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第四章・十万年を暴いた男14

「ごめんなさいっ。ほんとうにごめんなさい……。グスッ。私が助けを呼ばなかったら、こんなことにはならなかったのに……っ。グスッ」  少女は泣きながら謝ります。  少女の名はモニカ。  ほんとうは私とクロードが助け出してあげたかったけれど失敗してしまいました。  しかも今度は私と一緒に地下室に閉じ込められて、モニカは罪悪感と絶望感に泣いてしまっているのです。 「モニカ、泣かないでください。あなたのせいではありません」 「でも、でも……っ。うっ……。もしあんな小さな子になにかあったら……!」 「…………」  私は目を伏せました。  ……クロード。  ここの人々は魔力無しの人間になんらかの執着を見せていました。そのせいで魔力を持っているクロードが遠ざけられてしまったのです。  クロードがどこに連れていかれたのか分かりません。でも今はクロードが無事であることを祈ります。クロードとて時代の魔王として生まれた子どもです。普通の五歳児以上の能力がある子なので、きっと……。  せめて私とクロードのことにハウストとイスラとゼロスが気づいてくれればいいのですが。  私は泣き崩れるモニカの肩にそっと手を置きました。 「クロードは強い子です。私はクロードを信じています」 「ブレイラ様……」 「あなたの話しを聞かせてくれませんか。この孤児院やヨーゼフのことも。ここは普通の孤児院ではありませんよね」  そう聞くとモニカは唇を噛みしめて俯きました。  でもゆっくりと顔を上げ、まるで懺悔するように口を開きます。 「……私がバカだったんです。私が、貴族の生活を捨てきれなくて、ヨーゼフのことを信じたりしたから……。……私は、没落した貴族の妾の子なんです」  モニカがぽつりぽつりと身の上話を始めます。 「お母さんは妾だけどお父様は私たちをとても大事にしてくれて、お屋敷もいただいて、まるで貴族みたいな生活をさせてくれました。でも没落したお父様は私と妾のお母さんを養えなくなって、私たちはお父様の遠い親戚に送られました。それは捨てられたっていうことだったんです……。新しい家でお母さんは下女としてたくさん働いて、働いて、病気になって死んでしまいました……。グスッ、今度は私が下女として働いたけれど、……逃げたんです。ここにいたら殺されるって思って、逃げたんです……っ」 「そうでしたか。辛い思いをしましたね」 「…………」  モニカは少し黙り込んでしまいました。  なにかを隠すように俯いてしまう。私が顔を覗きこむとモニカは誤魔化すように首を横に振りました。  そして続きを話してくれます。 「その時に私を拾ってくれたのがヨーゼフ様でした。ヨーゼフ様は私の身の上を知って、以前のような生活を約束してくれたんです。お父様が没落する前に着ていたようなおしゃれなドレスやふかふかのベッド、おやつの時間は甘いデザート。ここは孤児院だけど、私が取り戻したかったものを全部与えてくれたの」 「それがこの部屋なんですね」 「うん。ここは地下の仕置き部屋だけど、孤児院で私に与えられたお部屋はもっとステキなのよ」  モニカは自慢げに教えてくれました。  あなたは貴族のようなドレスや食事をすることが喜びなのですね……。 「ここではよい暮らしをしていたのですね」 「そうなの。お世話してくれる大人たちも魔力無しの私のことを尊敬してくれて、大切にしてくれる。ここの子どもはみんな特別な子どもだからって、なんでも許してくれるのよ」 「……それは魔力無しの人間だから、ということですね?」 「…………うん。だから嬉しかった。お父様が私とお母さんを捨てたのは、私たちが魔力無しだからなんだって思ってたから……。でもここでは魔力無しの人間だから大切にされるの。嬉しかった。でも」  モニカの表情が変わりました。  怯えた様子で私を見つめます。 「ここにいたら魔力無しの人間は殺されるんですっ。魔力無しの人間しかレオノーラ様の身代わりはできないからって、四界を救うために殺されるんです……!」 「レオノーラ様の身代わり……?」 「私、聞いてしまったんです。もうすぐ海底からレオノーラ様が目覚めて四界は終焉を迎えるって」 「っ……」  息を飲みました。  やはりヨーゼフはレオノーラのことを知っているのです。そして十万年前に祈り石を製造したゲオルクのことも。  ヨーゼフは先ほど『初代教祖ゲオルク』と言っていました。  初代時代にあった祈り石を造った魔力無しの人間の信仰は、十万年が経過して形を変えて現在に繋がったのでしょう。  レオノーラを信仰対象とし、現在の魔力無しの人間にレオノーラの力を引き継がせようとしているのです。  こんなことがあるなんて……っ。  私は港町の温泉宿でのことを思い出しました。  港町に老人が現われて町は様変わりしたのだといいます。その老人とはヨーゼフで間違いないでしょう。  この信仰が各地に広がっているとしたら由々しき事態です。  私は唇を噛みしめました。  このことを早くハウストたちに知らせなければいけません。この広大な遺跡はただの観光地などではなかったのです。 「うっ、うぅ、……はやく逃げないと、はやく逃げないとレオノーラ様が目覚めてしまうっ……。その前に逃げないと、私たちは殺される……。グスッ」 「大丈夫ですよ。必ず助けは来ますから今はここで待ちましょう」  そう、必ず助けは来ます。  帰ってこない私をハウストやイスラやゼロスは不審に思ってくれるでしょう。三人は必ず私を見つけてくれます。  でも今、クロードのことが気がかりでした。  私よりずっと強い子どもですが、あの子はまだ五歳なのです。  とても賢い子どもですがまだ五歳なのです。  いつも強気だけど本当はちょっと怖がりなのです。きっと一人で不安になって泣いています。  守ってあげなければいけないのに……っ。 「ハウスト……」  私は小さく呟きました。  どうかクロードを助けてあげてください。  クロードを……。

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