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数多重ねて一つの日 三*

 城抱えの書庫番であるスイには、人に言えない秘密があった。  それは好奇心の末路とちょっとした偶然が重なった結果、もっとも親しい友人と共有するものだ。  その親しい友人――クノギとは体の関係があって、彼が遊びに来るたび触れ合い体を重ねている。  そしてその関係にも、近頃変化があった。  その後クノギが書庫へと酒を飲みにやってきたのは実に八日後のことだった。遅刻の為に外出制限の罰則があり、言伝だけしていつも以上に間が空いてしまった。  日数が経つごとに色々と申し訳なく、かつ不安になってきたクノギだったが。酒と乾し肉を持参してやってきた書庫は相変わらず、書庫番も使用人もにこやかに彼を出迎えた。  使用人が晩酌の支度に奥へと引っ込んだのを見計らい――クノギがなんと切り出すかと連日考えてきた言葉を繰り出す前に、スイはさっと彼に歩み寄った。 「お疲れ様」  労いの言葉を繰り返し、腕を回して抱擁する所作は軽く。ぽんと背を叩き、仕上げのように軽く口づける。離れてみれば、クノギは驚いて固まっていた。 「貴方が来ない間に少し確認した。多分世間的にはこんな感じだろう? ……俺は結構満足したがどうだろう」  書庫で物語の恋人同士のやりとりを勉強した成果だと囁く声音でさらりと言ってのけるが、数秒後にはスイも物凄くくすぐったく恥ずかしくなってきた。へへと笑いながら離れてそそくさ寝台に腰掛ける。 「あとはあんまり変わらなかったな。会って、遊んで――みたいな」  そこでカナイがやってきてしまったのでクノギは何もできずに普段の会話に戻るしかなかったのだが。彼は密かに悶え大層感動していた。恋人と浮かれたところでスイの態度はろくに変わらないのではと思っていたが、大違いだ。いっそ心臓に悪い。  大分寒くなってきた、劇団の都合で観劇は延期になった、結婚するだのの噂が立った顛末はこうで、一応は否定してきた、等々。ここ数日のことを少し話してカナイが仕事を終えて帰るのを待ち――しっかりと遠ざかっていくまでたっぷり待ってから、クノギはスイの隣へと身を移した。 「今日は朝まではいれないからな。なるべく近くにいたい。そういうもんだ」  身構えて視線を向けるスイに、別に下心ではなくて近くに居たいだけ、と自信を持って言い聞かせるが。むしろ当のスイの期待が見えていたので、結局すぐに手を出すことになった。 「……まあ、だからと言ってしないわけではないんだが」  いつもの用意をさせてより近くにと請うて、足の上で向かい合わせになったスイの腰を右腕で抱え、服の上から胸を撫でる。と、前とは違う緊張があった。気持ちよいところに触れられる前の、期待で身構える反応。探って硬くなったところを擦るとすぐに小さな声が漏れる。 「感じるようになってきたか? ……お前もしかして一人でするときも触ってる?」  さすがに自分が触れた成果だと言うには早い気がするクノギが問う。スイは図星に一気に茹った。 「だっ……ああ言うから気になって!」  ああやっぱり、とクノギはスイの気質を改めて理解した。好奇心もあるが快感に対して貪欲なのだ。一つ吹き込みさえすればどんどん進んでしまう。クノギの立場から見れば楽しいが困った性分だ。すぐに乱れてくれそうでありがたいような、もう少し自分が開発してみたかったような、半々の心地。 「そうかそうか。じゃあもっと楽しめるな」  それでも触れ方はまだ彼のほうが心得ている。淡く柔く、皮膚のほんの表面だけを辿るかの触れ方に、ぞわぞわとしたものがスイの胸だけではなく体全体に広がっていく。感じるようになってから改めてそうして触れられると、気持ちよさはまるで違った。  摘まんで柔く揉まれるだけで腰が揺れる。腹の奥にも熱が溜まり始めるのを、スイは感じていた。高揚と共に服が脱がされていく。 「あ……っ」  露わになった胸元に、クノギはためらいなく顔を寄せた。ちゅと吸って舌先で舐るのは指とはまた違う刺激だった。  逃げようと動く体を押さえつけて繰り返す。片側だけ、小さな一点への愛撫。スイは口を塞いで声を殺すが、体の震えまでは制しきれない。クノギが吸い上げるたびに痩身が強張り――腰が揺れ始める。 