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第一章・魔王と王妃12

「王妃様にありがとうって伝えてほしいって」 「私はなにもしていません。この実りは皆さんの努力です」  ブレイラは首を横に振った。  ブレイラがしたことは種という希望を貧民区に託しただけ。それを芽生えさせ、収穫できるまでに実らせたのは一人ひとりの努力に他ならない。  ブレイラはイスラとゼロスを見た。 「貧民区にも行ってきてくれたんですね。どうでしたか?」 「賑やかだったよ。みんなでお菓子とか持ち寄ってて楽しそうだった」  ゼロスが思い出しながら答えた。  イスラとゼロスは貧民区にも立ち寄っていた。貧民区でも魔王と王妃の成婚五周年がお祝いされていたのだ。  ブレイラは歴代王妃の中でも市井に心を寄せる王妃だが、それでも王妃なので頻繁に通うことはできないのである。  イスラも安心させるようにブレイラに言う。 「ブレイラの心配は無用だ。最近では貧民区への支援や寄付も増えてきた。今まで見向きもしなかった魔族も気にかけるようになってきたみたいだ」 「はい、気に掛ける人々が増えるのは良いことです」  貧民や孤児という社会的弱者に王妃ブレイラが心を寄せることで、王妃に好意的な民衆もそこに目を向ける。豪商や貴族の中には寄付金を増額する者もいる。もちろん中には王妃に少しでも好印象を与えたいという不届き者もいたが、ブレイラはそれでも構わなかった。どんな形であれ、そこが忘れられた場所にならないということが大切だから。ブレイラ自身が貧民層の孤児だったのでそれを切ないほどに知っていた。  ブレイラが王妃になった当初、貧民出身の人間ということで魔族から侮られることが多かった。しかし貧民出身だからこそ今までになかった形で支援が行き届き、今では多くの支持を集めるようになったのだ。  それはイスラとゼロスを誇らしい気持ちにさせた。大きな声で自慢したくなるような、そんな純粋な誇らしさ。  特にイスラはブレイラがハウストと結婚して王妃になる前のことも、王妃になったばかりの苦労していた時のこともよく覚えている。  イスラは幼かった時に手を繋いで見上げたブレイラの横顔を忘れたことはない。こっそり見上げた横顔が切なく歪んでいたことを、屈辱に耐えていたことを、そのすべてをイスラは知っている。まだ幼かったイスラをブレイラは必死に守ってくれていたのだ。  ブレイラはイスラを自慢の息子だというけれど、イスラにとってもブレイラは自慢だ。高く抱えあげて「これが俺のブレイラだ!」と人間界中を自慢して回りたいくらいなのだから。 「――――みんなで、こんなじかんになにしてるんですか」  ふと拗ねた声が響いた。  ハッとして四人が振り向くと、そこには枕を抱っこしたクロード……。  クロードはムスッとした顔で立っていた。  眠っていたクロードだがイスラとゼロスが帰って来たことを察知して起きてしまったのだ。見守りの女官たちが引き止めるのも聞かず、プンプンしながら賑やかな正門へと来たのである。 「クロード、起こしてしまったんですね。ごめんなさいっ」 「ブレイラっ」  クロードはブレイラを見つけるとぴゅーっと駆け寄った。五歳児がまず一番に駆け寄る先はブレイラなのだ。 「みんなでどこいくんですか!」 「どこにも行きません。イスラとゼロスが帰って来たので出迎えただけですよ」 「にーさまたちばっかり、またどっかいって! わたしがねてるときに、ひどいじゃないですか!」  クロードが不満たっぷりに訴えた。  まだ五歳のクロードはどうしてもお留守番の担当さんになってしまうのだ。 「ごめんね、さすがに夜はクロードを誘えないよ。でもお土産あるから」  ゼロスがそう言ってクロードに小さな紙袋を渡した。  中を覗いたクロードの顔がみるみる輝きだす。 「わあっ、おいしそうですっ。これおまつりのおかしですか!?」 「そうだよ。クロードが好きそうだと思って」 「ありがとうございます! ブレイラ、ちちうえ、にーさまたちがわたしにおみやげって!」 「良かったですね。明日のおやつの時間にいただきましょう」 「はい!」  クロードが嬉しそうに返事をした。  末っ子の機嫌が直ってハウストとブレイラもほっとひと安心だ。まだ幼い末っ子はなにかと兄たちと同じことをしたがるのだから。きっとお土産が用意されてなければ今夜は拗ねてしまっていただろう。  こうして五人は夜も賑やかな時間をすごしたのだった。 ◆◆◆◆◆◆  翌日の早朝。  まだ夜が明けきらない時間です。  いつもならまだ眠っている時間ですが、私は寝起きのクロードの手を引いて城の地下への階段を下りていました。 「クロード、足元に気を付けてくださいね」 「はい」  クロードが繋いでいた私の手にぎゅっと力をこめます。  その手が緊張しているのは気のせいではありませんね。  この階段の先には城の地下神殿があります。そこは魔王が特別な力を行使するときに使われる場所であり、初代魔王デルバートが埋葬されている場所でもありました。 「あなたが城の地下神殿に行くのは赤ちゃんの時以来ですね」 「えっ。わたし、あかちゃんのときにきたんですか?」  クロードが驚いた顔になりました。  私は頷いて教えてあげます。 「あなたが赤ちゃんの時にゼロスと一緒に初代時代へ時空転移してしまった話しは知っていますね」 「はい。しらないひとがきて、わたしとゼロスにーさまだけとばされちゃったって」  クロードが不思議そうな顔をしながら答えました。  当時はとても大変だったのですが、クロードはまだ赤ちゃんだったので覚えていないのです。 「そうです。そこでハウストとイスラと私とジェノキスの四人で迎えに行きました。時空転移はとても大きな力を使うので、地下神殿でないと発動させられないのです」 「ここにかえってきたってことですか? だからにかいめ?」 「そうですよ。あなたとゼロスを連れて無事に帰ってこれたこと、今でも忘れていません」 「いっぱいしんぱいしたんですか?」 「はい、たくさん心配しました。あなたとゼロスがいなくなった時は心臓が止まってしまうかと思ったくらいです」 「ええっ、たいへんじゃないですか!」 「ふふふ、大変だったんですよ。あ、つきました。あの扉の向こうが地下神殿です」  話していると階段の先が見えてきました。  階段を下りた最下層。そこには地下神殿の古い扉がありました。

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