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第一章・魔王と王妃5
こうして私たちは大道芸人のショーを見たり、華やかに着飾った仮装パレードや演劇を見たり、王都各地で行なわれている祭典の催しを家族で楽しみました。
「パレードたのしかったです! おひめさまのかそうしてるひと、とってもかわいかったです!」
「はい、とってもかわいらしいお姫さまでしたね。リボンたっぷりの衣装もオシャレでした」
先ほど大通りで見た仮装パレードを思い出すとうっとりしてしまいます。
一人ひとりの手製の衣装も化粧も雰囲気たっぷりのステキなものでした。しかもパレードをしながらちょっとした演劇や剣舞のパフォーマンスがあって、クロードが大興奮していました。
……グ〜〜ッ。
ふとクロードのお腹から音が……。
ハッとして振り向くと、クロードは立ち止まって俯いていました。
両手でシャツを握りしめてプルプルしています。俯いた顔をそーっと覗きこんでみると、下唇を噛みしめて顔を真っ赤にしています。恥ずかしいようですね。
「クロード、お腹すいちゃいましたか?」
「……すこしだけです」
「ふふふ、元気な証拠です。ちょっとお昼を過ぎていますからね」
「は、はいっ。わたし、げんきですから!」
クロードが元気に言いました。
そんな末っ子の様子にイスラが提案してくれます。
「ワイルドハートに行くか? あそこなら今日も開店してるはずだ」
「やった! 行く行く! 新メニュー気になってたんだよね!」
「わたしもいきたいですー!」
ゼロスとクロードが嬉しそうに同意しました。
『ワイルドハート』とは王都の歓楽区にある酒場でした。酒場の店主はイスラの友人ですが、その年齢はハウストよりも年上です。それというのも店主は先代魔王時代に精鋭部隊の大隊長で、ハウストが先代魔王に叛逆したときは戦場で対峙した相手でした。そんな因縁のある相手ですが、彼はハウストが魔王に即位すると精鋭部隊から姿を消して王都の歓楽区でひそかに酒場を開業していたのです。そうとは知らずイスラが友人になり、それを縁に家族全員が親しくしてもらっていました。ちなみに私に仕えている女官エミリアの父親でもあるのですよ。
「行くか。ちょうど腹も減ったしな」
「はい、新メニューがあるそうなんで楽しみですね」
ハウストも同意して行かない理由はなくなりましたね。
私たちは大通りを抜けて歓楽区に入りました。
歓楽区は酒場や娼館などが建ち並んでいる区域で、昼間でも大通りとは違った雰囲気があります。私とクロードだけなら立ち寄りませんが、今はハウストもイスラもゼロスもいるので大丈夫なのです。
歓楽区の通りを抜けて、曲がり角をまがって、しばらく歩くと見慣れた看板が見えてきました。
◆◆◆◆◆◆
カチャカチャ。ジャブジャブ。カチャカチャ。
「フンフンフ〜ン♪」
『ワイルドハート』の店主は食器洗いをしていた。
ランチタイムの最後の客を見送って昼休憩に入っていたのだ。
休憩中も食器洗いをすることになっているのは大変だが、これもランチタイムが大盛況だったからという嬉しい悲鳴である。
現在、魔界では当代魔王と当代王妃の御成婚五周年祝賀式典期間中なので魔界各地から王都に魔族が押し寄せており、店主の酒場もその恩恵に授かっているというわけである。
しかも店主の『ワイルドハート』は王都で発行されているグルメ雑誌にスイーツのおいしい店として紹介されたのだ。それを見た若い魔族たちがわざわざ来店してくれているのだ。
「俺の店も人気店になったもんだな。最近酒よりスイーツの注文が多い気がするが……。……まあいいだろう、売り上げは悪くない」
自分を納得させるように呟いた。
酒場なのにおいしいスイーツの店として紹介されたのは複雑だが、店主が目指すのは若い女性も気軽に入れる酒場である。ここはあくまで酒場でスイーツ店などではないのだが、目標に着実に近づいているのでとりあえずよしとした。たしかにスイーツ作りは苦手ではないが、あくまでスイーツは若い女性客を増やすための餌。ここは酒場だ。酒場酒場酒場。店主は自分に言い聞かせた。スイーツメニューが明らかに増えているがここはあくまで酒場だ。
「認めない、認めないぞ。俺は酒場の店主だ」
店主はぶつぶつ自分に言い聞かす。
酒場では大人の男女が艶めいた言葉を交わし、おいしいお酒をたしなみながら密やかな視線を交わす。そこにおいしいスイーツがあればなんだかオシャレ、それだけだ。そんな酒場はあくまで大人の社交場で食事やスイーツを目当てにした客はノーサンキューで……。
「…………」
……見られている。
通りに面した窓から幼児がじーっと店内を覗いている。
そしてその幼児のうしろには十五歳の少年。店主を見て小さく手を振ってきた。
そう、それは次代の魔王クロードと冥王ゼロス。
少しして扉が開く。
「店主さん、いた〜」
「いました〜」
ゼロスとクロードが嬉しそうに入ってきた。
二人は冥王と次代の魔王だというのに慣れた様子で酒場に入ってくる。
しかもそんな二人のあとから三人が姿をみせた。
「久しぶりだな」
「こんにちは、店主様。お邪魔します」
「邪魔するぞ」
入ってきたのは当代魔王ハウスト、当代王妃ブレイラ、勇者イスラの三人。そう、魔王一家だ。
この魔界において、いや四界においてこの家族を知らない者はいないだろう。
本来なら驚愕すべく来訪だが店主のほうも慣れてしまっていた。
「いらっしゃい。どうぞ」
今は休憩中だがさすがにこの客を入店拒否することはできない。むしろ他の客がいるときに来店されなくて良かったくらいだ。騒ぎになってしまう。
「店主様、突然来てしまってごめんなさい。休憩中でしたよね」
「とんでもない。御成婚五周年おめでとうございます。式典お疲れでしょうから、ゆっくり寛いでください」
「お気遣いありがとうございます」
ブレイラが丁寧な所作でお辞儀した。
王妃のそれに店主は恐縮してしまう。魔王一家の来訪に慣れたと思ってもこれだけは無理だ。
「日替わりランチ五人分頼む。一人は子ども用でな」
カウンターに座ったイスラがメニューを見ずに注文した。
これも慣れたものである。
それというのも店主と魔王一家との付き合いは勇者イスラがきっかけだった。
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