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第四章・十万年を暴いた男11
「あの、あなたはどうしてこんな所に閉じ込められているのですか?」
「わたしは、わたしは嫌なんです! どんなに豪華な食事を与えられても、どんなに綺麗なドレスを着せてもらっても。みんなにありがとうって感謝されても、それでも自分だけが死ぬのは嫌なんです! だから私を早くここから出してください!!」
「え……?」
訴えられた内容は異様なものでした。
突然すぎて意味が分かりません。でも十歳ほどの少女が切羽詰まったような必死さで訴えている。そこに虚言があるようには思えません。
「分かりました。とにかくここを出ましょう。詳しい事情は後です」
「ありがとうございます!」
私はクロードと少女の手を引いて地下通路を引き返しました。
孤児院の礼拝堂が近づくにつれて警戒を強めます。この少女はおそらく孤児院の関係者から逃げているのでしょう。見つからないように気を付けなければいけません。
「クロード、ここからは静かに行きましょう。あなたも、いいですね?」
「はい、分かりました」
「わたし、かんぺきにできます」
私は二人に頷いて、地下通路の階段をあがって礼拝堂に出ました。
幸いにも礼拝堂には誰もいません。
そのまま礼拝堂の外に出ようとしましたが。
「私の孤児院はいかがでしたか? ここで暮らす子どもたちは、たとえお仕置き中だったとしてもなに不自由なくすごしていることをご覧いただけたでしょうか」
「っ、ヨーゼフ!!」
ヨーゼフでした。
礼拝堂の外ではヨーゼフが待ち構えるように立っていたのです。
いいえ、ヨーゼフだけではありません。そこには孤児院の子どもたちや、孤児院をお手伝いしている大人たちの姿もありました。
私の全身から血の気が引いていく。
そこにいる子どもたちも大人たちもニコニコニコニコしていたのです。みんな同じ表情でニコニコと。
……明らかに異様でした。
ニコニコした笑顔から一切の敵意を感じません。それどころか柔和で優しそうな雰囲気すら感じます。でも言葉にできない異様な不気味さを感じるのです。
私はクロードと少女の手をしっかり握ってヨーゼフを見据えます。
「この少女が地下の部屋から助けを求めていました。この少女を閉じ込めていたのは、あなたですね」
「少しばかりの仕置きですよ。仕置きといっても世間一般のものより甘やかしてしまいますが、子どもたちを大切にしたい気持ちが強すぎて。いやはや、お恥ずかしい」
ヨーゼフは純朴な様子で言うと、恥ずかしそうに頭をかきました。
そこに一切の悪意を感じません。あるのは子どもたちへの純粋な思いだけ。
そんなヨーゼフを子どもたちも可笑しそうに笑います。
「ヨーゼフおじいちゃん、てれてるー!」
「おじいちゃんったら〜」
「ヨーゼフおじいちゃん、私たちのこと大好きだもんね!」
どの子もニコニコした笑顔です。
大人たちもニコニコしながら「ヨーゼフ様はお優しいから」「それでこそヨーゼフ様です」とヨーゼフを称えていました。
それは家族の団らんのような雰囲気だけど不気味な違和感を覚えてしまう。
「ヨーゼフ、私とあなたの認識が食い違っているようですね」
「そうでしょうか。あなたにもここが子どもたちにとって幸せな場所だと思っていただけたと思うのですが」
「そうですね。温かな食事と温かなベッド。綺麗に掃除されている部屋と清潔な衣服。ここには幸せに暮らすために必要なものが揃っています。でもどうしてでしょうね、違和感を覚えるのですよ」
私はヨーゼフを見据えて言いました。
しかしヨーゼフが気にする様子はありません。
ヨーゼフだけではなく、そこにいる大人も子どももニコニコしたままです。
十歳くらいの男の子が不思議そうな顔で少女に聞きます。
「どうして逃げようとするの? ここにきて幸せだよって言ってたのに」
「そうだよ。ここにいたらずっとお姫さまみたいな生活ができるって喜んでいたのに」
「おかしいよ。せっかくヨーゼフ様がお姫さまにしてくれたのに」
「逃げるのなんてやめなよ。また一緒にくらそうよ」
子どもたちが口々に言いました。
どの子も責めた口調ではありません。ただ純粋な疑問を少女に聞いているようでした。
でも少女は怯えたように後ずさって、握っている私の手にぎゅっと力を込めます。
「み、みんなこそ目を覚ましてよ! ここにいたら殺される! ここにいたら、私たちは殺されるんだよ……!」
少女が必死に訴えました。
でもそれにヨーゼフがやれやれ……と少し困ったように笑います。そして優しい声で少女を慰める。
「殺されるなんて人聞きの悪い。これは数多ある無意味な死などではなく、四界でもっとも尊い死。この死は四界の人々の心に刻まれ、いつまでも語り継がれるものだよ。レオノーラ様のように」
「え、レオノーラ様……っ?」
私はまさかの名前に目を見張りました。
どうしてその名前を……。
レオノーラのことは四界の重要機密として箝口令が敷かれているのです。
しかもここにいる大人や子どもたちは胸の前で手を合わせ、「レオノーラ様のように」「ああレオノーラ様」「我らの救い」と祈るように口々に言いました。
どの顔も陶酔しているように恍惚として、私の背筋がゾッとします。
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