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第19話 真率

ーー木曜日。 今日の塾は、英語の授業だ。 授業の開始時間より早めに塾に到着した。 この間、疑問が残っていた数学の問題について、先生に聞きそびれてしまった。 この時間は、他の授業をしているだろうか…。 塾に入り、自習室の前を通り過ぎると、ちょうど無月先生の後ろ姿が見えた。 「無月先生!」 「! 晃?」 「こんばんは。あの…数学の授業で、質問ができなかったところがあるんですが。」 「ああ…どこだ?」 「この応用問題3なんですけど…」 「うん。」 近くにあったカウンターで、先生は簡潔に分かりやすく解説してくれた。 「よくわかりました。ありがとうございます。」 「ここは難しくて、みんなつまづくから。でも質問があるなら、その日のうちに片付けておいた方がいいぞ。」 「はい。」 この前は質問している人たちがいたから、帰ってしまったが…やはりその日のうちに、解決しておいた方が良いんだな。 「失礼します。」 「晃。これから英語だろ?」 「はい。」 「俺、担当になったから。英語もよろしくな。」 「え…」 前の担当の先生が急に退職してしまったらしく、 臨時で授業していた無月先生がそのまま受け持つことになったようだ。 英語は得意ではない。 この設問、文章の順序についてだが、なぜこの順番なのか分からない…。 ガヤガヤ 「は〜今日も疲れた。まさか英語の授業も一緒だったなんてね〜。」 英語のクラスも、雛松と同じだった。 「そうだな。いつもどこに座ってたんだ?」 「後ろの端。ちょっとつまみ食いしてても、バレないんだよ♪」 「お腹空くよな。」 「そうなの!私学校遠いから、おやつ食べてる時間なくてさ〜。」 「そうなのか。」 さすがにバレていると思うが…雛松は度胸があるんだな。 「晃くん、帰らないの?」 「先生に質問があって…」 「でもまたあの女子たちいるよ。なんか数学の時より数増えてるし…。長くなりそうじゃない?」 「でも、その日に解決した方が良いって言うから、少し待ってみる。」 「そう?もー私お腹ペコペコで…先帰るね〜。」 「うん。気をつけて。」 ポツン 晃は、無月と周りの女子生徒をボーッと眺めた。 長くなるんだろうか…学校の宿題でもやって待つか。 ……! 晃…帰らないのか。俺を待ってるのか? ーー質問があるなら、その日のうちに… 俺が、さっきああ言ったから…。 「はい。みんな、質問終わったんなら、雑談せずに真っ直ぐ帰ること。」 「えー、まだいいじゃん、先生!」 「先生、この後授業ないんでしょ?」 「まさかデート?」 「えー、嘘!」 「違う、違う!もう1人、質問待ってる子いるから。君たちは終わったんだから、早く帰りなさい。」 「「はーい…」」 無月は女子生徒たちを帰すと、晃の元へ向かった。 「晃。」 「!」 「質問?」 「あ…はい。文章の訳し方なんですが、参考書も見たけど分からなくて…」 「どこ?」 ガタ 無月は晃の隣に腰掛けた。 肩と腕が触れ合うほど近くに。 …近い。あれ…いつもこのくらいの距離だっただろうか。まあいいか。 「あ、ええと、この文章が分からなくて。」 「ああ、ここは、まず過去分詞形になっているから…。」 なんとなく、体温が分かるぐらいに近かったため、少し気まずくなった。 いや、気にしないことにしよう…。 「これが理解できると、次にくる文章を予想して作る問題が出たとしても、分かってくるだろ?」 そんな問題が出てくるのか…。 少し不安になってきた。 「よく分かりました。ありがとうございます。」 「晃は理解が早いな。」 「先生の教え方が上手なので…みんなが聞きたいの、わかります。」 「ごめんな。俺がさっき、その日のうちにとか言ったから、随分待たせた。」 「いえ、大丈夫です。じゃあ帰ります。」 晃は席を立った。 「ここで友達できたか?」 「まあ…はい。」 「学校にも友達はいるだろうけど、塾でも同志を作っておくといい。モチベーションも上がるし、情報共有もできる。お前のことは心配してないけどな。」 ピ!ガコン 無月は教室を出たところにある自販機で飲み物を買い、晃へ手渡した。 「え…いいんですか?」 「俺の好みで選んじゃった。甘いの平気?」 「はい、ミルクティー好きです。でも…」 「待たせたお詫び。」 「あ、ありがとうございます。」 「甘いの好きなんだ?」 「はい。」 「俺も好き。」 妙にその響きが、耳に残った。 「そう…ですか。」 「…早く帰りな。親御さん、心配するよ。」 「はい。失礼します。」 無月は手を振っていた。 振り返すのも変かと思い、少し頭を下げて塾を後にした。

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