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第三章・初代王の夢と目覚め8
「……え、ちちうえがするんですか?」
「なにか文句でもあるのか」
「もんくはありませんけど……」
文句はないと言いながらも、クロードはちらりちらりと困ったようにハウストを見上げています。
「ちちうえは、ちからがつよいし、いきなりザバーッてするし、めがいたくなるし……」
「……文句だらけだな」
どうやらハウストの洗い方に不満があるようでした。
そういえばゼロスが三歳ぐらいの時も同じようなことを言っていましたね。ハウストに洗ってもらう時に『これはおふろなの! おけいこじゃないの! もっとやさしくして!』と涙目で抗議していたのです。
もちろんハウストが息子たちの抗議を素直に聞くはずはありません。
「クロード、さっさと来い」
「…………」
「おい」
「……わかりました。そのかわりザバーッてするのはなしにしてください」
「…………分かったから、さっさとしろ」
「はい」
クロードが渋々ながらもハウストに連れていかれました。
泡立てた石鹸でさっそくガシガシ洗われて、「ちちうえ、いたいですっ」と涙目で文句を言っていました。
少し可哀想な気もしますがハウストにピカピカにされてください。
その間に私も自分の体と髪を洗って露天風呂につかります。
「あ、ブレイラ〜。綺麗な夕陽だよ〜」
夕陽が沈む海を見ていたゼロスが手を振ってくれました。
私もイスラとゼロスに並びます。
「こうして美しい夕陽が見れるなんて素敵ですね」
「そうだな。少し寂れているが悪くない場所だ。宿の客が俺たちしかいないのも、考えようによっては静かでいい」
イスラも夕陽を見ながら言いました。
的確といえば的確な評価に苦笑してしまいます。
「複雑な誉め言葉で返事に困りますよ……」
実際イスラの言う通りで、今夜泊まる温泉宿に私たち以外の客はいないようでした。
最初に言われていたとおり、観光地の港町自体に人が寄り付かなくなったようです。
「こんなに素敵な温泉があるのに人が来ないなんて商売って難しいですね」
「聞いたところによると、人が来なくなったのは一年くらい前かららしい。一年前に町の外から旅の老人が流れ着いてきて、それから町は変わったんだそうだ」
「そうなんですか。その話しは誰かに聞いたんですか?」
「さっき宿の男に聞いた。俺たちを案内した女の孫だと言っていた」
「そうだったんですね」
私たちが岬で出会ったのは老女と無口な若い男。男はずっと黙っていましたが、どうやら老女の孫だったようですね。
「あ、ブレイラ見て。あっちに星が見えるよ。一番星だ」
ふとゼロスが夕陽とは反対側の空を指差しました。
沈む夕陽の反対側の空は夕焼け色から藍色へと変わってきています。
薄い藍色の空に一番星がキラリ。宝石のように輝いていました。
「美しいですね。まるで宝石のよう」
「やろうか。お前に似合いのものだ」
ふと後ろからの声。振り返るともちろんハウスト。
目が合うとハウストがニヤリと笑います。
「お前が欲しいと望むなら」
「夜空の星でも?」
「愚門だ」
ハウストが私を見つめて言いました。
冗談のような口振りなのに、私を見つめる鳶色の瞳はまっすぐです。
私はハウストを見つめ返してクスクス笑いました。
「星は夜空で輝くから美しいのですよ」
「……本気だったんだが」
「ふふふ、気持ちだけで充分です」
ハウストは私になにかと贈り物をしようとします。
政務で遠出した時も私が気に入りそうなものを見つけると贈ってくれるのです。
私は特に欲しい物があるわけではないので気持ちだけで充分なのですが、彼はそうではないようで少し困りものですね。
内心苦笑しましたが、ハウストの隣にクロードがいました。体も髪も洗ってもらってピカピカのクロードです。
「ハウスト、クロードをありがとうございます」
「礼は言うな。当たり前だ」
「そうですね」
頷いてハウストを見つめました。
イスラが赤ちゃんだった頃のハウストは子どもに関心があるタイプではなかったのですが、家族が増えるにつれて変わっていきました。その変化が私は愛おしい。
「クロード、せっかく洗ってもらったのにそんな顔してどうしたんですか?」
クロードは下唇を噛んで恨みがましげにハウストを見上げていたのです。目が真っ赤になっているので洗髪中に目に泡が入ってしまったようですね。
「ちちうえがいたくしたんです。わたしはまだダメですっていったのに、ちちうえがいきなりザブッてするから」
クロードが拗ねた声で訴えてきました。
それを聞いていたゼロスが声を上げて笑います。
「アハハッ、分かるー! 父上ってそういうとこ雑なんだよね」
僕も痛かったもん、とゼロスが思い出しながら話します。
たしかにこの子もハウストに洗髪してもらう時、『ちちうえ、いたい〜! もっとやさしくしなきゃダメでしょ!』と大騒ぎしていましたからね。
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