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第五章・十万年の安寧とその代償4
「にーさま、ブレイラがわたしのことしんぱいしてます! すぐにわたしのかおをみせてあげないと!」
「……。どういう意味だ?」
イスラが反応した。
クロードの思った通りだ。イスラはブレイラに弱い。そのため、どんなこともブレイラと一緒に望めば格段に叶いやすくなるのだ。
「わたし、ブレイラのまえではなればなれにされたんです! ブレイラはずっとわたしのことしんぱいしてました! だから、わたしのげんきなかおをすぐにみたいはずです!」
「…………お前、俺がそう言えば連れていくと思っているのか」
思っている。クロードはそっと目を逸らした。
正直な末っ子の反応にイスラはスッと目を細めて、ガシリッ。クロードの頭をぎりぎり鷲掴む。
「いい加減にしろ。俺がそんなことに引っかかると思っているのか」
「あああ、いたいっ、いたいです~~!」
「痛くしてるんだ。二度とヘタクソな駆け引きができないようにな」
「かけひきじゃないですっ。ほんとうなんですっ。ブレイラはずっとわたしのなまえをよんでました、クロードクロードって。だからわたしはげんきなおかおをみせなきゃダメなんです……! にーさま、いたい〜っ!」
「…………」
「にーさま、はなして~!」
「…………」
イスラはもがいているクロードを無言で見下ろす。
イスラの手からなんとか脱出しようと無駄な抵抗をしている。どうあがいても足手まといだというのに……。
だがクロードの読みは間違っていない。イスラはブレイラの名を出されるとどうにも弱かった。
イスラはため息を一つつくとクロードの頭を離してやる。
「もう、にーさま! なにするんですか! いたいじゃないですか!」
「騒ぐな。これから侵入する奴がそんなに騒がしくしてどうする」
「だってにーさまが、……ん? にーさま、それはわたしもいっしょってことですか!?」
「だから騒ぐなと言っただろ」
「そうでしたっ」
クロードはハッとして両手で口を覆う。
でも口を覆ったまま目だけはイスラを見上げた。
末っ子に上目遣いで見つめられてイスラは苦笑する。
「行くぞ。遅れるなよ」
「はい!」
クロードが嬉しそうにイスラについていく。
イスラはなにげなくクロードを見下ろした。
甘ったれだと思う。ゼロスがまだ三歳の時も思ったものだが、クロードはまた違った意味で甘ったれすぎる。
そもそも幼かった時のゼロスと今のクロードでは違いすぎた。
ゼロスはそうとうな甘ったれ体質だったが、それでも自分の身を守れるだけの力を持っていた。とことん甘ったれだがあれでも赤ん坊の頃から冥王として覚醒していたのだ。
しかしクロードは違う。
今はイスラに同行を許可されてはしゃいでいるが、果たして……。
イスラはゼロスを思い浮かべる。ゼロスは「あ、クロードだ。連れてきてもらったの? よかったね〜」とあっさり迎えるだろう。もしもの時は弟のクロード一人くらい自分が守ってやればいいと思っているからだ。そう、イスラとゼロスにとって今のクロードはどこまでも一番下の弟なのだ。
だがハウストはどうだろうか。ハウストは当代魔王でクロードは次代の魔王。ただの甘ったれな息子ですまないところもあるだろう。
「にーさま、ブレイラはどこでしょうか。わたしたち、こじいんにちかしつをみつけたんです」
「孤児院があったのか」
「はい。こじいんには、まりょくなしのこどもしかいませんでした」
「魔力無しの子どもだけだと?」
「はい。あとはレオノーラさまとか、ゲオルクとか、そんなこといってました」
「レオノーラとゲオルク……」
イスラの表情が変わった。
レオノーラとゲオルクのことは四界でも最高機密。それを一般人が知っているなど不自然すぎた。
なによりこんな場所で『レオノーラ』『ゲオルク』の名前が出てくること自体が不穏なのだ。
「分かった。ブレイラを助け出し、ヨーゼフとかいう男を捕獲する」
「はい、わたしもがんばります!」
クロードが張り切って返事をした。
イスラと合流したので強気だ。
「にーさま、いっしょにがんばりましょう! わたしのげんきなかおをみたら、ブレイラはぜったいよろこびます!」
「…………」
どうしたものか……、イスラは内心ため息をついた。
今のクロードはすっかり明るくなった。しかし……。
イスラは考えようとして、考えるのをやめた。結局なるようにしかならないのだから。
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