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第三章・初代王の夢と目覚め9
「いい度胸だ。今まで手加減していたつもりだが、これからは本気で洗っていいということだな」
二人の息子の抗議にハウストが低い声で言い返しました。
ハウストの機嫌が下降したことを察知したゼロスとクロードが慌てて首を横に振ります。
「父上、それダメ! そんな力で洗ったらクロードがギタギタになっちゃうでしょ!」
「ええ、わたしギタギタになるんですか!?」
クロードが青ざめました。ギタギタの予感に怯えています。
そんなやり取りに私は苦笑してしまう。もっと聞いていたいきもするけれど、今はゆっくり家族で温泉を楽しみたいですからね。
「クロード、大丈夫ですよ。あなたはギタギタになりません」
「ほんとですか?」
「ほんとうです。ハウストは優しく洗ってくれますよ」
「うーん、それならいいですけど」
クロードが疑わしげな顔をしながらも納得してくれました。
私は小さく笑うとクロードを手招きします。
「クロード、そろそろ湯につかりなさい。温まりますよ?」
「はいっ」
クロードがパァッと顔を輝かせました。
ざぶんっと温泉につかったクロードにゼロスが笑いかけます。
「クロード、待ってたよ。ほら綺麗でしょ?」
「わああ〜、おっきなゆうひです! うみもゆうひのいろになってます!」
「うん、綺麗だよね。あ、漁船が港に帰ってきたみたい。汽笛もなってるよ」
「いっぱいつれてるといいですね」
ゼロスとクロードが楽しそうに話しています。
そんな弟たちの会話にイスラが時々混じっていました。
私は三兄弟の姿に目を細めてハウストを振り返ります。
「ハウスト、あなたもこちらに早く来てください」
「ああ」
ハウストがザブザブと歩いてきました。
私の隣で湯につかってくれて、にこりと笑いかけます。
「クロードをありがとうございます」
「あいつは文句があるようだがな」
「ふふふ、今だけですよ」
私はハウストと並んで少し離れた場所で湯につかっている三兄弟を見つめました。
そう、今だけなのです。
きっとクロードはあっという間に大きくなって、私たちの手など必要としなくなるでしょう。
だってイスラもゼロスも今ではなんでも自分でしてしまうのです。ゼロスなんてあんなに甘えん坊だったのに。
「ハウスト」
彼の名を小さく呼びました。
そして湯の中でハウストの指にそっと指を絡めます。
するとハウストが私を振り返ってニヤリと笑う。
「あいつらがいるのに珍しいな」
「そういう気分なんです」
「実は俺もだ」
「ふふふ、同じですね」
密やかに言葉を交わします。
子どもたちがいる場所でこういったことはあまりしないのですが、たまにはいいですよね。
こうして私たちは家族五人で温泉を楽しみました。
温泉から出ると脱衣所で浴衣に着替えます。
この後は座敷で夕食をいただくのです。夕食後は客室で就寝ですが、その前にもう一度温泉に入るのもいいですね。
「浴衣か。久しぶりだな」
イスラが用意されていた浴衣を手慣れた手付きで羽織って帯を締めました。
さすがイスラですね。人間の王である勇者だけあって浴衣も着慣れています。
浴衣という衣装は魔界では東都でしか着る習慣がないのです。私も東都へ行ったときくらいしか着たことがありません。
でも大丈夫。浴衣の着方ならエノからしっかり教わっていますからね。
私も浴衣を羽織って最後にきゅっと帯を締めます。帯を締めると引き締まる感じがしていいですね。
ハウストも問題なく着こなしていました。さすがです。
「ブレイラ〜。見て、上手にできてる?」
ゼロスが浴衣を着てくるりと回ってくれました。しかもかっこいいポーズ付き。
あなたはなにを着ても素敵です。
「ふふふ、よく似合ってますね。でもこうすればもっとステキですよ」
私は小さく笑って斜めになっていた帯を直してあげました。
ゼロスが照れくさそうに笑います。
「ブレイラ、ありがと」
「いいえ、あなたはなにを着ても似合いますね。さすがおしゃれさんです」
「まあね」
得意げなゼロスに目を細めます。
実際、普段から鍛えているゼロスとイスラとハウストは浴衣がよく似合いました。
そんな三人を私は見つめていましたが、次はクロードです。クロードは一人でちゃんと着替えられたでしょうか。
「ちゃんと着替えられ……、え、クロード?」
振り返るとクロードが下唇を噛んでプルプルしてました。
しかも腰にタオルを巻いただけの湯上りの姿で、目の前の籠を見ながらプルプルと。
「クロード、どうしたんですか?」
「…………ないんです」
「ん? なにがないんですか?」
クロードの様子に気づいたハウストとイスラとゼロスも来てくれます。
三人もクロードの様子に顔を見合わせました。
そんな私たちの視線を受けながらもクロードは籠を見たままプルプルです。その籠の中にはクロードの着替えが入っているのですが。
「ないんですっ。にーさまたちみたいな、ゆかた、ないんです〜〜!!」
クロードが嘆くように訴えてきました。
そう、用意された浴衣は大人用だけで子ども用の浴衣が用意されてなかったのです。クロードの籠の中には子ども用の普通の寝衣があるだけでした。
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