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第二章・死の褥で見る夢は5

「あの、デルバート様……?」  私は窺おうとしたけれど、その前にクロードが嬉しそうに持っていたノートを見せてくれます。 「ブレイラ、みてください! わたしのおべんきょうノート! ここもっ、ここもここもこっちも! これぜんぶごせんぞさまがおしえてくれたんです!!」 「えっ、デルバート様が!?」  私は思わずデルバートを見つめてしまう。  目が合うとデルバートが盛大に顔をしかめました。  ああデルバート様……。どうやらクロードは留守番中にデルバートのところへ行っていたのですね。きっと書斎にこもっていたデルバートの周りをうろちょろと……。 「……デルバート様、申し訳ありません。クロードがご迷惑を」 「ちがいますっ、ごめいわくはありませんでした! ごせんぞさまは、わたしにいっぱいおしえてくれたんです!! そうですよね!? ね!?」  クロードが一生懸命聞きました。  デルバートは苛だったように目を据わらせますが、あれは困惑している顔ですね。初代魔王は相変わらず幼児に慣れてないよう。どう扱っていいか分からないのです。 「……勝手にしろ」 「ほら、かってにしろっていいました! これっていいよってことですよね!」  幼児の純粋無垢な解釈。  クロードは満足そうですが、……きっとご迷惑かけてましたよ。 「デルバート様……」 「……もういい。だが二度目はないぞ」  低い声で念を押されてしまいました。  こうして一度目は許されたわけですが、きっと二度目がある気がするのです。  だって。 「ごせんぞさま、あしたはこっちです。こっちをおしえてください。わたしもごせんぞさまに、まかいをあんないしてあげます。だからあしたはこっちです」 「っ……」  だって、うろちょろされています。  デルバートの足元を五歳児がうろちょろと。しかもクロードの瞳はキラキラして、ご先祖様への憧れと尊敬を隠しきれていません。  きっとクロードにとって初代魔王デルバートは物語から飛び出してきた魔界の英雄のような存在なのかもしれませんね。普段のクロード本人は澄ました顔でクールぶってますが、感動系の物語が大好きな感激屋さんなのです。  私ははしゃいでいるクロードを宥めてデルバートに提案します。 「デルバート様、明日は式典の最終日です。最終日はパレードを予定しているんですが、よかったら参加しませんか? パレードでは民衆と距離が近くなります。デルバート様も近い距離で現在の魔族を見てください」  今を生きる魔族はデルバートの子孫です。  デルバートが魔界の礎を築いてくれたから今の魔界があり、今の魔族があるのです。だからぜひ近くで見てほしいのです。 「…………。いや、やめておこう」 「え、でも……」 「俺の存在が知られてはまずいだろ。どれだけ隠そうと、力のある魔族なら勘づく者もいるはずだ」 「そうかもしれませんが、少しくらい……」  言っていることは分かりますが、少しくらいとも思ってしまう。  しかしデルバートの気持ちは変わらず、頑なに断られてしまったのでした……。  翌日の朝。  私は朝から女官たちとともに控室に入っていました。  今日はいよいよ式典最終日です。  式典期間中は魔界各地でセレモニーや催事など行われ、そして最終日を飾るのは私たち魔王一家のパレードでした。私たちは王都の大通りを華やかな隊列で進むのです。  大通りにはたくさんの魔族が私たちをひと目見ようと集まってくれます。このパレードでは民衆との距離が近くなるので私は楽しみにしていたのですよ。 「クロード、準備できましたか?」 「うーん……、もうちょっとです」  私の控室にはクロードもいます。  クロードは鏡台の前にちょこんと座り、鏡に向かって前髪の微調整をしていました。  この子の前髪の分け目は横にあるので斜め分けにしてしまうと楽なのですが、本人がおでこをだすのは子どもみたいだからと言い張ってセンター分けにこだわっているのです。本人にとっては大事なこだわりのようで、毎朝子ども用ワックスを使ってきっちり整えているクロードです。 「できました! ブレイラ、きょうもかんぺきにできました!」  クロードが鏡台の椅子からぴょんと飛び降りて嬉しそうに駆けてきました。  誇らしげな顔で胸を張るクロード。今日は式典最終日なので朝から子ども用の礼服を着ています。子どもには窮屈な礼服ですが、そこは次代の魔王ですね、赤ちゃんの頃から継承者として育てられているので難なく着こなしています。 「とてもステキな前髪ですね。礼服もよく似合っています」  私はクロードの前髪にちょんっと触れて、そのまま小さな肩に手を置きました。  礼服を完璧に着こなせる子なので特に乱れはないのですが、私はシャツの襟を撫でて整えなおしてあげます。  するとクロードはくすぐったそうにはにかみました。  こうしているとイスラとゼロスがノックとともに部屋に入ってきます。 「ブレイラ、入ってもいい?」  ゼロスがぴょこんと顔を覗かせました。  可愛いですね。十五歳になって立派な冥王になりましたが、まだ子どもっぽい仕草も似あう子です。  そんなゼロスとイスラの後ろにはハウストもいます。  礼服姿の三人はとっても素敵でした。 「もちろんです。どうぞこちらへ」  呼ぶと側に来てくれます。  父上と二人の兄さまにクロードも嬉しそう。 「ちちうえとにーさまたち、ちゃんとじゅんびできてますか!?」 「できてるよ。クロードも完璧だね」  そう言ってゼロスがクロードのおでこをツンツンします。  クロードは「まえがみがめちゃくちゃになるじゃないですか〜!」とプンプンしますがとても楽しそう。  そんな二人に目を細めて、次にハウストとイスラを見ました。

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