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第五章・十万年の安寧とその代償1
私が閉じ込められている部屋は地下の仕置き部屋でした。
仕置き部屋といっても、部屋にはお茶もお菓子も用意されているので飢えたりすることはありません。それどころか暇つぶし用の書物も置いてあるくらいでした。
モニカはずっと泣いていましたが、少し落ち着いてからは部屋の隅で静かにしています。
なんとか脱出したいところですが、この部屋の扉は固く閉ざされていて逃げることはできませんでした。
私は怯えているモニカを気にしながらも部屋の本棚に目を向けました。ここはもともと書斎だったのかもしれません。本棚には古い書物から新しい書物まで並んでいました。
なにげなく本棚のタイトルを見つめて、とある古い絵本が目に飛び込んできました。
他の書物は大人が読むような分厚い背表紙の書物なのに、これだけ絵本なので浮いて見えたのです。
「どうして一冊だけ絵本なんでしょうか……」
絵本をとってパラパラ捲りました。
そこには古いデザインながらも可愛らしいイラストで物語が綴られています。
私はなにげなくそれを読んでいましたが。
「これは……」
ごくりっと息を飲みました。
この絵本には初代時代のことが描かれていたのです。
虐げられていた魔力無しの人間が復讐のために祈り石を造り、星の核に穴を開けて星を滅ぼそうとした。しかし同じ魔力無しの人間であるレオノーラが新たな祈り石となり、星の終焉を阻止したという物語。しかもレオノーラが神であるかのように誇張して描かれていました。
もちろん直接的なことは描かれていません。もし描かれていたら禁書として取り扱われ、このように一般に流通することはなかったでしょうから。
しかし絵本で抽象的に描かれたことで禁書という扱いをされず、こうして人間たちの手に渡ったのです。ほとんどの人間はただの物語として受け取るでしょうが、そうでない者がいたとしたら……?
この絵本についてモニカに訊ねることにします。
「モニカ、この絵本は」
「――――おやおや、それは私たちの教義を書いた本ではないですか」
「ヨーゼフ!!」
答えたのはヨーゼフ。
そう、ヨーゼフが部屋に入ってきたのです。
突然のことにモニカが怯えた顔で後ずさりました。
私はモニカを少しでも守ろうと一歩前に出ます。
「突然ですね。ノックぐらいしてはどうですか?」
「それは申し訳ありません。あなたが私たちの教義に興味を持ってくださったのかと嬉しくて、つい」
そう言ってヨーゼフは私が持っている絵本を見ました。
この絵本に描かれている内容はここにいる人たちにとって教義なのですね。
私は緊張感を高めます。
「教義とはどういうことです」
「教義は教義ですよ。といってもそれは幼い子どもでも理解できるようにされた絵本。本物の聖書ではありませんが」
「……聖書。それは禁書のことですね」
私が『禁書』と口にした途端、ヨーゼフはにこりっと目を細めました。
それは優しい笑みですが底知れぬ恐ろしさを感じるものでした。
ヨーゼフは私を見たまま嬉しそうに口を開きます。
「おおっ、あなたは禁書までご存知でしたか。素晴らしい! レオノーラ様のことをご存知のようですから、もしやと思っていましたが。あなたは初代時代をどこで学ばれたのです?」
「あなたには関係ありません」
私は突き放すように答えました。
ヨーゼフは私に興味を持っていますが私に語り合う気などありません。
そんな私の態度にヨーゼフが残念そうに肩を落としました。
「残念です。あなたとは語り合い、互いを理解しあいたいと思っているんですが。しかし、あなたがどれだけ関係ないと突っぱねようと無駄というものです。あなたには見ていただきたいものがあります」
ヨーゼフがそう言うと控えていた男たちが部屋に入ってきました。
そして私をどこかへ連れていこうとする。
乱暴されることはありませんが有無を言わせぬ強引さです。
「な、なんですっ。私をどこに連れていくつもりです」
私は焦って抵抗しました。
でもそんな私の抵抗を封じるようにヨーゼフが口を開きます。
「あなたに無体はしたくありません。私は魔力無しの人間を大切にしたいのです。ですから、どうか」
ヨーゼフがゆっくりとした口調で言いました。
それに私の動きが止まります。
とても穏やかな口調ですが端々に含まれる威圧感。
私は後ろで怯えているモニカをちらりと見ました。私が言うことを聞かなければなんらかの危害が加えられるかもしれません。
「あなた、脅しているのですか?」
「とんでもない。私は魔力無しの人間を尊んでおりますから」
「…………分かりました。一緒に行きましょう」
「おおっ、私を信じてくださったのですね。ありがとうございます。それではこちらへどうぞ」
ヨーゼフは恭しくお辞儀すると部屋を出て行きました。
私の両側には男が控えてヨーゼフについて行くように促されます。
私は部屋を出る間際、モニカを振り返りました。
モニカは泣きそうな顔で私を見ています。
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