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第二章・死の褥で見る夢は3
デルバートが書斎にこもって三時間。
女官が昼食を運んできた。
「失礼します。昼食をお持ちしました。……失礼いたしました」
女官はテーブルに昼食を並べると困惑しながらも静かに退室した。
デルバートは一瞥もしないまま歴史書に没頭しており、女官は声すらもかけられなかったのだ。
こうして書斎にはペラリペラリと歴史書の紙を捲る音だけがしていたが。
じーーっ。
扉の隙間から熱烈な視線を感じた。
しかしデルバートは無視して歴史書に没頭し続ける。だが。
じーーーーーっ。
見ている。扉の隙間から小さいのがじーっと見ている。
デルバートの眉間に皺が刻まれるが熱烈な視線は逸らされない。じーっとじーーっと見つめてくるのだ。そう、クロードである。
デルバートがちらりと一瞥すると目が合ったクロードが飛び上がる。
「わっ、きづきました!」
……気づかれないと思っていたのか……。
クロードは少し興奮した顔でデルバートを見つめたままおずおず口を開く。
「クロードですっ。つぎのまおうになります!」
なぜか自己紹介された……。
もちろんクロードのことは知っていた。十万年前に時空転移してきた時はまだ赤ん坊だったはずだ。あの時は「あー」だの「うー」だのしかしゃべれない赤ん坊で、ブレイラに抱っこされていたのを覚えている。これが俺の子孫かと頭の片隅で思っただけだ。
黙って見ていると、「……おかしいですね。きこえなかったのかな……」と不思議そうに首をかしげる。そして。
「クロードです! つぎのまおうになります!」
また自己紹介された。
思い返せば十万年前に時空転移してきた時も三歳だったゼロスがやたらと自己紹介をしていた。子どもとは自己紹介せずにはいられないのか、それともブレイラが育てた子どもがそうなるのか……。
デルバートが無言で見ているとクロードが照れくさそうに聞く。
「はいってもいいですか?」
「駄目だ。俺は忙しい」
デルバートは即答した。子どもを構っている暇はないのだ。
しかし。
「あの……、わたし、しゅくだいもかんぺきにおわりましたし、きょうのおけいこもがんばりました。ブレイラたちはおでかけしたので、るすばんまでがんばってるんですけど……」
だからどうした。そう言いたい。
しかしクロードは誇らしげだ。
遠巻きにおどおどしているのに主張するところはしっかり主張する。
遠慮しているように見えるのに太々しい。こういうところがブレイラに似ている気がした。
「きいてましたか? わたし、がんばってるとおもうんですけど」
「…………」
「だからいいですよね!」
うん! と大きく頷いて勝手に書斎に入ってきた。
なんだこの子どもは……。デルバートの機嫌が下降するが、気付いていないクロードは隣の椅子にちょこんと座った。
隣から照れくさそうにおずおず見上げてくるクロード。
「あの……、あの……」
クロードがもじもじしながら話しかけた。
もちろんデルバートは相手にしないが、クロードはテレテレしながら続ける。
「デルバートさまって、わたしのごせんぞさまなんですよね」
「…………」
「わたし、たくさんおべんきょうしてるのでわかるんです。ごせんぞさまって、ちちうえのまえのまえのまえのまえの……いっぱいまえのまおうなんですよね」
「…………」
「ごせんぞさまのこと、れきしのこうぎでおべんきょうしたんです」
そう言ってクロードはノートを取り出した。
歴史の講義で使った自分のノートだ。五歳児のつたない文字で魔界の成り立ちや初代魔王デルバートについて書いてある。クロードがたくさん勉強した証だ。
「あの、ごせんぞさまにききたいことがあるんですけど」
デルバートはもちろん無視するつもりだ。
子どもの史学に付き合っている暇はない。
しかしクロードは構わずにノートを読みだす。
「これしたってほんとうですか? よんかいたいせんでせいれいぞくとたたかったとき、いちにちまちがえてたって。そしてだいはいぼくしたって」
「なんだと?」
聞き捨てならなかった。そんな覚えはない。
デルバートはクロードのノートを覗きこむ。
そこに書いてあったのは、四界大戦のなかで初代魔王デルバート率いる魔王軍と精霊王リースベット率いる精霊王軍が大河を挟んで大戦になった時のことだった。それは一カ月も続く大規模な大戦だったが、最終局面の戦いにデルバートが一日間違えて早く来てしまったとあったのだ。しかも日にちを間違えた挙げ句、そのせいで大河の大戦では大敗北をしたとかなんとか……。
「なんだこれは……。俺が大敗北だと? ふざけるな、これは捏造だっ。見ろ、この記述は俺が死んでから三百六十年後に書かれている!」
「やっぱり! わたしもちがうっておもったんです!! わたしのごせんぞさまがまけるわけないっておもってました!!」
クロードの顔がパァっと輝いた。
クロードのご先祖様が大敗北なんてするはずないのだ! やっぱり捏造だった!
嬉しくなったクロードはさっそくノートを書き直す。
「それじゃあ、いちにちまちがえたのもうそなんですよね! わたしのごせんぞさまが、だいじなたたかいのひにちをまちがえるはずないです!!」
「…………」
「……え、ごせんぞさま……?」
クロードがおそるおそるデルバートを見上げた。
「……ひにちは、まちがえたんですか?」
「…………」
デルバートが目を据わらせる。
思い起こせば十万年前の四界大戦の時、大河を挟んだ精霊王との戦いのときに一日早く来てしまって無意味な一日をすごしたことは……ある! それは認めよう。認めるが、かといって敗北はしていない。精霊王の卑劣な作戦で窮地に陥ったが見事に反撃したのだ。あの戦いでは魔王軍が勝利したのである。それは間違いないのだ。
「日にちは間違えたかもしれないが大戦には勝った」
「わあああっ、やっぱり〜! わたしのごせんぞさまがまけるわけないっておもったんです!!」
クロードは感動した。
大戦の日にちを間違えたことなどどうでもいい。大事なことかもしれないがどうでもいい。勝てばいいのだ。勝利こそすべて。四界大戦とはそういうものだ。やっぱりご先祖様はすごいのだ。
「ひにちをまちがえたけど、たたかいはかちました。と、よしっ」
クロードは厳重に書き直した。
訂正に満足そうに頷くと、またノートを捲ってデルバートに見てもらう。
今までお勉強を頑張ってきたのでご先祖様に確かめたいことがたくさんある。
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