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折り重なって皺になる 一*

 ――前も結局勘違いだったし、きっと。いやでも、でもな。今回は。  ――だったら何だって話だ。……花街とか普通……大体普通は行くし……別にこのまま友達でもいいと思ったじゃないか……そう友達なら花街で過ごしてくることを何も言えない。こんなことで傷つく癖に、なんとなくでこんな関係を続けていられると思ってしまったのが浅はかだとは思うが……そう、この関係で満足だというのならこれまでと何も変わらないはずだ。あいつが何処に行こうが、他の誰と何をしようが。  と、クノギは頑張って無理矢理結論付けて、また何も言えそうにないままにスイの部屋に居た。札遊びは惨敗で、賭けがなくても酒が進む。今注がれている酒はあまり強くはなかったが、残り物だという美味い蒸留酒を最初に飲んだのがそこそこ効いていた。  スイがどうやら花街に行った――恐らくは女か男か誰かと一緒にいたのだという、匂いが齎した情報によりクノギは自分の位置づけを思い直さざるを得なくなった。  友人、ついでに体の関係がある。そういう仲だ。友人の中では上のほう、距離は近いかもしれないがあくまで友人で恋人ではない。以前にクノギも言ったとおりの、そういう友達、だ。  やきもきするくらいならばいっそ想いを告げようと束の間は思いもするのだが、実際本人を前にすると尻込みをする。嫌われ――はしないと思うが、疎遠になったり、二度と触れられなくなったらと思うと、一度得ただけに恐ろしい。  だというのに酒はほどよく回って、今日は札で遊んでいるせいかやたら目が合う。薄青の目の動きは分かりやすく、いつもより見られているとクノギは錯覚ではなく思った。ぼうと見つめ返してもあまり逸らされないので変な気持になってくる。 「どうかしたのか、さっきから」 「ん、いや……」  問うと逸らされるが、その返答はいつもの、言いよどんだそれと思えた。 「……するか?」  問うのは。体を繋げようとするのは案外簡単になったのに、と思いながら、クノギは結局いつもと同じ選択をした。    瞳孔が大きくなるかどうか、は常と見比べないと分からないこともあり夜の灯りでは今一つ結論は出せなかったが。改めて眺めた友人は顔の作りも体つきも悪くなく、評判になって城の女子に人気が出てきたというのもスイには頷けることだった。そして、  ――なんとなく今日いつもより色っぽく? 見えるなあ。……。  などと、些か疲労して気に病んだクノギに、スイは有体に言えば欲情した。むらっときた。  まさしく評するようにクノギの顔やら体やらを眺めていたものだから、クノギも視線に宿った色にはすぐに気がついて、札を投げ出して寝台に誘ういつもの流れとなる。  敷く布などを用意して――大体寝転がるところ、スイはクノギと向かい合わせに座り込んだ。どうしたのかと窺うクノギに、手が上がって伸ばされる。  スイの白い手がまだ服を着たままのクノギの胸板に触れた。ぺたりと掌を押しつけて擦る。 「な、ん」 「気持ちいいって貴方が言ったじゃないか」 「そうだけど……」  動揺したクノギにスイは明瞭に言った。ニビには触れてみろと言われたものの、いつもはクノギが先に触り始めるので余裕が無い。やるなら最初だと思ったのだ。  胸にしたのは、クノギは自分の胸ばかりに触れるが男でも気持ちいいというのならばクノギもそうでは、それに急に股間に行くよりはそのほうが順序的に合っているのでは、という単純な発想だ。そしてついでに心拍を測ってみる。興奮なら瞳だけではなく、ここでも知れるはずだった。  微かに触れた。少し速い。それだけのことにスイの心拍も上がった。 