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第二章・死の褥で見る夢は2

「ブレイラ、ブレイラ」  クロードが私にしがみついたままデルバートをちらちら見ています。  とっても気になる存在のようですね。 「どうしました?」 「……あのひと、わたしのごせんぞさまなんですよね」 「そうですよ。デルバート様は初代魔王様、あなたのご先祖様です」 「…………おじいさま、ということですか?」 「おじいさま……」 『おじいさま』というのもある意味間違ってはないのかもしれませんが……。  あ、いけません。聞いていたデルバートの眉間の皺が深くなりました。おじいさまは嫌なようです。 「おじいさまというには世代が離れすぎかもしれません。ご先祖様ということで」 「わかりました、ごせんぞさまですね。わたしのごせんぞさま」  クロードは「こぜんぞさま」とぶつぶつ繰り返しています。  自分のご先祖さまに会えたことがとっても不思議な気分のようですね。 「皆様、そろそろお時間です」  士官が私たちを呼びに来ました。  今日は式典期間四日目。今日も魔界各地でいろんなセレモニーが催されるので、私とハウストとイスラとゼロスもいくつか出席しなければいけないのです。クロードはまだ幼いのでお留守番でした。  でもここにはもう一人、私はデルバートに声をかけます。 「デルバート様、よかったら私たちとご一緒しませんか? 気分転換にもなりますし」  突然の蘇りでデルバートといえど混乱と戸惑いがあるはずですから。  それに初代魔王デルバートが魔界を創世して十万年が経過したのです。今の魔界を見てほしいという気持ちもありました。  しかしデルバートは興味なさげに首を横に振ります。 「いや、それはまたの機会にしよう。今日は書庫で史書を読むつもりだ。俺が死んでからなにがあって今に至るのか知っておきたい」 「分かりました。ではまたの機会に。今日はごゆるりとお過ごしください」  私はお辞儀しました。  一緒に魔界を見て回れないのは残念ですが、それはまた別の機会としましょう。  こうして私たちは部屋を出ました。  デルバートともっと話したい気持ちはありますが政務なので仕方ありません。 「ハウスト、また予定を立てましょうね。せっかくですからデルバート様を、……ハウスト?」  ハウストを見上げて目を丸めてしまう。  ハウストが険しい顔をしていたのです。 「どう思う」  ハウストがフェルベオに聞きました。  フェルベオは顎に手を当て考え込みます。 「……僕は判断しかねるよ。ただ僕たち当代四界の王だけでは熱反応を停止させられなかったのは事実だ。完全停止には初代王たちの力が必要になるだろう」  そう言ったフェルベオにハウストは険しい顔のまま頷きました。  見るとイスラとフェリクトールも難しい顔でなにやら考え込んでいるようです。  どうやらなんらかの違和感を覚えているようでした。 「ハウスト、なにか思うところがあるのですか?」 「……俺たちに都合が良すぎると思っただけだ。あの男の言うとおり初代王の力を借りねばならんのも事実だが」  事実だけれど違和感がある、そういうことですね。  でも今は他の初代王も蘇らせ、祈り石になったレオノーラを完全停止させなければいけないのです。 「都合良く星が守られるならいいではありませんか。星の終焉だけは阻止するという、この気持ちだけは時代を超えて共通しているはずです」  かつて何百年と続いた初代時代の四界大戦を終結させたのは、星の終焉という大変な脅威でした。共通の脅威を前にしなければ争いは止まらなかったのです。皮肉といえば皮肉ですが、それもまた事実でした。 「そうだな、俺の考えすぎか……」  納得したようなしてないような……という感じでしょうか。  イスラとフェルベオとフェリクトールも同じような反応です。  でもそんな大人たちをよそにゼロスとクロードが楽しそうにおしゃべり。 「あれ? クロード、なんかニヤニヤしてる?」 「ニヤニヤしてませんっ、ステキなおかおです!」  クロードがほっぺを両手で押さえて言い返しています。  どうやらニヤニヤしていたようですね。  大人たちは頭を悩ませていますが末っ子にはなにか嬉しいことがあったようです。  そんな幼い末っ子に目を細めると、「そろそろ行かなければ間に合いませんよ」と大人たちに政務の準備をするように声をかけたのでした。 ◆◆◆◆◆◆  魔界の城にある書庫。  この書庫は専門家や学者も出入りしていることもあり、その蔵書数は王立図書館に匹敵するものである。他にも立入禁止区域には魔王が直接管理している禁書・魔導書・魔術書なども保管されていた。  そして今、書庫にある書斎にはデルバートの姿があった。  ブレイラたちが政務に赴いた後、デルバートは書庫の書斎に入ったのだ。  テーブルには分厚い歴史書が山積みにされている。今日中にすべてを読破するつもりだった。  知りたいのだ。レオノーラが守り続けている星のことを。初代王が死没してからもレオノーラが見つめ続ける四界のことを。  レオノーラにとって世界は決して優しいものではなかった。それなのにレオノーラは十万年前から今も星の杭となって世界を守り続けている。  今、レオノーラはなにを思っているだろうか。祈り石になったレオノーラは世界のあるがままを静かに見つめるだけで思考などないかもしれない。しかし蘇ったデルバートはレオノーラを思わずにはいられなかった。  なぜなら蘇った自分が見た十万年後の世界は、十万年前にデルバートがレオノーラに与えたかったものだったからだ。 「レオノーラ……」  名を呼ぶ声は情けないほど震えていた。  十万年ぶりに口にした名に愛おしさが溢れてくる。目頭が熱くなりデルバートは片手で顔を覆った。  こみ上げる万感に心臓が激しく打って呼吸がうまくできない。蘇ったばかりの心臓なのにもう壊れてしまいそうだ。  だが、まだだ。  まだ壊れるわけにはいかなかった。 「待っていろ、レオノーラっ……!」  拳で目頭を強く押さえ、震える唇を引き結んだ。まだだ。まだなにも救えていない。なにも与えていない。  デルバートはこみ上げる万感を力尽くで抑えつけ、ただ今は平静さを装った。冷静でなければ何も成しえない。  十万年後の今、蘇った心臓はレオノーラのために使うと決めているのだから。  デルバートは山積みになっている歴史書を手に取った。  レオノーラが見つめた世界と同じものを見つめたい。その一心で歴史書を夢中で読み漁ったのだった。

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