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第四章・十万年を暴いた男6

「大丈夫です。私こう見えても器用なんです。来た道を戻るくらいできますよ」 「……きようってかんけいあるんですか?」 「あります。こういう時は器用な方が有利なのです」 「ゆうり……?」  クロードは「ん? ん?」と首を傾げていますが、いいのです。迷子に器用は有利ということで。  私はクロードと手を繋いで方向転換。また廊下を歩きだします。  記憶をたどって歩いていましたが……。 「ブ、ブレイラ、……あの、しらないところをあるいているんですけど……」 「そ、それは……」 「ブレイラ……」  クロードがプルプルしています。  大丈夫と慰めたいけれど、もうこれは誤魔化しきれません。これは完全なる迷子。 「クロード……」 「ブレイラ……」  私たちは手を繋いだまま顔を見合わせました。  ここは迷路のような古代遺跡の中。心なしか私たちの顔は青褪めています。 「と、とりあえず誰かを探しましょうっ。誰かに会えれば道を聞けますから」 「は、はいっ。そうですよね! こまったときはひとにききなさいってブレイラいってましたもんね!」 「そうですよ、その通りです。困った時は誰かに聞くことが大切です」  そうです。私はクロードにそう言い聞かせたことがありました。  それを覚えていてくれるなんて嬉しいことです。  そうしていると、ふと廊下の奥から老人が歩いてきました。 「あ、人です! クロード、人がいましたよ!」 「ほんとです! よかった、これでちちうえとにーさまたちのところにもどれます!」 「はい、ちゃんとみんなに会えますよ!」  私は安心させるように言いました。  どうやらクロードはもう父上やイスラやゼロスに会えないんじゃないかと不安だったようです。私は迷子になったとしてもハウストたちが探してくれると分かっていましたが、そうですよね、クロードはまだ五歳なんですから不安になってしまいますよね。 「さっそく声をかけてみましょう」  古びたローブを着た老人はこの遺跡の管理人や学者のようには見えませんが、私とクロードは迷子という迷路のなかで光明を見ました。困った時は誰かに聞くことが大切なのですから。 「すみません、少しよろしいでしょうか」 「どうしました? 見慣れない方々ですね」  そう言って老人は少し驚いた顔をしました。  長い白髪と白髭が特徴的な老人ですが、まとっている雰囲気はとても穏やかで優しそうです。  この老人なら道を尋ねても大丈夫でしょう。私は安心して聞いてみます。 「こんにちは。私たちは遺跡を調べるためにここに来たのですが、迷子になってしまって……。道を尋ねたいのですが、十万年前の遺跡の研究室はどちらでしょうか」 「迷子になってしまいましたか、お気の毒なことです。ここは広いですから迷ってしまっても仕方ありません。どうぞ案内いたしましょう」 「ありがとうございます。よろしくお願いいたします」 「ありがとうございます! おねがいします!」  私とクロードはぺこりと頭を下げました。  クロードも安心した顔になっています。 「クロード、これでもう安心ですね」 「はい! これでちちうえとにーさまたちのところにかえれます!」 「ふふふ、良かったですね」  そんな私たちの会話を老人も優しく見守ってくれます。 「さぞ不安だったでしょう。こちらです。ついて来てください」 「ありがとうございます。よろしくお願いします」  私はクロードと手を繋いで老人の後について歩きだしました。  歩いている途中、老人が私に話しかけてきます。 「十万年前の遺跡に興味がおありでしたか? その年代は初代勇者の時代ですね。この辺りは初代勇者最期の地とされる場所ですから」 「やはりこの辺りが初代勇者最期の地なんですね。あの観光地にもなっている岬でしょうか」 「ええ、ここで発掘された石像にそのように刻まれていました。初代勇者があそこを最期の地に選んだのには意味があったのでしょう」  老人は切なげな眼差しで言いました。  私はなにも答えられませんでした。  初代勇者イスラがあの岬を選んだ理由は一つ、人間界でもっともレオノーラに近い場所だからです。あの岬から真っすぐ見つめた先の海にレオノーラは沈んでいるのですから。  少しして廊下を抜けて庭園を囲む回廊に出ました。  明るい日差しが差した庭園では子どもたちが遊んでいます。  この子どもたちは遺跡で働いている研究者や学者の子どもたちでしょうか。さっき庭園を通った時は誰もいなかったのに、今は賑やかな子どもの声に溢れています。 「――――ヨーゼフおじいちゃん!」  ふと遊んでいた女の子がこちらに気づきました。  ヨーゼフとはどうやら私たちを案内してくれている老人の名前のようです。  他の子どもたちもヨーゼフに気づくとこちらに向かって走ってきました。

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