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第23話
星崎潤の話
事務所を兼用している部屋はいかにもユウヤさんらしかった。
シンプルなデザインの中に、何かを誇示するかのように強い色が所々添えられていた。
「コーヒー?エスプレッソもできるけど」
「じゃあエスプレッソを頂きます」
「ワンショット?ツーショット?」
カフェの店員みたいに聞いてくるからつい笑ったら、彼も表情を崩した。
「ワンショットで…」
さっきのはなんだったんだろう、と思いつつそこには触れないようにする。
熱いエスプレッソを飲みながら事務所を見まわすと、結構長く使われているように感じる。
「素敵な事務所ですね、ずっとここでやってるんですか?」
「事務所はね。大学出てからずっとここ。住居兼用にしたのは恋人と別れてからだけど」
「そうなんですね」
「星崎くんは?」
「就職したタイミングで武蔵小山に引っ越しました。知り合いのつてで見つけたからいい部屋なんですけど通勤が少し面倒なんです」
「東京が地元?」
「いえ、横浜です」
「地方から来た人間にとってはどちらにしても羨ましいよ」
社交辞令っぽい笑顔だったけど、それでも見えたことが嬉しかった。
エスプレッソの小さなカップはすぐ空になる。同時に会話も途切れた。
立ったまま飲んでいたユウヤさんがソーサーとカップを机に置くとカチャ、と小さな音がした。
ゆっくりと近づいて来て、座ってる僕の膝の前に立つ。少し膝と膝が触れている。
見上げると何も言わずに見つめ返されて、顔が紅潮してゆくのが自分でも分かる。
朝もらったメッセージの違和感はなんだったんだろう、とぼんやり考える。このままなし崩しにしちゃうんだろうか。最初からそのつもりで誘ったんだろうな。
それにのこのこついてきた僕だって、そんな事は分かっている。
目の前の人は上半身をかがめて僕の両肩に手を添え、キスをした。舌も絡めない、軽く唇を開いてお互いの粘膜を感じ合うだけのキス。
さっきあんなこと言ったくせに、触れているところからじわじわと体温が伝わってきて、物足りなくなる。思わず首を伸ばして自分から唇を動かすと上唇を甘噛みして応えてくれた。
と思ったらすぐに肩を掴まれて唇が離れる。
目の前に嬉しそうなユウヤさんの顔。
「コーヒー飲んだけど、帰る?」
逡巡する時間は与えてくれた。
なけなしの理性をふり絞って答える。
「…帰ります」
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