「……下も舐めてほしいか?」  下着の中で膨らむ陰茎を手探りに撫でて、クノギはちらとスイの顔を見上げた。ふうふうと息を乱し顔を赤くして声を我慢するスイの様には彼のほうが堪えられない。クノギは笑んで、スイの体を布団の上へと倒した。  胸に腹にと口づけを落として辿りながら下着を剥いで、擡げた物と対面する。そこへと顔を近づける前にクノギは油瓶を探した。仰向けになって見上げるスイが不思議がる間に見つけて、いつものように油を掌へと移す。意図に気づいてスイは慌てた。 「待っ……駄目だってそれ!」 「好きだろ。一人じゃできないんだから楽しんどけ」  連日一人で慰めていたこともあってか、たっぷりと油を纏った指は制止などないように簡単に呑みこまれた。反射的に締めつけて揺れた陰茎に吐息がかかる。 「だめ、だって……!」  開かせた足の間に屈みこみ先端を咥えて、ぢゅ、と音を立てて乳首と同じように吸われると締めつけは強く。右手で中を犯して分かりやすい反応を得ながら、空いた左手で陰嚢を揉み慣れた調子で口を使うクノギに、スイは容易く声を上げた。 「あっ――や、あ!」  今まであまり陰茎への刺激に親しんでこなかったスイではあったが、熱に包まれ蕩かされるかの口淫には弱かった。まして好んで開発してしまった後ろへの挿入と共にとなると、腰砕けだ。  指で広げながら咥えこまれると本当に腰が抜けそうになる。中も陰茎も、弱いところを知って弄ぶ容赦のなさ。たしかに一人ではできない、二重どころではない快楽にされるがままで喘ぐことしかできない。  先端を舌先でくすぐられて、前立腺に指が当たる。もうだめ、と早すぎる絶頂に身を震わせかけたところで、不意に刺激が止む。 「ぅあ――……?」  口を離された鈴口からとぷりと白濁の混ざったものが溢れ出る。蕩けた顔で見つめるスイに、クノギは促した。 「イくなら胸触っとけよ、癖がつくから」 「趣味が悪いっ……」  ただでも二ヵ所責められて追い詰められているのにその上追加とは。  続きを秤にかけて待っているクノギについ罵ったが、結局スイも快感には従順だった。少しだけ躊躇してもぞと身じろぎして、それでも両手とも薄い胸の突起へと向かう。  射精の直前まで高められた体、見られながらという状況もあいまって、自分で軽く触れてみるだけでも堪らない快感があった。単調な愛撫でも止んだ射精感が甦り、挿れられたままの指を締めつける。  声を堪える吐息を肩口に零し恥じらいながら触れる姿を眺めてから、クノギは怒られない内にと再び動き出した。挿入した指を奥まで沈めて、先走りでどろどろになっている陰茎を咥え直す。 「ん……あ、あっ!」  再度高まるのは早い。自ら乳首を摘まんで快感を強めながら、スイは呆気なく達してクノギの舌に濃い精液を吐き出した。頭が真っ白になるほどの強い快感。  指を引き抜いて、油で緩んだそこにクノギは一物を突き入れた。 「ふあっ――あ、ん! っあ」  腰を打ちつけると嬉しげに甘ったるい声が上がる。指では届かなかったさらに深いところまで開かれて揺すられ、スイは忘我の表情でクノギを見つめた。  クノギも幾分、熱に浮かされた顔で息が荒い。好いた男を組み敷くのはやはりそれだけで高揚する。体の相性がやたらとよいのも、勿論一因だが。  疼いていた腹を突かれて揺れるスイは酒に酔った様にも似てとても素直で、もう言わずとも胸も自分で触り続けている。クノギは小さく笑って、一度ずるりと陰茎を引き抜き、片足を抱えて後ろから挿入しなおした。本当であれば少し動きづらい側位だが、スイにとっては自慰の癖か、達しやすいのだ。クノギとしては長く遊べる体位でもあった。  付き合いたてでも、先に体のことを知っている分愛しやすいのは利点だ。存分に甘やかしてどろどろにできる。  そんなことを考えながら、クノギはスイの耳に口づけた。ぎゅうと絞られる陰茎にもしかすれば耳も弱いのかと推測する。知っている体だがまだ知らないところも沢山ある、というのはただただ、楽しい予感だ。 「きもちい?」 「ん、……もっと、して」  何より当人も行為が好きで積極的でとても愛おしいので、クノギは機嫌よくもう一つキスを落とした。  事を終えて体を洗い、残された僅かな時間。