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第四章・十万年を暴いた男12
「な、なんですか、これは……。それにレオノーラって、どうしてそれを……」
後ずさる私にヨーゼフが意外そうな顔をしました。
「おやおや、あなたはレオノーラ様をご存知でしたか。やはりここへ来たのもなにかのお導きだったのかもしれない。あなたは魔力無しの人間のようですから」
「っ……」
私は警戒心を強めました。
ヨーゼフは私が魔界の王妃とは気づいていない様子ですが、それよりも私が魔力無しの人間であることの方が重要なようです。それがこの孤児院に魔力無しの子どもばかり集められた理由なのでしょう。
私はヨーゼフを見据えました。
「ヨーゼフ、答えなさい。ここは普通の孤児院ではありませんね。魔力無しの子どもたちを集めていったいなにが目的なんです!」
「目的? なにを人聞きの悪いことを。私たちがしていることはレオノーラ様への心からの信仰のみ。初代教祖ゲオルク様のお導きにより、私たちはレオノーラ様のご意思を継ぐまでのこと」
「い、意味が分かりません。あなたは、いったいなにをっ……」
「おや、レオノーラ様の名を知りながら意味が分からないとは不思議なことを。十万年前、本当ならこの星は終焉を迎えているはずでした。しかしレオノーラ様の尊い犠牲によって守られたのです。レオノーラ様は魔力無しの人間に尊い使命と意味を与えてくださった御方です」
ヨーゼフはそこで言葉を切ると、胸の前で両手を組んで陶酔した顔で続けます。
「きたるべき終焉の時、ここの子どもたちは現代のレオノーラ様となって星を救ってくれるでしょう。四界のすべての民はここの子どもたちをレオノーラ様に次ぐ尊い存在として崇めるのです」
ヨーゼフの言葉に子どもたちもうっとりと口を開きます。
「ああ、ステキなレオノーラ様。私もレオノーラ様のようになれますように」
「ううん、私よ。絶対に私がなるんだから!」
「あら、あなたの学業の成績はとてもレオノーラ様を語れるものじゃないじゃない」
「それ言わないでよ〜」
「アハハハハッ、おかしい〜」
子どもたちが楽しそうな笑顔で言い合っていました。
それを見守る大人たちは「この尊い子どもたちのお世話ができるなんて」と嬉しそうにしています。
……脳内で警鐘が鳴りました。
これ以上ここにいてはいけません。ここは優しい雰囲気が漂う孤児院だけど、……狂気に満ちている。
「……クロード」
小さな声で呼びかけると、クロードが不安げに顔を上げました。
ヨーゼフたちに聞こえないように気を付けながら話します。
「この子を連れてここから逃げましょう。走るんです。さっきの地下通路まで走って転移魔法でここから逃げましょう。できますか?」
「で、できます。かんぺきにできますっ」
クロードがハッとしたように気合いをいれます。
逃げる方法はクロードの転移魔法しかありません。それには時間稼ぎが必要でした。
「転移する場所はどこでも構いません。お願いします」
「わかりました……っ」
突然の大役にクロードは緊張した顔になりました。
私はヨーゼフや大人たちを見据えて隙を伺います。
ここにいる大人も子どもも陶酔した顔でレオノーラのことを語りあい、その中心にはヨーゼフがいます。
ここにいる人たちが信仰しているのは、十万年前の魔力無しの人間が信仰していたシンボルと同じもの。信仰の名のもとに祈り石の製造を行なっていたのです。
十万年前にゲオルクが死んだことで信仰は途絶え、レオノーラのことは禁書ごと封じられて神話となっていましたが、それを細々と繋いでいた者たちがいたのでしょう。
そして現在、ヨーゼフが指導者となって信仰を集めているのです。しかも魔力無しの子どもたちを意図的に集めていました。
「ヨーゼフ、来たるべき終焉の時とはどういう意味です」
「おや、レオノーラ様のことを知りながらとぼける気ですか? もうすぐレオノーラ様が目覚めるというのに」
「…………」
このヨーゼフという男はどこまで知っているのでしょうか。
得体のしれない恐ろしさを感じました。
「ああ、十万年の時を越えてレオノーラ様が目覚められる。祈り石となったレオノーラ様がもうすぐ地上に降臨される。我らはレオノーラ様の下僕となって働くのみ」
ヨーゼフは陶酔しながらレオノーラについて語ります。
それは不気味でしたが、ずっと探していた隙を与えてくれる。
「っ、今です! 走って!!」
私はクロードと少女の手を引いて走りだしました。
礼拝堂の出口ではなく、地下通路の入口へ。
私は地下通路の隠し扉を開けるとすぐに閉じました。
「クロード、お願いします!」
「はいっ」
クロードはポケットから小石を取り出すと急いで転移魔法陣を描きだしました。
その間も外から扉を激しく叩かれます。
ドンドンドンドン!! ドンドンドンドン!!
「早くここから出てきなさい!」
「どうして逃げるんだ! 話し合おうじゃないか!」
「ここの子どもたちは同じ魔力無しの人間です。あなたならきっと理解できるわ!」
聞こえてくる怒号と説得。
私と少女は扉を全力で押さえます。
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