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第二章・死の褥で見る夢は9

 理性をなくした群衆ほど恐ろしいものはありません。  私は馬上から周囲一帯の混乱を見回してコレットに命じます。 「コレット、私の護衛を最小限にして民衆の避難誘導にあたってください。このままでは民衆はパニックに陥ったまま逃げ遅れてしまいます」 「しかしっ……」 「私がここを一番に逃げ出すことはできません。そうすれば民衆はますますパニックに陥り、それによって事故や暴動だって起きてしまうこともあるでしょう。今は民衆を早く安全に逃がすときです」 「っ……」 「コレット、お願いします」 「……承知いたしました。仰せの通りに。しかしブレイラ様は私から決して離れてしまいませんように」 「もちろんです。ありがとうございます」  私が礼を言うとコレットが「もう慣れました」と小さく苦笑して護衛兵や女官に指示をします。 「ブレイラ……」  ふとクロードの不安そうな声。ぎゅっと手を握られます。  胸の前にいたクロードがおずおずと私を振り返る。 「ブレイラ、あのおっきいのって……」 「そうでしたね、あなたはまだ赤ちゃんでしたから初めてですね。大丈夫です。今は私と一緒にいてください」 「はいっ……」  クロードは両手でぎゅっと手綱を握りました。  あの四大元素の巨人は初代時代で幾度か遭遇していますが、その時のクロードは赤ちゃんだったのです。クロードにとっては未知の巨大な怪物でしょう。  いいえ、それはクロードだけではありませんね。  この時代のすべての人々にとって初めて見た異質の怪物でした。世に知られる異形の怪物とは明らかに異質な力を感じるそれ。しかも強大な力を持った巨人は神々しくも見えるもので、中には逃げることも忘れて魅入っている者もいるくらい。  でも今はここから早く退避しなければなりません。  私は手綱を握ると馬上から混乱する群衆を見回します。そして。 「――――静まりなさい!!」  高い位置から声を張り上げました。  同時に私の護衛兵と女官がいっせいに移動し、配置を変えて整列します。私を守るための陣形から群衆を逃がすためのそれへ。  その整然とした動きに群衆も気づきだし、混乱の渦中のなかでも私の存在に気づいてくれる。 「王妃様だ……」「どうしてまだ王妃様がここに」「王妃様も早くお逃げくださいっ……」群衆が動揺しました。  そんな群衆を見渡して、ゆっくりと語りかけます。声が遠くまで届くようにゆっくりと。 「みな落ち着いてください。どうか冷静に。大丈夫です。今、あなた方の王が戦っています。必ずあなた方を保護してくれるでしょう。だからどうか気持ちを落ち着けてください」 「魔王様が……」 「ああ魔王様っ……」 「今は勇者様や冥王様も一緒だ……!」 「おおっ、魔王様!」  少しだけ落ち着いた群衆がハウストやイスラやゼロスが戦ってくれていることに気づきます。  そうです。あなた方の王はあなた方を決して見捨てたりしないのです。 「さあ、ご自分の右手と左手を見てください。そこに誰がいますか? その方は一人で歩くことができる方ですか? その方は怯えて泣いていませんか? 歩けない者がいたらどうか手を貸してあげてください。大丈夫です。誰一人ここに残したりしません」  最後までゆっくりと語りかけました。  すると混乱していた群衆に落ち着きが広がりだします。  そして警備団と私の護衛団や女官たちの誘導で避難が始まりました。護衛団と女官を誘導にまわしたことで先ほどよりも早く避難が進みます。  もう大丈夫ですね。 「ブレイラ様、お見事でした」 「コレットたちがいてくれるお陰です。無理を言いましたね」 「もう驚きません。むしろブレイラ様らしいと。さあ、ブレイラ様もこちらへ。避難を急ぎましょう」 「そうですね、よろしくお願いします」 「お任せください」  コレットが私の馬の手綱を引いて足早に進みます。  護衛は少人数の兵士と女官だけになりましたが私を囲んで安全な場所へ急ぎました。 「ブレイラ、ちちうえとにーさまはだいじょうぶですか?」  クロードが巨人と戦っているハウストたちを振り返りながら言いました。  クロードの顔が心配そうながらも、悔しそうに見えるのは気のせいではありませんね。きっと自分だけ避難することに抵抗があるのでしょう。 「大丈夫ですよ。ここはハウストとイスラとゼロスに任せましょう。今、私たちがすることは避難することです」 「わかりました……。でもそれなら、わたしがブレイラをまもってあげます! ちゃんとまもれます!」 「ありがとうございます。お願いしますね」  私はそう笑いかけるとコレットを見ました。  先ほどからコレットは兵士や女官に指示をしながら馬を引いています。  順調に避難が進んでいるとはいえ王都は混乱状態にあります。ここで転移魔法陣の発動は難しいため、安全に発動できる場所を探してくれているのです。 「ブレイラ様、あそこの角を曲がったつきあたりで転移魔法陣を発動いたします。もうしばらくご辛抱ください」  私たちは急ぎましたが、その時。 「オオオオオオオオオオオオオオ!!!!」  炎の巨人が雄叫びをあげました。  びりびりした痺れを感じるほどの雄叫びに私は咄嗟にクロードを抱きしめます。  でも周囲一帯に広がった光景に息を飲む。 「こ、これは……」  王都の大通りに数えきれないほどの魔法陣が出現したのです。   その魔法陣は見覚えがあるものでした。 「これは……異形の怪物っ……!」  異形の怪物の召喚魔法陣。  足元の魔法陣に闇色の沼が出現し、そこから怪物が這い出してきます。  異変を察したコレットがすぐに戦闘態勢になりました。

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