「嫌なら止めるけど」 「いや、じゃない、嬉しいが」  クノギだって本当なら嬉しいが、このタイミングで急に触れられると花街で誰かに言われたりした所為なのではと心配になる。実際言われてはいるのだが、スイの手つきに然程の色気はない。 「というか鍛えるとこんなに、感触まで違うものか……?」  胸を揉んで腹を撫で下ろす。自分には無く、かつ他人のものを見たり触れたりする機会もない筋肉に関心が寄って愛撫としては下のほうだ。それでも酒が入った体で、好いた相手に触られているという付加価値でクノギにとってはよいものではあったが。色気のない呟きにもなんだか安心してしまった。  胸筋腹筋と下がっていくうちに視線も落ちて、股まで行った。不慣れな手は胸には戻らず、少しの戸惑いを見せてそこへと這う。  まだ硬くはない膨らみを服の上から撫でて、少しの後に指先で形を確かめるように触れる。頃合いを見て、なんて手順を踏んだかの動きだがスイ自身は懸命だった。自分に快感が生まれるわけでもないのに意識がほてり、体の内側が落ち着かない。  花街に行ったのだろうと思っても相変わらずな友人の雰囲気に、クノギは目を細めてされるがままにしていたところから手を伸ばした。 「わ」 「そのまま触っててくれよ」  自らが動く腕の死角で腿と腰を撫で上げる手に驚いて上がる声。クノギは促し請うて、スイの脇腹をくすぐった。 「いや邪魔、なんだが」  身をすくめて笑う男の体を引き寄せて膝立ちにさせる。  近づいたところで、当たり前だが先日の移り香はしない。部屋と同じ、注意深くならねば嗅ぎ取れない淡い石鹸や油の匂いと、人肌、薄い汗の香。クノギはそれに深く安堵した。  服の合せ目を辿り裾を捲ってじかに腿に触れてみるとすぐ愛撫の手が鈍る。とりあえず肌蹴させたところで手を引いてしまうと、意図を察したスイが口を尖らせた。  今度は逆に、スイがクノギの着衣を解く。ベルトを解き、寒くなるまでは一枚二枚長い物を着て終りの文官たちとは違いしっかりと下肢を覆っているズボンの前を寛げていく。  スイの手並みを辿りクノギも再び動きだし、下着も取り去って前ではなく足の間へと手を差しこんだ。 「っ」  薄くとも柔い肉を割り奥へと触れる。さらに中へを期待するように動きが止まった。ほんの指先だけだが、姿勢の所為で締めつけはいつもよりきつい。 「……この姿勢だときついか?」 「――い、大丈夫だから、もっと……」  騎乗位で遊ぶときや以前立ったまま口でされたときのことも思い出し、スイの内側が疼いた。クノギの膝に手を置いて俯き受け入れる姿勢を作るのは、先程までの不慣れさとは対照的だ。 「スキモノめ」 「や……」  油をとる為に一度手を引いただけでも小さく抗議の声が上がる。滑りを得たクノギの指が擦りつけて押し込まれると身悶えた。  強い締めつけを開いて前立腺を擦ると、垂れ下がっていた陰茎はすぐに芯を持ち始める。 「こっち来い、挿れるだろ」  挿入を餌に促し足の上に座らせて、互いの物を触れ合わせる。少しの愛撫と興奮で固くなった互いの陰茎の熱にさらに興奮が募り、二人の息が荒くなった。  自然と肩に置く形になったスイの手に力が籠るのを感じて、クノギは抱きしめたいのを堪えた。努めて今までのように、体の相手としての振る舞い。急く意識も抑えてなるべく優しく丁寧に後ろを解して腰を引き、緩んだそこに突き入れる。 「んん……っ」  慣れて快楽に弱いスイの声に苦痛らしいものは感じとれなかった。体を開く太く熱い物を悦び――馴染ませるべく止まったクノギに焦れて、自ら腰を使い始める。  締めつけ、前後に揺すって、痺れたような足を叱咤し体を持ち上げ抜き差しを試みる。熱に蕩けた瞳と赤い頬、寄った眉、半開きで熱い息と声を零す唇。完全に夢中だ。  これは一人のときにやってるな、と以前見せられた玩具とベルトのことを思い出すのはちらりと。