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第30話
ユウヤの話
さっきの言葉は松田さんへのものだって分かっているけど、実は僕に向けられていたんじゃないかとふと考えてしまう。
色々と後ろめたいから尚更。
電車に乗ってから聞いてみた。
「この間の電話も、もしかしてそうだった?だとしたらごめん」
「気にしないでください、自分で決めた事なので。それに実家には近いので大丈夫です」
一瞬こちらに目を向けた後、また前を向いてそっけなく返されてしまった。
なんとなく気まずくってそのまま黙っていると、向こうもそれを感じたのか乗り換え駅でコーヒーに誘われた。
終電までの20分、もう数組の客しかいない駅前の小さなカフェに入った。
星崎くんはまたエスプレッソを頼んでいる。人が来ない限りインスタントコーヒーに賞味期限切れのクリーマーを入れて飲んでいる僕とは根本的に違う。
「こっちの方が飲みやすいんです、僕には」
「イタリアの王子様か、君は。松田さんも自覚するようになったら星崎くん狙ってくるんじゃないの?イタリアブランド好きだし」
僕らの間では、松田さんが自分の性癖に気づくのも時間の問題じゃないかという事になっていた。
「……あの人はユウヤさん一筋ですよ。あからさまじゃないですか」
そう言いながら星崎くんは小さな持ち手を器用につまんでカップを口元に持ち上げる。
まぁ、いつもいつも絡まれるからそうなんだろうけどさ。
「やっぱりそうなのかな。気になる?」
彼は僕の質問に答えずに、カップをあおってエスプレッソを飲み干してからソーサーに戻した。
珍しく呆れたような表情をしているのが面白くって、カップの横に置かれた彼の手に自分の手を重ねた。
暗い店内の壁際の席だからこの位いいよね、彼も手を引っ込めないし。
もう片方の手で頬杖をついて、何も言わずに困惑した表情の彼を見ていると、視界の端にウェイターが来るのが見えた。
星崎くんもそれに気づいて手を引こうとしたので、握りしめて押しとどめる。
「ラストオーダーになりますが、何かご注文はありますか?」
「ありがとう、結構です」
手を繋いでいるのが見えてなかった訳じゃないだろうけど、ウェイターは表情を崩さずに去っていった。
視線を戻すと星崎くんが拗ねた口調で言った。
「このお店、時々利用しているんです…。しばらく来れなくなっちゃったじゃないですか」
真っ赤になってこちらを見て、怒ったように唇を結んでるところがやっぱり可愛いなぁ。
「手繋ぐくらい大丈夫でしょ。ちなみに、ここでキスしようとしても、いやだったら合気道で投げ飛ばせたりするの?」
冗談で和ませようとしたけど星崎くんは、心外ですとでも言いたげな表情になってから軽く睨んで言った。
「合気道はそういうのじゃありませんよ、もうその話はやめて下さい。あ、本当にキスしないで下さいよ」
最後の一言を小声で生真面目に付け足している。
力の入ってない星崎くんの手がいつの間にか僕の手を返して掌を重ねていた。
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