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第一章・魔王と王妃11
イスラは苦々しく舌打ちした。
イスラとて葛藤したのだ。
イスラならゼロスを撒くこともできるがあえてしなかった。もしそれをしたとしてもゼロスは勝手に夜の街へ繰り出すだろう。もし自分がゼロスだったらする。自分が十五歳の頃にしなかったとは言わない。
ならば。
『……行くなら俺といろ』
『え、どっか連れてってくれんの?』
『違う。お前をふらふらさせとくと面倒くさくなるからだ。ブレイラが心配する』
妥協である。
ゼロスを捕まえて城から出られないようにすることも出来るが非常に面倒くさいし、なにより自分も十五歳だったら城から抜け出している。
せめてゼロスを野放しにしないのはブレイラのためだった。冥王のゼロスになにかあるとは思わないがブレイラが心配する。イスラがそれを気にしないでいられるわけがないのだ。
こうしてイスラとゼロスは夜の街へ繰り出した。
いつもは夜といえば歓楽区だが、式典期間中は王都全体が賑やかだ。
勇者と冥王の兄弟は大通りに並んでいる夜店を覗いたり、酒場に立ち寄ったり、いつもとは違った王都の夜を楽しんだのである。
夜遊びが最高に楽しかったゼロスはいい気分で城まで歩いたが、正門が見えたところでぴたりっと足が止まる。
「ッ!?」
ゼロスがみるみる青ざめていく。
正門前には二人の人影があったのだ。
一人は門の前で仁王立ちし、もう一人は仁王立ちの人影を見守るように石壁に背を凭れさせて立っている。
「……あ、兄上、あれなんだと思う?」
なんだと思うと聞きながら、その答えはゼロス自身がよく知っていた。
そう、ブレイラとハウストだ。ブレイラが門の前でゼロスを待ち構えていたのである。
ハウストは付き合わされたのだろう。ブレイラに頼まれれば基本的に拒否できない男なのだ。
「僕ちょっと用事が……」
ゼロスは回れ右して歩き出したが。
「ゼロス、どこへ行くのです」
「ッ」
ブレイラのぴしゃりっとした声。
ゼロスはおそるおそる振り返る。
「ブ、ブレイラと父上、こんばんは……」
「こんばんは、ゼロス。月が綺麗な夜ですね」
「は、はい。月が綺麗ですっ……」
「夜遊びもさぞ楽しかったでしょう」
「うぅっ……。たのしかった、です……」
ゼロスの顔は完全に引きつっていた。
そんなゼロスをブレイラはじーっと見つめる。
「ち、父上っ、兄上……!」
居たたまれなくなったゼロスは助けを求めるようにハウストとイスラを見たが、二人はあらぬ方を向いて我関せずを貫いた。ゼロスを助ける気配はまったくない。
「ちょっと、僕がかわいくないの!?」
「お前は少しくらい怒られた方がいい」とハウスト。
「丁度いいから怒られとけ」とイスラ。
ゼロスは言い返そうとしたが。
「もちろん可愛いですよ、ゼロス。私はあなたが可愛いのです」
「っ、ブレイラ……!」
ゼロスがみるみる青ざめていく。
いつもなら嬉しいのに今は嬉しくない。むしろ……怖い。
「あの、ブレイラ……」
「可愛いあなたはまだ十五歳。夜遊びは早いと思うのですが」
「ご、ごめんなさいっ……」
ゼロスが観念してごめんなさいした。
ブレイラに内緒で夜の街に繰り出したのだ。全面的にゼロスが悪い。
冥王なので危険なことなどないのだが、ブレイラにとってはそういう問題ではないのである。
「ブレイラ、心配かけてごめんね……。式典中は夜もお祭りみたいだっていうから、どうしても僕も行きたくなって……」
ゼロスは申し訳なさにおずおずした。そこには冥王の威厳などない。どこから見ても親に叱られる十五歳男子だ。
そんなゼロスの姿にブレイラも大きなため息をつく。
「……ゼロス」
「はい……」
「行くなら行くで、せめてどこに行くのか教えてください。私は勝手に行ってしまったことに怒っているのです」
「えっ、ブレイラそれって、言えば許してくれるってこと……!?」
ゼロスがパッと顔をあげた。
そうなのだ、そういう意味に受け取れる。
分かりやすいゼロスの反応にブレイラは苦笑した。
「行くなと言っても行くのでしょう? イスラもそうでした。ならばせめてちゃんと教えてください。そうしたら私も『いってらっしゃい』とちゃんと見送れますから」
「ブレイラありがとう! 次からちゃんと言うから!」
「わあっ!」
ゼロスが勢いよくブレイラに抱きついた。
突然のことにブレイラは目を瞬くが、「ふふふ、びっくりするじゃないですか」とクスクス笑ってゼロスを抱きしめかえす。
そしてゼロスの頬に手を添えて近い距離で見つめる。
「もちろん、ちゃんと帰ってくるんですよ? 私のところに帰ってきてください」
それはブレイラが三兄弟にずっと繰り返している言葉だった。
イスラとゼロスとクロードの胸の奥の一番大切な場所にしっかり根付いている。
「うん、絶対帰るよ! ブレイラのとこ帰る!」
「ならば良いでしょう。それに今回はイスラも一緒にいてくれたようですからね」
「そう、兄上とずっと一緒にいた! なにも危ないことしてないから大丈夫! 兄上とちゃんと帰ってくるよ!」
ゼロスが嬉しそうに言った。
ブレイラもクスクス笑ってゼロスの短い髪を優しく撫でた。
「待っていますからね」
「うん! あっ、そうだ! ブレイラにおみやげがあるんだ!」
そう言ってゼロスはポケットから赤い木の実を取りだした。
それは一口サイズの甘く熟れた木の実だ。
「ゼロス、これはもしかして……」
ブレイラは受け取った木の実に目を丸めた。
その様子にゼロスが大きく頷く。
「うん、そうだよ。貧民区の人たちが育てた木の実だよ。これを加工してジュースにしたり、お菓子の材料にするんだって言ってた」
「そうでしたか。もうそんなに収穫できるようになったんですね」
ブレイラは目を細めて微笑んだ。
それというのもブレイラは王妃の政務の一環として貧民区の慈善事業にも着手していた。
貧民区では物資や食料の支援だけでなく、そこに暮らす人々が自分たちの力で稼いで暮らしていけるように働きかけている。この木の実の栽培と収穫もその一つで、木の実を加工して売り出すのだ。貧民区のなかで産業を興したのである。
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