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第四章・十万年を暴いた男2
「おっきい〜! にーさまたち、おっきいいせきです! イスラにーさま、こういうとこすきなんですよね!」
「ほんとだね〜。きっと大きな港町だったんだろうね。ね、兄上? こういうとこ好きだよね!」
「……なんで俺に振るんだ」
イスラはうんざりした顔で弟二人を見ました。
はしゃぐゼロスとクロードにイスラは眉間に皺を刻みます。
でも開放的な気持ちになるゼロスとクロードの気持ちも分かりますよ。だって馬車を降りて広がった景色は息を飲むような遺跡群。
大海原が臨める広大な荒野に迷路のような遺跡の街並みが広がっていたのです。それはかつての港町の賑わいを感じられるような見事な遺跡でした。
「想像していたよりずっと大きいですね。三万年前のここはとても栄えた港町だったんでしょうね」
「ああ、いったい三万年前になにがあったか……」
ハウストも遺跡を見ながら同意します。でも疑問も深まったようでした。
三万年前にここで暮らしていた人々は各地に移り住んでいったのです。海辺なので食糧難は考えにくいですし、なにより今の港町とそれほど距離が離れているわけではありません。こんな近い場所にわざわざ移り住む理由があるとしたら、それは移らなければならない不慮の理由が発生したということなのです。
三万年前ここでなにがあったのか分かりません。分かりませんが。
「……ここは人気の観光地のようですね」
遺跡群にはたくさんの人々が観光に来ていました。
昨日の港町とは違って各地からたくさんの人が訪れています。
迷路のように入り組んだ遺跡群を観光客が行き来し、遺跡群の周りには土産物を売っている露店が建ち並んでいました。まるでお祭りのようですね。
「このどこかに一年前から港町に出入りしている老人がいるんですよね。見つかるでしょうか……」
なんだか不安になってきましたよ。
昨日の港町は寂れていたので人探しは可能そうでしたが、この遺跡は難しいかもしれません。
悩んでしまう私にハウストが「気楽にいけ」と宥めてくれます。
「人探しは急がなくてもいいだろう。ここで見つからなければ、また夜間に港町に行けばいい」
「え、あの儀式のような集まりに行くんですか?」
昨夜のことを思い出して青ざめてしまいます。
あの広間の光景はとても不気味なものだったのですから。
「……あんまり行きたい場所ではありませんね。不思議な密教的な雰囲気がしたんです」
「なるほど、不気味で怖かったということか。お前そういうの苦手だからな」
ハウストが私の本音を見抜いたかのように納得してくれます。
間違ってませんけどもう少し気を使ってほしいような……。……なんだか面白くありませんね。最近、私の扱いが雑じゃないでしょうか……。
「そこまで言ってませんけど」
「でも正解だろ」
「…………」
「ほら正解だ」
そう言ってハウストが鼻を鳴らすと、はしゃいでいるゼロスとクロードを呼びよせます。
「ゼロス、クロード、いつまではしゃいでいるつもりだ。そろそろ行くぞ!」
「わかった〜!」
「ちちうえ、まってくださいー!」
ゼロスとクロードがこちらに戻ってきます。
とりあえず私たちは観光地になっている遺跡群を歩くことにしました。
ゼロスとクロードが一番前を歩き、その少し後ろをイスラが歩きます。一番後ろにハウストと私です。
歩きだすときにハウストが私の手を握ってくれて、そのまま手を繋いでいました。二人で歩く時はこうして手を繋いでいるのです。
私はハウストと手を繋ぎながらちょっと言いたくなったことを言ってみます。
「あなたにちょっと言いたいことがあるんですけど」
「突然なんだ」
「あの、最近ちょっと思ってたんですけど。私の扱いが雑になってませんか?」
「はあ?」
ハウストが盛大に顔をしかめて私を見ました。
ほら、そういうところですよ。
想いが通じあって恋人になったばかりの頃は絶対そんな顔しませんでした。魔王ハウストはいつも凛々しくて毅然とした面差しをしていたのです。でもそんな魔王様も私の前でだけはふっと表情を崩して、『結婚するのが待ち遠しいんだ』とかなんとか嬉しいことを言ったり……。
じーっとハウストを見上げました。
「……。……なんだ」
「いえ、結婚前のことを思い出していました。あの頃のあなたはなにかと私を気遣ってくれて、どんな時も私に優しくて」
「そうか? 今とそう変わらんだろう」
「そんなことありませんよ。少なくても『はあ?』なんて言われたことありませんけど」
「それは許せよ。それに思い出して比べるならもっと別のこと思いだせ」
「別のことですか、うーん。……あ、話し合いは増えましたね」
「ああ、それは増えたかもしれないな」
私たちは手を繋ぎながら話します。
なんだかいろいろ思い出してきましたよ。
「新婚の時はどんなに激務でも休憩の時はかならず私に会いに来てくれて……。あ、これは今もあまり変わりませんね。あなた、よく私の顔を見に来てくれます」
「お前のご機嫌伺いだ。顔が見たい」
「そう言うことを言えば私がなんでも喜ぶと思って」
「本心だ。お前は?」
「もちろん嬉しいですけど」
なんだか言いくるめられたような?
私は首を傾げてしまいましたが、ハウストと繋いでいる手に引かれて遺跡群を歩きます。
前には三人の息子たちの後ろ姿。
一人ずつ抱っこして育ててきたけれど、もう私の両腕があの子たちを抱っこで育てることはありません。
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