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第二章・死の褥で見る夢は6

「ハウスト、イスラ、今日はいよいよ最終日ですね。よい一日になりそうです」  今日は朝からとても良い天気で、寝所で目覚めた時もカーテンの隙間から差し込む朝陽が眩しいくらいでした。  早朝の青空を思い出して頬をゆるめると、イスラが私に優しく笑いかけてくれます。 「ああ、最終日に相応しいな。今日のパレードではブレイラも騎乗するんだろ? 気をつけろよ」 「気をつけろとはなんです。私、乗馬の訓練では講師にもセンスがあると褒められたことあるんですから」 「そうだったか?」 「そうですよ。ハウストと競争できるくらいには乗れます。……まあ、手加減されてしまいますけど」 「アハハハッ。そうか、なら期待してる」  イスラがおかしそうに笑いました。  ……面白くありませんね。  身長もとっくに抜かされて見上げているのも面白くありません。 「まったく、勇者だからって生意気な」  私はイスラに手を伸ばしました。  最初から整っているけれどシャツの襟を撫でて整えなおしてあげます。  ああやっぱり素敵ですね。大きくなっても私のイスラです。 「素敵ですね」 「どんな時も身なりは整えろって言ったのはブレイラだろ? ただでさえステキな俺がもっとステキになるから」 「ふふふ、そうですよ」  私はイスラに笑いかけると最後にハウストを見ました。 「あなたも素敵です」 「惚れ直したか?」 「毎日惚れ直していますよ」  私はそう言うとハウストの頬に口付けました。  でも少し心配してしまう。昨夜、彼は寝所に戻ってくる時間が遅かったのです。  政務が多忙だということもありますが、今はレオノーラの一件があるのでいつにも増して忙しいようでした。  そしてもう一つ、デルバートのこともあります。 「ハウスト、デルバート様は?」 「朝から書斎にこもっている。今日中に禁書を見ておきたいそうだ」 「そうですか。やはり今日は出てきてくださらないんですね……」  残念です。  そして私以外にも残念に思う子が一人。 「ええ〜っ、ごせんぞさまこないんですか!?」  聞いていたクロードも残念そうな声をあげました。  今日のパレードは一緒に参加できると思っていたのです。 「無理を言ってはいけませんよ。デルバート様は蘇ってからも初代魔王の責務を果たさんとしているのです。クロードも次代の魔王として自分のできることをするのですよ」 「そうですけど……」  クロードが拗ねたようにしょんぼりしました。  そんな末っ子に小さく笑いかけます。 「お仕事がもう少し落ち着いたらデルバート様にお願いしてみましょうか。私も初代魔王様のお話しを聞きたいです」 「はいっ! わたしもおねがいしてみます!」  クロードの顔がパァッと輝きました。  こうして末っ子を宥めると、私たち家族は式典最終日を飾るパレードへ赴くのでした。 ◆◆◆◆◆◆  書庫の書斎。  デルバートは読んでいた禁書から顔をあげた。  書斎の窓から聞こえてくる賑やかな歓声と喧噪。  いつもは庭園に降り立った小鳥のさえずりしか聞こえない静かな書斎だというのに、今日は朝から王都の喧噪が届いていた。王都では式典最終日のパレードが行なわれているのである。  デルバートは禁書を置くと椅子から立ち上がる。  書斎を出ると書庫の司書官たちが恭しくお辞儀する。デルバートのことは魔王の客人ということになっていた。  デルバートはそれに一瞥するだけで長い廊下をまっすぐ歩く。  魔王の居城はデルバートが主人だった初代時代から敷地も建造物も巨大で広大なものになって、内装も外装も魔王の権威を示すかのように荘厳なものだ。  だが十万年前から変わらないものもあった。一つ目は魔王の玉座。二つ目は初代魔王の棺を安置していた地下神殿。三つ目は……。  カチャリ……。  デルバートはバルコニーに出られる扉を開けた。  この場所は変わらない。城の高殿にあるバルコニーは十万年の間に何度も修繕されて外装は変化しているが、それでも望める地平線の景色は何一つ変わっていない。  このバルコニーから望む地平線の向こうには海がある。そう、レオノーラの沈んだ海だ。  十万年前デルバートが迎えた最期の日、曇天の空からは優しい小雨が降っていた。今生の際、デルバートはレオノーラのいる海に少しでも近づこうとバルコニーから手を伸ばしたのだ。  触れることは叶わないと分かっていても伸ばさずにはいられなかった。それは今も変わらない。死ぬまで、否、死を迎えてもなお求め続けているのだから。 「レオノーラ……」  デルバートは十万年前と同じ場所に立った。

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