今日はたっぷりと残っていた葡萄酒を一杯ずつ注いで二人揃って寝台の上で飲む中で、乱れた髪も結い直したスイは切り出した。 「クノギは結婚って考えてるのか?」 「は?」  まさか逆に聞かれることがあるなどとまったく予期していなかったクノギは、自身も驚くほどの上擦った大声で聞き返した。スイも驚いて肩を揺らして黙り込むが、怒ったわけではない。二度三度と瞬いて少し自分を落ち着けてから聞き返す。 「……ど、した急に」 「ん、その――聞かれるの嫌だったら悪いんだけど、貴方は男……俺が好きなわけだろう。そういう場合って、女性とは結婚しないものか? 貴方は結構、人気もあるって聞いたけど……」  促すと、眉を下げ申し訳なさそうにしてスイは確認を続けた。聞きたかったのはそういうことかと、クノギにも納得がいった。たしかにそれは、これまで男と付き合いのないスイには未知の領域だ。  人気もある、のは初耳だったがそれはひとまず置いて、クノギは言葉を整理した。 「……する奴もいる。男も女も両方いける奴とか、家の事情とか、世間体とか。……俺はしないつもりだ。女は嫌いってわけじゃないが、相手もできんし」  家の事情や世間体を考えればしたほうがやはりよいやもとは思っていたが、する気にならなかったのだ。それで今は三十路手前、このままどうにか逃げ切ろうと思っていた。こうして好いた男が手に入ってしまったらなおさらだ。愛する者がいて別の誰かと結婚など、クノギには考えられなかった。  ――まあスイのほうは、ともかく。  良家にはもっと気にする世間体があろうとは、とうに大人のクノギには分かっている。スイはこの性格、そして三男。しない方向に期待していたしするにしてもなるべく先のこととは思いたいが――そういう話かと今少しの覚悟をした。  スイは頷き少々沈黙して、寝台に置かれた彼の手に己の手を重ねた。じっとクノギを見て、既に決めていた意思をさらに固めて息を吸う。 「……じゃあ、男となら似たようなことしてもいいか? 貴方を俺の家族へ紹介したい」  声は普段の会話と同じくはっきりとした調子でクノギへと届いたが。  クノギは部屋に入って抱き締められたときよりも、先程よりも驚いて次の言葉が継げなかった。呆然として、先程の情事の最中とは違う真剣な顔で自分を見つめてくるスイを眺めた。 「紹介するのはあくまで友人としてだけれど――家族は俺が一人でいるのを気にしているようだから、別に友人でもいいはずだ。家まで行けば多少噂は立つかもしれないがまあ俺だし、誤魔化しが利くんじゃないかな。むしろ来る縁談が減れば都合がいい」  そうしてぼんやり、まだ使用人が居た時間帯に二人で話していたことを思い出した。兄ヨカが縁談を持ってきたのではなく、考えていると伝えてきた、のが文官たちの間で誤って広まったらしい。見合いでもと言うのは結婚を求めているというよりも、この危なっかしい三男坊が一人でちゃんと生きていけるのかと気がかりらしい、とも。  ――要は家族を安心させる口実があればよいのだ。家族に紹介されてくれるようなよい人がいれば。  ――ならばそうだ、交際相手として振る舞ってくれる女性を探す必要などない。そういう相手は本当にいるのだから。家のほうとしても別に結婚が大事なのではないはずだから、もう友人として紹介してしまえばよいのでは?    それが、スイの思いつき、今の提案だった。無論、単に家族向けの誤魔化しだけではないことは、誰よりクノギが分かっていた。  スイは至極真剣な、些か不安げな表情のままクノギを見つめ続けていた。重なった指先には力が入っている。 「……と、思うんだけど。どうだろう。貴方さえよければ。生涯の友人でいてくれないか」  まさかそんなことを切り出してくれる人が現れるなど、クノギは夢にも思っていなかった。友人、なのだから婚約ではないがそれに近い。友人の内での最上級の、最上級だ。  彼は少し泣きそうな顔で笑ってスイの手を握り返した。 「俺はお前がよければいいし、嬉しいよ」  そういうわけで城抱えの書庫番スイと衛士クノギは秘密を共有し、改めてとして二人で歩み始めたのだった。  秋の暮れ、また一つ季節が過ぎる頃のことだった。

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