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第29話
星崎潤の話
近寄るなとか、恋人にはならないとかさんざん言っていた癖に、ユウヤさんは以前からさり気なく触れていた。ものを渡す時に、通り過ぎる時、近くに座っている時。
本人は自覚してなかったみたいだけど。
今も居酒屋の小さな机の下で僕の脚の間にユウヤさんの右脚がある。
そしてなぜか僕の先輩である松田さんも一緒にいる。ユウヤさんと飲みに行く、と言ったらついてきたのだ。
「だからぁー、ユウヤさんもう少し自分をさらけ出してよ。えっとぉー、昔はライターになりたかったんでしょ」
松田さんはすでにグダグダになっていて絡み始めてるな。
「そうですよ、でもいろいろあってデザイナーになったんです、知ってるでしょ。松田さんはどうなんですか。人の事ばかり聞くけど僕は松田さんの事知りたいな」
ユウヤさんは笑顔で拒絶モードに入ったみたいだ。
「えー、僕はらんにも話すことなんかないよ。だからユウヤの話を聞きたいのぉー」
最近仕事が立て込んでいるせいかいつもより飲みすぎた松田さんは、さり気なく呼び捨てにしてる。
「じゃあ僕関係ないって顔してる星崎くんが何か秘密さらしてくれたら僕も何か話しますよ」
呆れたようにユウヤさんがボールを僕に投げてきた。
「え、僕ですか?何もありませんよ、……っ!」
ユウヤさんが右脚を僕の左脚に絡めてきた。あーあ、嬉しそうな顔してる。
「はいはーい、じゃあ、代わりに僕が言っちゃうよー」
松田さんが右手を大きく上げた。
「星崎くんはー、何の苦労もした事ない箱入りおーじ様みたいに見えるけどー、人生波乱万丈な子なんですよ!」
いやな予感がする。
「ほっしーんち、家族みんな血が繋がってないんだって!でもすっごく仲良くって、ほっしーが一人暮らし始めた後も月一でご飯行ったりバーベキューしたりするんらって!」
「え?」
ユウヤさんもどう反応していいのか固まっている。その雰囲気にようやく気が付いたのか、松田さんが顔を上げた。
「あれ、言っちゃいけなかった?」
「…いえ、隠してるわけじゃないのでいいんですけど、こんな状況で言われるとは思っていなかったので」
さすがに笑えない。そんな僕を見て、松田さんは頭を抱えて机に突っ伏して足をばたつかせた。
「ごめーん、ごめん。あー、どうしよう。月曜会った時にどんな顔すればいいんだろー。もうこの5分間位を全部なかったことにしてよー!」
「あの、そんなに気にしないでください。でも、いい意味でも悪い意味でも、口にした言葉はその後の人間関係を変えますよ。全く同じ状態に戻ることなんてないですよ。できるのは、許したり忘れることだけですから」
これが、少しお酒が入っていた僕が取り繕える最大限だった。
「うわー、やっぱり怒ってる。ごめーん」
言いたいことは伝わったみたいで、さすがに調子に乗って言い過ぎた事を自覚した松田さんに散々謝られて飲み会はお開きになった。
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