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第二章・死の褥で見る夢は11
「これはいったい、どういうことです……」
茫然としました。
あの巨人はたしかに私を掴もうとしました。でも忽然と消えてしまって、なにがなんだか分かりません。
「ブレイラ、無事か!」
ハウストが駆けつけてくれました。
その姿に私もほっと息をつきます。
「私は大丈夫です。それより召喚された怪物は……」
私は周囲を見回しました。
巨人の脅威はひとまず去ったけれど異形の怪物はまだ残っているのです。
「それなら大丈夫だ。イスラとゼロスも討伐に向かった」
「そうですか」
安心しました。
怪物はデルバートと兵士が討伐していましたが、そこにイスラとゼロスも参戦してくれるならあっという間に一掃されるでしょう。
「ちちうえ! あのきょじんはなんですか!? ちちうえたちはしってるんですか!?」
私と手を繋いでいたクロードがハウストの足にしがみついて聞きました。
初めて目にした巨人に興奮と困惑でいっぱいなのです。
「おい、少し落ち着け」
「でもでも、わたしあんなのはじめてです! あのきょじん、もえてました! からだがぜんぶほのおだったんです!」
「分かったから。ほら」
ハウストが足元で大騒ぎのクロードを片腕で抱きあげます。足元で騒がれて邪魔だったようです。
でも抱っこされてもクロードの好奇心は止まりません。
「ちちうえ、きょじんはどうしてもえてたんですか!?」
「炎だからだ」
「どうしてほのおなんですか!?」
「炎は炎だ。分かったからちょっと静かにしてろ」
「ちゃんとおしえてほしいのに〜〜っ」
クロードが不満そうに唇を尖らせました。
そんなクロードに私は小さく笑ってしまう。
「クロードは分からないことを素直に質問できてえらいですね。あとで私と書庫に行きましょう。炎の巨人が初めて出現したのは初代時代ですから一緒に歴史書を読んでみましょう」
「はいっ、いっしょによみたいです!」
クロードが嬉しそうに頷きました。納得してくれたようです。
高い位置にいるクロードをなでなでしてあげると、ハウストを振り返りました。
「ハウスト、ありがとうございました」
「ああ、逃げられてしまったがな」
ハウストが苦々しい声で言いました。
民衆を避難させることを優先していたとはいえ、四界の王が三人揃っていたのに討伐には至りませんでした。やはりあの巨人は他の怪物とは違うのでしょう。
「ブレイラ、大丈夫だったー!?」
ゼロスが駆けてきました。後ろにはイスラもいます。
どうやら二人は王都に召喚された異形の怪物を討伐したようです。
混乱していた王都は落ち着きを取り戻し、兵士たちが掃討戦へと移行していました。異形の怪物は一体でも王都に残すことは許されないのです。
「私は大丈夫です。二人も無事のようですね」
イスラもゼロスも怪我をしている様子はありません。
ほっと安堵しました。巨人は四界の王ですら手こずる相手なのです。
「ブレイラ、さっきの巨人の動きだが」
イスラが困惑しながらも私に言いました。
あの巨人が消える寸前に私を掴もうとしたところを見ていたのです。
「はい、掴まるかと思いましたが寸前で消えてくれました」
「エネルギー切れとか? あいつおっきいし」
ゼロスも不思議そうに言いました。
理屈としては考えられますが、巨人はまだまだ謎が多い存在でした。
異形の怪物は、初代時代に祈り石の製造過程で生まれた副産物だと分かっています。それは世界が不安定になった時に突発的に出現することもあれば、誰かに召喚されて利用されることもあるものでした。
でも炎・風・大地・水の四大元素の巨人はいまだに分からないことが多いのです。その力は四界の王にも匹敵するほど強大で、明らかに異質の存在感がありました。怪物などとは比較にならない神々しさを覚えるほどに。
私はハウストを振り向きました。
ハウストは険しい顔で王都を見ています。
炎の巨人と異形の怪物の出現で王都に建ち並ぶ建物や道路が破壊され、つい先ほどまで広がっていた美しい景観はもうどこにもありません。
「ハウスト、王都が……」
「心配するな、民衆の避難は完了している。破壊された建物も建て直せばいい。だが、魔界を襲撃した罪は必ず償ってもらう」
ハウストが低い声で言い放ちました。
当代魔王は魔界と魔族を深く愛しているのです。ハウストにとって王都襲撃は許しがたいことでした。
私はそんなハウストの横顔を見つめました。魔界を愛しているハウストの横顔です。
それは私の愛しているハウストの横顔。
その横顔に私も顔を上げました。
不思議ですね。今はそんな場合ではないというのに、その横顔を見つめていると私も強くあろうと思えるのですから。
こうして式典最終日は思わぬ形で幕を閉じることになったのでした。
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