32 / 115
第三章・初代王の夢と目覚め6
「こんにちは。地元の方ですか?」
私も挨拶を返しました。クロードも私の足にくっついて「こんにちは!」と上手にご挨拶。ちゃんとご挨拶できてえらいですね。
そんな幼い子どもの挨拶に老女がにこにこしてくれます。
「ええ、生まれも育ちも嫁ぎ先もこの港町よ。可愛らしいお子さんね。家族で旅行かしら、いいわねぇ」
「はい、ちちうえとブレイラとにーさまたちときました」
私が答える前にクロードが誇らしげに返しました。
「あらあらまだ小さいのにおしゃべりも上手なのね」
「そうです。じょうずなんです」
照れくさそうなクロードに私も小さく笑ってしまう。
いい子いい子と頭を撫でて老女に向き直りました。
「今日は家族で旅行に来たんです。ここが初代勇者の最期の地だと看板にあったので、せっかくですから立ち寄ってみました」
私たちが魔界からきた魔王一家だということは秘密にしなければいけません。
普通の家族旅行を装ってお話しします。せっかくなので情報取集です。
「ここが初代勇者の最期の地なんですよね。初めて来たので分からなくて」
「そうよ。この港町に古くからある言い伝えよ。といっても口伝だから本当か嘘か分からないけど」
「そんなに古くから伝わっているんですか?」
「この近くにある古代遺跡の石像に刻まれていたらしいわ。せっかくだから観光地にしようってことになったんだけど、見ての通りの観光地になってしまって」
「そういうことでしたか」
十万年前の記録を正確に残すことは難しいですが、遺跡の石像に記録が刻まれていたなら無視できません。やはりここに来たのは正解だったようです。
それはハウストやイスラも同じ考えのようですね。
そんな私たちの反応に老女がそれならとばかりに提案してくれます。
「この港町に興味を持ってくれたのかしら。遺跡へ行くなら今日は港の宿に泊まっていくといいわ。私の娘が宿を開いているのよ。よかったらどうぞ」
渡りに船とはこのことでしょうか。
とっても有難い提案にすぐに乗ってしまいたいけれど、今は普通の家族旅行を装っているのでまずは遠慮します。
「それは有り難いですが、突然訪ねてもご迷惑ではありませんか?」
「とんでもない。見ての通りの観光地だから暇してるのよ。宿泊してくれたら嬉しいわ」
老女は明るい笑顔で言ってくれました。
にこにこした穏やかな雰囲気に私たちも安心します。
今夜の宿泊先は決まりましたね。本当なら初代イスラの最期の地を見つけだして蘇らせることが目的でしたが、せっかくなので記録が刻まれていたという遺跡に行くのもいいでしょう。なにか新しいことが分かるかもしれません。
こうして私たちはひょんなことから港町にある宿に宿泊することになるのでした。
「わあ〜っ、海が見える部屋です」
「ほんとですね。水平線までよく見えます。あそこに大きな船がありますよ」
「どこですか? あ、みつけました!」
「どこどこ? 僕にも教えて?」
「ほら、あっちです! ゼロスにーさま、あっちちゃんとみてください!」
クロードが一生懸命ゼロスに船の場所を教えています。
そんな姿に目を細め、私はハウストとイスラを振り返りました。
案内されたのは畳が敷かれた広い客室。二人は座布団に胡坐をかいてしみじみと緑茶を啜っています。
緑茶って苦味があるのにまろやかな味わいなんですよね。東の大公爵夫人エノに緑茶を贈られたことがあるので知っているのですよ。
「素敵な宿で良かったですね」
そう言いながら私はハウストの隣の座布団に正座しました。
この平らなクッションは直接座ってもいいクッションなんですよね。これはエノの屋敷にあったので知っています。長時間座っていてもお尻が痛くならないのですよ。
「ほら、お前も飲め。落ち着くぞ」
「ありがとうございます」
ハウストが急須から緑茶を淹れてくれました。
丸い湯飲みを前に置かれてほっこりな気分です。
「ブレイラ、茶菓子があうぞ。疲れがとれる」
「ありがとうございます。温泉に入る前に食べておくといいんですよね」
イスラが客室に用意されていた茶菓子を一緒に出してくれました。
苦味のある緑茶と甘い茶菓子の相性は最高です。こういうのわびさびっていうんですよね。エノに教えてもらいました。
私は熱いお茶と甘い茶菓子を食べてほうっとため息をつきます。
私たちが案内されたのは港町の外れにある温泉宿でした。
創業は五百年を超える古い温泉宿らしく、立派な門構えと趣きのある建築の宿でした。こうしておいしい緑茶とお茶菓子に迎えられるととても落ち着きます。
しかも用意していただいた客室は大きな窓から大海原を臨める畳の部屋で、なんだか非日常な旅行気分が盛り上がります。いけませんね、情報収集にきたのに。
ともだちにシェアしよう!