は。
より気持ちよくなりたいと思う気持ちと裏腹に性感帯を微妙に逸らすかの動きは、他者の意図を想定してのもの。ままならないそれに歯噛みして、もっともっとと心の中で声にする。
自分ではない誰かの熱が体を開く。想像と共に張り形を押し込んで、夢中で動かした。濡れた音が一層に大きくなり手が震えてくるのを堪えて、よい場所に何度も。
「ん……っんん!」
足指を丸めた爪先がびくりと跳ねて布団を蹴る。全身を覆う強い快感に、堪えきれず上擦る声が漏れた。
震える手で張り形を押しつけたまま、達して締めつけるほどにまた生まれる快感を味わい、暫し乱れた息を整えてスイは目を開いた。ゆっくりと張り形を取り出すと開いた穴が粘膜を覗かせひくついた。
鈍い動きで抜き出した白い陶器を持った手を体の前へと投げ出し、油と薄い体液に濡れたそれを眺め、余韻に浸りながらぼんやりと考える。
物足りない、かも知れない。
気持ちはよい。ちゃんと達しもした。がもっと先か……何かあった気がする。前はこれでよかったのに、今一つ上手くできない。満足できない。ぐずるように布団へと顔を擦りつけて、スイは上がった息とは別に一つ、はあと溜息を吐いた。
「……あの人、上手いんだなあ……」
遊びもせず恋人も作らずに来た自分に比べて遥かに経験のありそうな年上の友人を思い浮かべて、その指の動きなどを思い出してこくりと喉が鳴る。ついでにまた内臓がきゅうと絞られて、感じやすくなっている体が簡単に快楽を拾うので、スイは熱い息を吐いた。
指以外にも色々と思い出すもがあり――己の物よりも小さい張り形のかたちを指で辿り、スイは熱った頬の割に真面目な、仕事中のような思案顔をした。
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