そんな冷静さは数秒も持たず、クノギはスイの動きに合わせて捉えた腰を引き寄せた。 「あ……んあ! い、っあああ……!」  それまでより深く強く。突き抜ける快感にスイが軽く気をやる間に、腰を持ち上げてもう一度。いつもより声が大きく聞こえるのは顔が近いからだけではないだろう。声を抑える余裕もなく、腕はクノギに縋りついて強張っている。  いく、くる、と混ざる絶頂への訴えを聞きながら、クノギは奥深くまでを穿ちきつい締めつけを味わった。  数度重ねて達しているはずが、自分から動けなくなってもスイは貪欲に求めた。 「もっと……も、いっかい……あ!」  欲しくてたまらない。足りない。もっと、この先が欲しい。叶えて突き上げられるとあられもない声を上げて簡単に達してしまう。  もっとと欲する声と共、きゅうきゅうと締めつけてくる内壁にクノギが精液を吐きかけた頃には、もう何度絶頂を迎えたか分からぬほどだった。  満足感とそのまま眠りたい疲労感を感じても、寝台に横になることは許されない。  というのはどちらかというとクノギの側の線引きで、横になってしまうときっと本当に寝入ってしまうし、想い人と横に並んで寝るのは天国と地獄の合わせ技でもあるからだった。  遊びついでに体を重ねる友人なのだから、前後はただの友人としての振る舞い。そういうわけで、今夜も二人は事が終ると気怠い体を引きずって身を清め、座っての一休みだけを挟んだのだったが。  ――次はいつかなあ。  スイはようやく落ち着いた風の顔の下で、早くも次のことを考えていた。  満足していた。今はもう十分だ。時間の都合も体力の限界もあり終わりとはなったが、なんだか、何故か物足りない。  また次会いたいし、触れてほしいと今から思っている。  好意を抱いて触れることの、先程のように与えられることの、なんと満たされるものか。今までよりも触れて、触れられて、近くなったような気がした。それがなにやら嬉しい。それなのに終わってしまうと途端に物足りない。もっとああしていたかったと思う。快楽の為だけではなくて。  ――月二回では足りない。……そういう仲になれば制約など要らないだろうか。そこを理由にするわけではないが、ついでに。  などと、欲を発散したはずがむしろ煮詰められてしまったように考え、さすがのスイも単刀直入にとは行きかねて心の中だけで。  クノギのほうはともかく、スイのほうはこうした時間に自然に触れ合う方法は知らないので手も出せず、悶々としたままいつものように座っているしかなかった。 「――じゃあ帰るわ。また来る」  そうしてほんの数分だけが過ぎ、立ち上がるクノギに、スイも慌てて顔を上げ立ち上がる。 「うん。……あ、明日の昼は暇そうか? ちょっと良い茶を貰ったんだ。貴方も好きだと思うから」  先を歩いて扉を開けに行き見送りがてらに問う。夜でなくとも、ただ会うだけでもと思った。口実を作るとクノギは嬉しそうに笑った。  見慣れたはずのその顔にどきりとして、スイは扉を開けたところで立ちすくむ。 「ああ、余裕があれば来る。おやすみ」 「ん、おやすみ……」  いつもの挨拶。友人としての振る舞いをして去っていくクノギを見送り、意識して静かに扉を閉め鍵をかける。  この後はいつもなら寝支度をして横になるところだが。今日のスイはしばらくその場で扉を見つめ、どうするべきなのか考えてしまった。就寝までの動き、ということではなく、自分はどうしたらという意味で。体も心もそわそわして落ち着かない。子供の頃の外出の前日にも似た目が冴える心地。  ようやく何か、自分にも変化が起きているらしいことに、彼は気がつき始めた。

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