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第一章・魔王と王妃7

 こうして十五歳の勇者イスラは歓楽区を三歳児と手を繋ぎ、赤ちゃんを抱っこして歩くはめになったのだ。今の大人になったイスラはともかく、当時の十五歳だったイスラにとってはなかなか恥ずかしかったようだ。 「店主さ〜ん、どう? オシャレだよね!」 「これ、わたしがみつけたんです! てんしゅさん、どんぐりすきなんですよね!」  ゼロスに抱っこしてもらったクロードが胸を張って言った。  初めて会ったあの時から店主はどんぐりが好きということになっている。あれ以来、ゼロスとクロードは酒場にくるたびに新しいどんぐりを飾り、今はその役目はおもに五歳のクロードが担っている。 「はい、好きですよ。かわいいですよね。いつもありがとうございます」 「まかせてください! わたし、かんぺきにできます!」  かんぺきです! かんぺきだね! とクロードとゼロスは嬉しそうだ。  そんな二人の姿に店主は目を細める。四界の王に対して畏れ多いが、それでも大きくなったな……と穏やかな気持ちになった。  クロードはゼロスに抱っこから降ろしてもらうとカウンターに座っていたブレイラの隣へ。  隣に座ったクロードにブレイラが優しく目を細めた。 「上手に飾れましたね」 「はい、かんぺきです。てんしゅさんもよろこんでました」 「良かったですね」  いい子いい子とブレイラが頭を撫でた。  クロードは誇らしげな顔になると気取った様子でグラスの水を飲んだ。  そんなクロードにブレイラは小さく笑うと店主に顔を向ける。 「店主様、ありがとうございます」  そう言ってブレイラがこっそりどんぐりを見た。クロードに見つからないように。  店主もこっそり顔をほころばせた。 「いいえ、クロード様は綺麗に飾ってくれますから」 「ふふふ、ありがとうございます。店主様には本当にお世話になっています。ゼロスもクロードも店主様が大好きで」  ブレイラが小さく微笑んだ。  王妃の微笑は木漏れ日のような淡い光をまとっているようで、幾多の戦場に立ってきた店主すら内心ドキリッとする。当代王妃の美貌は魔界だけでなく四界全土に知れ渡るものなのだ。 「もったいないことです」  店主は背筋を伸ばして一礼した。  ピンッと背筋を伸ばし、いつもよりキリッとした顔をつくり、洗練した雰囲気の完璧な一礼だ。  相手は王妃なので緊張するのは当然なのだ。だが。 「おい、誰見てデレデレしてるんだ」 「デレデレって言うなっ。王妃様に畏まるのは当然だろっ」  イスラの冷ややかな突っ込みに、即座に店主が言い返した。誤解にもほどがある。  しかし別の方向から不穏さが漂ってきて、ハッとして振り返った。 「あの、魔王様っ……」  ハウストが無言で店主を見ていたのだ。  圧倒的威圧を感じて店主は全身の血の気が引いたが。 「ハウスト、見てください。新メニューのデザートですよ」 「どれだ?」  ブレイラが呼ぶとハウストから威圧感がパッと消えた。そして何事もなかったように答えている。王妃には見せたくない姿のようだ。  店主は命拾いし、今のうちとばかりに日替わりランチに集中したのだった。 「ごちそうさまでした!」  クロードがお行儀よく手を合わせてごちそうさまをした。  隣のブレイラも手を合わせて挨拶すると、おしぼりでクロードの手や口元を丁寧に拭く。 「クロード、ソースがついています。おいしかったですね」 「はい、とってもおいしかったです!」  クロードの日替わりランチはお子さま用だった。プレートに並んでいた料理はハンバーグや目玉焼きといった子どもが大好きなメニューだ。  普段のクロードは城でもっと高級な料理を食べているはずだが、酒場でだされる一般的な料理もおいしそうに食べている。王族の子どもでは考えられないことだが、そもそもこの家族は子どもたちが幼い頃から野宿したり冒険したりする機会が多かった。これも魔王と王妃の教育方針なのだろう。  店主はおいしそうに食べてくれた五歳児になごむ。この子どもも大人になっていずれ魔王に即位するわけだが、その時に酒場でどんぐりを並べていたことやお子さまプレートを食べていたことを思い出して頭を抱えたりしないだろうか……。店主は一抹の不安を覚えたが、とりあえず今はなごんでいるのでよしとした。 「店主さん、ごちそうさま。おいしかった〜!」  ゼロスも大満足で両手を合わせた。  ハウストとイスラはすでに食べ終わっており、二人は王都発行の新聞や雑誌を読んでいた。  横からゼロスも覗きこんで気になった記事をイスラやハウストに聞いている。その横ではクロードは持ち込んだ教本『よいこのおそら』を取り出して天文学の自主勉強を始めた。この家族は帰る時間になるぎりぎりまで寛いでいくようだ。来店した時はいつもこうである。 「王妃様、よかったらどうぞ」  そう言って店主が食後の紅茶を淹れた。  もちろん人数分淹れるのも忘れない。クロードはミルクだ。でなければイスラやゼロスに文句を言われるのである。 「ありがとうございます。いただきます」  ブレイラはニコリと笑って紅茶を口にする。  ほっと吐息をついて口元をほころばせ、店主を見つめた。 「おいしいですね。落ち着きます」 「喜んでいただけて光栄です。娘が差し入れてくれた茶葉なんです」 「エミリアが」  エミリアとは店主の娘であり、ブレイラの側近女官の一人だった。  エミリアはブレイラを慕う女官の一人で、彼女が女官になることを志したのは五年前の冥界創世時の混乱が切っかけである。  五年前、ブレイラは魔王の寵愛を失って王妃の座から降ろされた。しかし魔界の王都が魔石研究者に急襲された時、魔界を追われていたはずのブレイラが魔界の窮地を救ったのである。その時から魔族のブレイラへの感情が変わっていった。ブレイラは魔族から忌み嫌われる魔力無しの人間だったが、今では多くの魔族から敬愛を集めるようになったのだ。  そして店主の娘エミリアもそんな魔族の一人だ。  王妃直属の女官になるために最難関の精鋭部隊に入隊して実績作りをし、女官組織総取締役コレットの部下を経て、二年前に念願の王妃直属の女官の一人になったのである。  その時のエミリアの喜びぶりを店主は今でもよく覚えている。

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