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第一章・魔王と王妃6

 出会った当時イスラは十五歳で、初対面の印象は生意気な勇者というものだ。しかしなんやかんやと店主の酒場にふらりと立ち寄るようになって今に至るのである。 「ドリンクはどうする? いつもランチタイムは酒をだしてないが、今は祝賀式典期間中だからな。期間中は特別だ」  店主は人数分の水を出すと、イスラの前にアルコールメニューをだした。  二十三歳になったイスラは酒場で酒をたしなむようになったのだ。  しかも今は祝賀式典期間中。期間中は魔界のほとんどの職業が特別休暇中で、歓楽区は陽気なほろ酔い観光客であふれているくらいだ。  イスラも楽しみたい気持ちはあるが。 「……今日はやめておく」 「そう言うと思ったぜ」  店主がニヤリと笑ってメニューを引っ込めた。  王妃や弟たちが一緒にいるときにイスラは自分だけ酒を飲んだりしない。それはハウストも同じだ。  店主はさっそく日替わりランチを作りだした。  手際よく食材を切ったり焼いたりしていると今度はクロードが声をかけてくる。 「てんしゅさん、てんしゅさん、これここにかざっておきますね」  クロードが店内の飾り棚の前に立っていた。手にはどんぐりが握られている。  その姿に店主は和んだ気持ちになるが相手は真剣な顔の次代の魔王だ。和んでいる場合ではない、魔族として真剣に答えねば。 「ぜひよろしくお願いします。オシャレな感じに飾ってください」 「まかせてください。わたし、かんぺきにできます」  クロードは真面目に返事をすると、高い位置は背伸びしてどんぐりを並べだした。  どんぐりの角度に気を付けながら慎重に飾っている。そこにあるのは使命感だ。なぜならこのどんぐりを飾る仕事は冥王ゼロスから受け継いだものなのだから。 「そのどんぐりの角度いい感じ。クロード、こっちにも置く? おいで、抱っこしてあげるから」 「はい、そっちにも」 「ほら」  ゼロスがクロードの小さな体を持ち上げた。  一気に目線が高くなって、クロードはひとつ、ふたつ、みっつとどんぐりを飾っていく。  真剣なクロードと面白がっているゼロス。そんな二人の後ろ姿に店主は苦笑した。  二人が初めてこの酒場に訪れた時、冥王ゼロスは三歳で次代の魔王クロードは赤ちゃんだった。  三歳のゼロスが赤ちゃんのクロードをおんぶしてやってきたのだ。二人は窓から店内をじーっと覗いていたかと思うと、つぎに扉の隙間から顔を見せた。 『こんにちは』 『あにうえいますか?』  長細い隙間から見えた三歳児と赤ちゃんの顔を今でも覚えている。  お行儀よく挨拶したと思ったら謎の問いかけ。二人はイスラを探して酒場にやって来たのだ。 『はいってもいいですか?』 『ど、どうぞ……』  許可した途端、三歳児の顔がパァ〜ッと輝いた。 『おじゃまします! わああ~っ、ここがてんしゅさんのおみせかあ~っ』 『あぶぶ、あうーあー!』  二人は感激の顔で店内をきょろきょろ見て回った。  幼児が感動したように両腕を広げて店主をくるりと振り返る。 『ステキなおみせだね!』  幼児に褒められた。  その時は冥王だなんて知らなかったので謎の幼児だ。  謎の赤ちゃんもパチパチ拍手していた。まさかこの赤ちゃんが次代の魔王だなんて思わない。  その時の店主からすれば二人は謎の幼児と赤ちゃんだ。  しかも謎の幼児はバーカウンターや長脚のカウンターチェアにオシャレさんなお店だとたいそう感激していたのである。  得意げにカウンターチェアに座ると一方的にしゃべりまくり、店主は質問攻めにされた。 『てんしゅさんは、どんなおりょうりがとくいなの?』 『てんしゅさんは、どんなジュースがすきなの?』 『てんしゅさんは、どんぐりってどうおもう?』  唐突すぎる質問攻めには参ったが、どんぐりはかわいいと答えると一緒だと大喜びしていた。オシャレだとおもうの、と言いながらバーカウンターにどんぐりを並べだしたのだ。  そうこうしているうちにイスラが魔王ハウストと王妃ブレイラを連れて酒場に来た。魔王と王妃は勝手に城を出ていってしまった三歳児と赤ちゃんを探していたのだ。それが店主と魔王一家との始まりである。  それ以来、三歳の冥王と赤ちゃんの次代の魔王も遊びにくるようになった。イスラと一緒なら店主の酒場に遊びに行ってもいいと王妃ブレイラが渋々許可したのだ。  二回目の来訪は十五歳のイスラと三歳のゼロスと赤ちゃんのクロードの三人だった。 『てんしゅさん、こんにちは〜』  ゼロスが扉からひょっこり覗いた。  その後ろには赤ちゃんのクロードを片手で抱っこしたイスラがいた。  兄弟三人で酒場に来たということである。  二回目の王族来訪に店主は困惑したが、イスラは勇者とは思えぬほど絶対零度の不機嫌な顔をしていた。 『どうしたもこうしたもあるか。見ればわかるだろ』 『?』  見れば分かるというが分からない。  そうしている間にもゼロスがカウンターチェアによじ登ってちょこんと座った。  店主は小さなお客さんに改めて挨拶する。 『いらっしゃいませ』 『いらっしゃいました〜。きょうはね、あにうえがゼロスとクロードもいっしょにどうぞっていってくれたの』  そう言ったゼロスの声は弾んでいた。  ゼロスは届かない足をぶらぶらさせていたが、隣に座ったイスラはますます不機嫌になる。 『誰がそんなこと言った。俺に尾行して勝手についてきたあげく、見つかったら見つかったで大泣きして連れていけってワガママをしたのは誰だ』 『あにうえ、そんなこといっちゃダメでしょ!』 『本当のことだろ』 『……ぼくだけじゃないもん。クロードもした』 『クロードはまだ赤ん坊だろ』 『そうだけど〜』  ゼロスが駄々っ子の顔で眉を八の字にした。  どうやら今回は酒場に行こうとしたイスラに勝手についてきただけのようだった。  ゼロスはクロードをおんぶしてイスラを尾行していたのだ。もちろんイスラに見破られて失敗し、最終的に大泣きしてイスラを根負けさせたようだ。それならイスラの不機嫌も理解できるというもの。

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