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第五章・十万年の安寧とその代償2

「大丈夫です。人間の王を信じてください」 「人間の王……?」 「はい。すべての人間の王です」  人間には勇者がいます。勇者はすべての人間の保護者であり、人間の王。  だからモニカはなにも心配することはないのです。 「モニカ、どうか信じていてくださいね」  私はそれだけを言うと部屋を出ました。  モニカの顔は不安と困惑でいっぱいだったけれど、どうか今はここで待っていてほしいのです。  地下通路ではヨーゼフが待っていました。 「人間の王とはおもしろいことを言いますね。それは我々にとってレオノーラ様のことです」 「…………」  私はなにも答えません。  四界にとってレオノーラの存在は特別です。初代時代から十万年の繁栄があるのはレオノーラが祈り石となったからです。祈り石は星の杭となって今も四界を守っています。  でもヨーゼフがレオノーラを崇める姿には不快感を覚えてしまいました。  私はヨーゼフを見据えます。  この男の目的が分かりません。十万年前のゲオルクとレオノーラを知っているようですが何者かも分かりません。ただ、この孤児院に集められた子どもたちを放っておくことはできません。  悔しいけれど今は黙ってヨーゼフの後について行きました。 ■■■■■■ 「ブレイラ、うぅ……」  クロードは石牢の隅でぽつりと呟いた。  クロードは閉じ込められてからなにも出来ないままでいた。  ブレイラを思ってプルプルしていることしかできない。  クロードの力では壁を突き破ることはできず、クロードの魔力では結界を破壊することもできない。なにもできないのだ。  五歳だから、まだ小さいから、まだ覚醒してないから、たくさんそう思った。言い訳だと分かっていても、そう言い訳しなければ自分を大嫌いになってしまいそうなのだ。  でも言い訳だと分かっているから情けなくて苦しくなる。自分のことを大嫌いになる。  せめて今の自分にできることをしたい。でも考えて落ち込んだ。なにも思い浮かばないのだ……。 「ブレイラ……。ぐすっ」  離ればなれになったブレイラを思い出す。せめてブレイラが捕まっていることを父上やにーさま達に伝えたい。  クロードは石牢のなかを見回した。  その時、石牢の隅に落ちていた木片が目にとまった。 「そうだ! これをつかえば……」  クロードは木片を手に取り、頭上にある小窓を見上げた。  この石牢の壁には小窓がある。天井の近くにある小窓を通り抜けることは出来ないが、この木片なら小窓から外に出すことができる。  この監獄内では魔力が使えないが、外に出れば魔力が使えるはずなのだ。 「ちちうえたちにしらせなきゃ」  クロードはポケットから小石を取り出すと木片に魔法陣を描く。  少し複雑な魔法陣が必要だが、魔界のお城でお勉強しているので完璧に描けるのだ。 「できました! かんぺきにできました!」  クロードは木片を見つめて満足そうに頷く。  そして高い位置にある小窓を見上げた。  あの小窓から木片を外に出せればきっと上手くいく。 「えい!」  クロードは狙いを定めて投げたが。……カーン! カランコロン……!  ……失敗である。  窓枠にぶつかって返ってきた。 「うぅ、もういっかい……」  クロードはもう一度投げた。何度も投げた。そのたびに窓枠にぶつかって返ってくるけれど諦めずに何度も。  カランカランと石牢に木片が転がる音がする。でも見張りがいないので誰も駆けつけてこない。ヨーゼフがクロードのことをちょっと魔力が使えるだけの子どもだと思って油断しているからだ。それはクロードが最初から誰にも相手にされていないということだが、それが今は好機だ。 「もういっかい。えいっ! あっ、できました!」  木片が小窓から外へ飛び出していった。  耳をすませば壁の外に落ちた音がする。  しばらくすると木片に描いた魔法陣が二段階で輝き、魔力が発動した。それは召喚魔法陣。  クロードの狙いはこれだった。ブレイラの危機を知らせるには召喚獣が必要である。  しかし石牢の中では魔力が発動しないため、監獄の外で魔力を発動させなければならない。  その条件で召喚魔法陣を発動する方法は一つ。二段階発動である。  トラップ魔法を応用して魔力発動に時差を起こさせ、監獄の外で召喚魔法陣が発動するようにしたのだ。  これは難易度の高い魔力発動方法だが、クロードは魔界のお城で魔法陣をひたすら描いていたので正確に覚えていた。  クロードは石牢の中から外にいる召喚獣に話しかける。 「わたしです! クロードです! そこにいますよね!」  クロードは壁の向こうで出現したはずの召喚獣に話しかけた。  今はこの召喚獣にかけるしかないのだ。 「ちちうえとにーさまたちにブレイラがつかまったことをしらせてください!」  クロードが召喚獣に命じると召喚獣が動きだした。  召喚獣は召喚主に忠実なのである。  命令通り父上とにーさまたちにブレイラの危機を知らせに行くのだ。  ちょこちょこちょこちょこ。  クロードの召喚獣がハウストたちのもとへ急ぐ。  ちょこちょこちょこと召喚獣が、その名もダンゴムシが。  そう、クロードの召喚獣はダンゴムシである。  それはゼロスに召喚を教わったということもあるが、今のクロードの力ではダンゴムシ一匹が限界なのだ。  しかしゼロスから受け継いだダンゴムシは、かつて初代幻想王オルクヘルムと戦っていたゼロスを救ったこともあるダンゴムシである。必ず父上たちのところに辿りついてくれるとクロードは信じていたのだ。  こうしてダンゴムシはハウストたちのところへ急ぐのだった。

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