46 / 111
第四章・十万年を暴いた男8
「豪華な食事ですね。少し驚きました」
「お手伝いしてくれている方々が持ち寄ってくれるのです。あの魚は近くの漁港にあがったものですよ」
「あの港町ですね。たくさん漁船が停泊していました」
「漁師さんが好意で持ってきてくれるんです」
「みなさん優しいんですね」
昼食にこれだけの食事が並ぶのですから夕食はもっと豪勢な食事が並ぶのでしょう。
ここの孤児院の子どもたちはたくさん食べて、たくさん遊んで、たくさん学んで成長していくのですね。子どもたちの屈託ない笑顔に癒される心地でした。
私は食事風景を見学すると、教会の中を案内してもらいます。
教会の建物は歴史を感じさせるものですが、子どもたちの部屋は清潔感のある心地よい環境でした。
「素晴らしいです。ここの子どもたちはたくさんの愛情を受けて育っていくのですね」
「子どもたちをそう言っていただけてありがとうございます。……ああ申し訳ありません。呼ばれておりますので少し離れます。ご自由に見て回ってください」
「どうぞ行ってきてください。私たちのことはお気になさらず」
ヨーゼフはお手伝いの女性に呼ばれて歩いていきました。
それを見送って私とクロードは見学を続けます。
でもクロードの様子がやっぱりおかしいです。先ほどから不思議そうな顔でここの子どもたちを見ているのですから。
「クロード、どうしました? なにかありましたか?」
「えっと、その……」
「よかったら話してください。気になってしまいます」
「その、ちょっとふしぎにおもって……。ブレイラ、にんげんかいにいるまりょくなしのにんげんは、こんなにたくさんいるものなんですか?」
「え?」
人間界の魔力無しの人間……。
人間は魔族や精霊族に比べると魔力は少ないですが、それでも魔力を持って生まれてくるのが大多数です。しかし極稀に魔力無しで生まれてくる人間もいました。私もそのうちの一人です。
昔は魔力無しの人間は無力な存在として差別されることも多かったですが、現在は少しずつ見直しされています。魔力無しの私が魔界の王妃になったことも見直された理由の一つです。
「そうですね、いない訳ではありませんが……。一つの町に二人とか三人とかですので、それほど多いわけではありませんね」
「そうですよね、わたしもそうおもってました」
クロードはそう言いながらも、困惑しながらも口を開きます。
「ここにいるこどもたち、ぜんいんまりょくなしのにんげんばっかりなんです」
「え?」
思わず聞き返しました。
この孤児院にいる子どもたちは全員が魔力無しの人間……。
「クロード、それは本当ですか?」
「はい、だれからもまりょくをかんじません。みんなブレイラとおなじです」
「それは……」
それは明らかに不自然でした。
意図的に集められたとしか思えないほどの不自然さ……。
「ブレイラ、そんなことってあるんですか……?」
クロードが不安そうに見上げてきました。
大丈夫ですよと慰めるけれど明らかに奇妙なことです。
もし意図的に子どもたちが集められたなら、なぜそんなことをする必要があったのか……。
でも今は不安がるクロードを慰めます。
「行き場のない子どもたちを集めたのかもしれません。昔よりだいぶマシになりましたが、魔力無しの人間が差別を受けやすいことも確かですから」
「はい……」
クロードは複雑な顔をしながらも頷きました。
今は『行き場のない子どもを集めたら、偶然魔力無しが集まった』という理由であることを信じたいです。
孤児院にいる子どもたちの屈託ない笑顔は本物でした。ここでしっかりと愛情を受けて育てられているのは間違いないのですから。
「クロード、他の場所も見に行ってみましょうか」
私は気を取り直し、クロードと手を繋いで歩きだします。
しばらく歩くと両扉が見えました
「行ってみましょうか」
私はそう言って両扉を開けてみる。
そこは広い礼拝堂でした。
「孤児院の中に礼拝堂があるんですね」
「このたてものは、ふるいきょうかいなんですか?」
「そのようですね。元々は古い教会で、そこを孤児院として使っているのでしょう」
私とクロードは誰もいない礼拝堂に入りました。
石造りの礼拝堂は荘厳な雰囲気に満ちています。
礼拝堂の奥には祭壇があり、その祭壇の後ろの壁面には小さなシンボルが彫られていました。
近くに行ってよく見なければ分からないほど小さなシンボル。
私はなにげなく目を凝らし、それを確かめて。
「っ、あれは……」
ごくりっと息を飲む。
それは見覚えのあるものだったのです。
見間違えるはずがありません。だってそれは十万年前に見たものと同じもの。
十万年前の魔力無しの人間たちが信仰したものだったのです。
「どうしてこれがここに……」
背筋に冷たい汗が伝いました。
迫害を受けていた十万年前の魔力無しの人間が信仰し、祈ったのは世界に復讐すること。
その憎悪の祈りはゲオルクが祈り石を造りだしたことで実現可能となりましたが、私たち家族と初代四界の王とで阻止したのです。
「……ブレイラ、ちっちゃなこえがきこえます」
「声?」
「はい。ちっちゃいけど、きこえます」
クロードが耳を澄ましながら言いました。
でも私には聞こえません。しかし次代の魔王であるクロードの聴覚は私よりもずっと優れています。きっと本当に声がしているのでしょう。
ともだちにシェアしよう!