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第三章・初代王の夢と目覚め4

 私たちは人間界にある小さな港町に転移してきました。  人間界へ行くと決めてからフェリクトールに政務の調整をしてもらい、家族そろって人間界へ行けることになったのです。  家族で行きたいとお話しした時のフェリクトールの顔を思い出すと今でも縮こまりますが、現在の四界は非常に危うい状態にあるので特別に許可してもらえました。  そして私たちは小さな国の小さな港町にやって来たのです。漁港には船舶や漁船が行き交うのどかな町でした。 「うみのにおいがします!」  クロードが小さな鼻をくんくんさせます。  潮と漁港の香りはクロードにとって珍しいものですからね。 「この港町には海から釣り上げた魚がたくさん集まるんですよ」 「おさかなはとおくでとってきたんですか?」 「そうです。ここは船のおうちのような場所ということです」 「なるほど!」  クロードが納得したように頷きました。  そしてリュックからノートを取り出すとメモしています。この子はどんな時もお勉強を忘れないのです。  ゼロスがクロードのノートを覗きこんで「あ、船の絵も描いてる。じょうずじょうず」と褒めてくれています。 「クロード、こっちに行ってみる? 漁船が港に帰ってきたみたい!」 「いきます! いってみます! ブレイラ、いってきてもいいですか?」 「いいですけど、私たちが見えるところにいてくださいね。すぐ戻ってくるんですよ?」 「はい!」  クロードははしゃいだ声で返事をするとゼロスと一緒に駆けていきました。  私は二人を見守りつつもハウストとイスラを振り返ります。 「この港町のどこかに初代勇者が眠っているのですね」 「ああ、禁書にはそう載っていた。レオノーラが沈んだ場所にもっとも近い岬だ。だが、簡単に見つけられるとは思わない方がいいだろう」  ハウストが険しい顔で言いました。  イスラも同意して頷きます。  初代魔王や初代精霊王は埋葬されて城の玉座の下に安置されていましたが、初代勇者イスラの墓標は違っていました。  そう、初代勇者イスラが最期を迎えた場所は人間界でもっともレオノーラに近い場所。海にせり出した岬でした。そこで息を引き取るまで海を見つめ、死んでからも遺体はしばらく野ざらしの状態だったといいます。  私たちは禁書や古文書の文献から当時の地形を割り出し、この港町にある岬がもっとも可能性が高いと見当をつけてやってきたのです。 「見つかるといいんですが……」  私は海を見つめました。  この先にレオノーラが沈んでいるのです。初代勇者は最期の時までレオノーラの一番近くにいました。  でもその事実も十万年という長い年月のなかで風化している恐れがあるのです。  ふとハウストの手が私に伸ばされます。 「ブレイラ、ヴェールがずれてるぞ」  そう言ってハウストが私の被っているヴェールを直してくれました。  私たち家族は非公式で人間界を訪れているため、正体を隠すために私は頭からヴェールを被っていました。ハウストたちも魔力を隠して一般人に紛れられるようにしています。  ヴェールに触れていたハウストの手がさり気なく私の頬を撫でました。  そのさり気ないぬくもりに私の肩から力が抜けていく。どうやら無意識に緊張していたようですね。 「ありがとうございます」 「大丈夫だ。五人で探せばすぐに見つかる」 「そうですね。みんなで力を合わせて頑張りましょう」 「ゼロスみたいなこと言うなよ……」 「ふふふ、私もあれ好きなんです」  私はそう言ってクスクス笑いました。  そんな私をハウストとイスラが優しく見つめてくれます。  三人で海を見つめて穏やかな気持ちになりましたが。 「たいへんですたいへんです! ちちうえ、ブレイラ、イスラにーさま、たいへんですー!」  ふとクロードが慌てた様子で駆けてきました。  側まで来ると私の腕を掴んで引っ張っていこうとします。 「こっちです! こっちにきてください!」 「いったいどうしたんですか?」  ぐいぐい引っ張られてついていきます。  そんな私にハウストとイスラもついて来てくれます。二人も不思議そうに顔を見合わせていました。 「ゼロスにーさま、ちちうえたちつれてきましたー!」  クロードがゼロスのところに私たちを連れていきます。  ゼロスも焦った顔で私たちに「早く早く」と手を振っていて、なにやらとても大変なものを発見してしまったよう。 「ゼロス、どうしたんですか?」 「これこれ! 僕すごいの見つけちゃった!」  そう言ってゼロスが指さした先、そこには派手な立て看板があって……。 『ようこそ、初代勇者最期の地へ! 〜天然温泉につかりながら初代時代に思いを馳せよう〜』 「「「え?」」」  …………。  ………………。  ど、どうしましょう。  予想の斜め上です。私たちは初代の墓標に神秘的ななにかを想像していたわけですが。 「こ、これは……観光地、ですか?」  観光地です。これ完全に観光地の看板です。  あまりの衝撃にイスラなんて完全に固まってるじゃないですか。

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