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第一章・魔王と王妃9
「お疲れさまです。大変でしたね」
「あいつは人使いが荒いんだ。この場合は魔王使いか……」
「ふふふ、またそんなことを言って」
私は小さく笑ってしまう。
でもフェリクトールの報告は私も気になるところでした。
「ハウスト、フェリクトール様のお話しはなんだったんですか? もしかして、また……」
「ああ、リュシアンから気になる報告があがっていた。南都の保護区に生息していた魔獣が突然狂暴化した。フェリクトールに調査させていたが原因が不明だ。だが」
「士官学校の召喚獣ですね……」
それは以前、私がゼロスとクロードを連れて王都の王立士官学校に視察に行った時のことでした。そこで魔力闘技会の観覧をしたのですが、学校で飼育されていた召喚獣がなんの前触れもなく狂暴化したのです。
ゼロスとイスラのおかげで大事にはなりませんでしたが、現在も狂暴化した原因は不明でした。
でも、同時に一つ気になる事態も起きていました。それはレオノーラの沈んでいる海底に熱反応が発生したということ。しかも熱反応の範囲は徐々に広がっていたのです。
熱反応については魔界と精霊界と人間界が共同で調査していました。そして先日、潜水士が潜水して熱反応の調査を行なったのです。そこで判明したことは、海底の地形が変化していたということでした。レオノーラが沈んでいる場所が隆起し、そこを中心に熱反応が広がっているようでした。
それは海底から正体不明の熱の塊が地上に向かって徐々に上昇しているということです。
異常な状態でした。
「ハウスト、海底で採取してきた岩や海水の調査結果は出たんですか?」
潜水調査では熱反応があった地底から岩や海水を摂取してきたのです。
私は聞きましたがハウストは黙り込んでしまう。
それに胸騒ぎを覚えます。
「ハウスト……」
「……暫定的だが調査結果が出た。採取した海水や岩にエネルギー反応が確認された。それは海底の熱反応と一致している。おそらく海底で熱反応を受けたことでエネルギーが自然発生したんだろう。それなら世界で起きていた異常事態も魔獣の狂暴化も説明できる」
「海底からの熱反応に影響を受けたということですねっ」
私は息を飲みました。
海底から上昇している正体不明の熱反応。
その影響が世界各地に広がっているということ。
ハウストは深刻な顔で頷きます。
「ああ、そうだ。正体不明の熱反応は莫大なエネルギーを持っているということだ。海底火山など比べ物にならないほどの……」
愕然としてしまう。
海底火山の可能性は否定されました。未知の鉱石や生物という可能性もなくなりました。ならばそこにある熱反応の正体は……。
「……レオノーラ様……」
呟いたその名前に沈黙が落ちました。
ハウストは険しい顔で王都の夜景を見つめています。
私も静かに王都の夜景を見つめました。
「ハウスト……」
小さく名を呼ぶとハウストが振り返ってくれました。
あなた、怖い顔をしています。
誰よりも魔界を愛しているのに、そんな顔で王都を見つめないでください。
私はゆっくりと手を伸ばし、ハウストの眉間の皺をもみもみしてあげました。
するとハウストは少しだけ驚いた顔になりました。
「なんだ」
「なんだ、ではありません。あなたがそんな顔で黙っていると怖いのです」
「むっ……」
ハウストが大きな手で口元を覆いました。
その仕草に私は小さく笑ってしまう。
少しだけハウストの険しかった顔が緩んでくれます。そして私を見つめる鳶色の瞳を穏やかに細めてくれて、私の好きな顔になる。
「ふふふ、あなたのこと大好きですよ。怖い顔も愛しいくらいなので困りものです」
私が笑いながら言うとハウストも力が抜けたように笑ってくれました。
ハウストが私の唇に触れるだけの口付けを一つ。私からも口付けて、近い距離で見つめあいます。
そしてハウストは私の手を握って大切なことを話してくれます。
「四界の結界を強化する。精霊王とは話しをつけた。あとは勇者と冥王にも強化を要請し、準備ができしだい実行する」
「そうですか……」
四界の結界の強化。それは過去にも幾度か実行されたことがありました。
近年で最も大規模だったのは冥界創世時のことです。赤ちゃんだったゼロスが冥王の玉座を拒絶したことで冥界が混沌に陥ったときのことでした。
混沌の影響を防ぐために、魔王と精霊王は四界を区切る結界を強化してそれぞれの世界を守ったのです。
でも以前と今回のそれは明確な違いがあるものでした。
今まで四界の結界は世界を区切るものだと考えられていたのです。結界の強化はあくまで四界の王が自分の世界を守るためのもの。他の世界に対する盾のようなものと捉えていました。
しかし私たちは初代時代へ時空転移したことで四界の結界の真実を知りました。そう、四界の結界とは星の杭となったレオノーラを封じるためのものだと。
もし海底から上昇している熱反応がレオノーラのものなら、それは星の杭が抜け始めているということでした。その意味することは星の終焉。
それを阻止するには四界の結界を強化しなければなりません。それは初代王たちが封印したレオノーラにさらなる封印をするということでした。
「俺とお前の式典期間中だというのに許してほしい。この期間中は二人きりの時間を増やすつもりだったんだが」
「こんな時になにを言っているのです」
「俺にとってはこれも重要なことだ。お前は俺の最愛だぞ、自覚しろ」
そう言ってハウストが私の手を握る手に力をこめました。
くすぐったい気持ちがこみあげて、私も彼の手をぎゅっと握り返します。
彼と触れあう温もりに胸が高鳴りました。
おかしいですね、結婚して五年が経過したというのに今でもあなたにときめくのです。昨日よりも今日、今日よりも明日、私は毎日あなたに恋をしているよう。
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