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第一章・魔王と王妃13
「行きましょう」
私は扉をゆっくり開けました。
地下神殿にはすでに魔王ハウストと勇者イスラと冥王ゼロスと精霊王フェルベオ、他にも宰相フェリクトールをはじめとした魔界や精霊界や人間界の高官たちの姿がありました。各世界の中枢に連なる人たちの顔ぶれです。
「みなさま、お待たせしました」
私は四界の王にむかってお辞儀しました。
いつもの朝だけれど、今日はいつもの朝ではありません。今、地下神殿はぴりぴりとした緊張感に包まれていました。
そしてフェルベオに向き直ります。ハウストとイスラとゼロスには朝の挨拶が終わっているけれど、フェルベオとは久しぶりの対面です。
今回は緊急事態だったこともあって急遽魔界へきてもらっていました。
「精霊王様、おはようございます。お久しぶりです」
「母君、お久しぶりです。今日もいつにも増して美しい」
「ありがとうございます」
フェルベオが私の手を取って恭しく唇を寄せてくれました。
それはとても優雅な仕草で、顔を上げるとにこりと微笑んでくれます。
いつもならこのまま近況を語らったりするのですが……。
「母君とゆっくり語らいたいが……」
「はい。残念ですが今日は仕方ありませんね」
いつもの会話をかわそうとするけれど、ぬぐい切れぬ緊迫感がありました。
こうしている間にも、海底の熱反応が地上へ上昇しているのです。その正体不明の熱反応がレオノーラなら一刻も早く四界の結界を強化しなければなりません。
「時間がない。急ぐぞ」
ハウストが言いました。
四界の王の四人が地下神殿の祭壇へ足を向けます。
私はクロードと手を繋ぎ、祭壇へ向かう四人の後ろをついていきます。その私の後ろにはフェリクトールや高官たちが続きました。
私は四人の王たちの後ろ姿を見つめました。
昨夜、イスラとゼロスが帰ってきてから二人には今日のことを話しました。上昇する熱反応に二人は驚愕し、結界を強化することを了承したのです。
……まるでこの地下神殿だけ日常から切り取られてしまったようですね。
私は少しだけ目を伏せてしまう。
今日は式典四日目でした。魔界の魔族たちは今日も成婚五周年のお祝いをしてくれます。とても賑やかなお祭りなのです。
でも今、城の地下では星の終焉を防ぐために四界の結界が強化されようとしていました。
四界の民は星の真実を知りません。レオノーラの存在を知りません。今から星の命運をかけた力が行使されようとしていることを知りません。
それで良いのでしょう。
結界を強化して熱反応の上昇を抑え込み、レオノーラを更なる力で強力に封印する。そうすることで平穏な日常は続くのです。
「始めるぞ」
ハウストが初代魔王デルバートの祭壇の前に立ちました。祭壇はデルバートの棺なのです。
そしてその祭壇を囲むようにしてイスラとゼロスとフェルベオが立ちました。
ゼロスはムムッと眉間にしわを寄せて自分の手のひらを見つめます。
「僕、四界の結界強化は初めてなんだけど、うまくできるかな〜」
「魔界の結界は初代魔王デルバートの力が礎になっている。ならば俺たちは当代魔王ハウストの力に合わせればいい」
イスラが腕を組んで祭壇を見据えたまま言いました。
フェルベオも最年少の王であるゼロスに言葉をかけます。
「その通りだ、気軽にいるといい。……無理はあるかもしれないが」
フェルベオは苦笑すると魔界の地下神殿を見まわします。
「本来、結界強化だけならその世界の王だけで事足りること。しかし今回はそれだけでは不十分だと考えられる。その為だけに僕たちもここに来たのだからな」
「今回は四界の王が四人いるってこと?」
ゼロスはなんとはなしに聞きましたが、その内容は決して気軽なものではありません。
ここに四人の王が揃っているということは、一人では不十分だということでした。
時空転移魔法を発動する時に他の王の力が必要だったように、レオノーラの再封印には莫大な魔力を要するということなのです。これは今まで行なってきた結界強化の比ではないほどに。
「念のためにな。だが、初めてだ」
フェルベオはそう言うとハウストを見て続けます。二人は当代四界の王のなかで在位が最長なのです。
「今まで結界の強化はそれぞれの世界の王が勝手にしていたが、こうして四界の王が同時に行なうことになるとは。なあ、魔王殿」
「ああ、そうだな。まさかこんな日を迎えることになるとは」
ハウストはそう言って苦笑しました。
フェルベオの言うとおりでした。初代時代に四界を分かつほどの結界が張られて十万年、四界の王が同時に結界強化のための力を行使するのは初めてのことだったのです。
それは現在だから叶ったともいえるでしょう。断絶状態が続いた今までの四界では試みたくとも不可能なことだったのですから。
ハウストは祭壇を囲んでいるイスラとゼロスとフェルベオに告げます。
「心しろ、この力の行使は初の試みとなる! 四界の結界強化によって熱反応の上昇を押さえ、レオノーラを深海のさらに下、海底の亀裂の底へと再封印する!!」
ハウストの魔力が爆発的に高まりました。
それに呼応するようにイスラとゼロスとフェルベオの魔力も高まります。
祭壇に結界の魔法陣が出現してまばゆい光を放ちます。
「うぅ、すごくおっきなちからですっ……」
手を繋いでいたクロードが一歩後ずさりました。
凄まじい魔力にびっくりしているようです。
私は力無しの人間なのでただただ奇跡のような力に圧倒されますが、クロードは特別な力の行使を感じているのでしょう。
「クロード、こちらへ」
私は床に膝をつき、手を繋いでいたクロードを懐に抱きしめました。
クロードも私にぎゅっとしがみついて、おそるおそるといった様子でハウストたちを見つめています。
「あれが、おうさまのちからなんですねっ……」
クロードがぽつりと言いました。
その声は緊張に強張っていて、私はなにも言えなくなる。この子もいずれ四界の王の一人になる子なのです。
こうして私はクロードとハウストたちを見ていましたが。
「ハウスト……?」
異変を感じました。
魔力を発動している四人の顔が険しいものになっているのです。
四界の王は人智を超えた力を持っているというのに、それなのに今、結界の光が弱まりだしました。
強大な魔力を発動しているはずなのに、足りぬとばかりに魔法陣の光が消えそうになる。
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