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第五章・十万年の安寧とその代償5
「父上、こっちから人の気配がする。しかも結構いるね」
「ああ、子どももいるようだな」
ハウストとゼロスは遺跡の中の通路を走っていた。
ブレイラ捜索を別々にしていたが、不穏な気配を感じる方角に向かっていたら鉢合わせたのである。
「こっちは俺に任せて違うところを探してきたらどうだ」
「どうしてそんなこと言うかなあ。一緒に頑張ろうよ」
「まだブレイラが見つかっていないのに俺とお前が一緒の場所で頑張ってどうする。効率悪いだろ」
「それもそうだけど、僕もこっちだと思うんだよねえ~」
二人は走りながら会話した。
交わされる会話はのん気なものだが二人に隙はない。
風のように通路を駆け抜け、周囲一帯の気配を鋭敏に感知していた。
「ん? あ、父上ストップ! ちょっと止まって!」
「なんだ」
ハウストとゼロスがぴたりと立ち止まった。
高速度からの急停止だというのに二人はなんの反動も感じさせない。規格外の身体能力である。
ゼロスは空を見上げた。少しして上空を一羽のカラスが旋回する。
「あのカラス、兄上の召喚獣だ」
「イスラはなにか見つけたのか」
「どうだろ。あ、なにか落ちてきた」
上空のカラスから小石より小さな黒い粒が落下してきた。
四界の王のすぐれた視力でなければ気づかないほど小さな黒い粒。ゼロスは上空から落下するそれを目で追って。
「ああっ、あれ僕のダンゴムシだ!」
「お前のダンゴムシ? ……あのダンゴムシか」
「そう、僕が初めて召喚した大事な友だち。今はクロードに貸してんの」
ゼロスは「大丈夫だよー! 僕がちゃんと受け止めてあげるからねー!」と言いながら見事に手の平で受け止めた。
ゼロスの手の平にはダンゴムシ。続いてイスラのカラスがゼロスの肩に降りてきた。
「よく食べられなかったね。キミも食べないでいてくれてありがと~」
ゼロスは手の平のダンゴムシをなでなでし、肩のカラスには礼を言った。
褒められたカラスは誇らしげに「カアッ」と鳴いた。イスラに餌じゃないと言われていたので我慢したのだ。
「父上、クロードに貸してたダンゴムシがここにいるってことは、やっぱりブレイラとクロードになにかあったんだと思う」
「ダンゴムシはなにを伝えたいんだ」
「ちょっと待ってね」
ゼロスはダンゴムシとカラスから「うんうん、それでそれで?」と状況を聞く。
本当なら召喚獣と意思疎通できるのは召喚主だけだが、ゼロスは元から召喚獣と相性がいい特性があった。
しかし内容を聞くにつれてゼロスの明るかった表情が剣呑なものになっていく。
「……父上、ちょっと大変かも」
「どうした」
「やっぱりブレイラとクロードは捕まってるっぽい。クロードは兄上が助けてくれたけど、ブレイラだけ別の場所に連れていかれたんだって」
「なんだと?」
ハウストの声が低くなった。
周囲一帯の空気が張り詰めてゼロスは息苦しさを覚える。
ブレイラが攫われた。その事実にハウストが纏う空気が変わったのだ。
でもそれはゼロスも理解できることである。ブレイラは自分たちにとってそういう存在なのだ。
ゼロスはクロードが伝えてくれたことを話しだす。
「この遺跡には孤児院があるみたいだ。孤児院の責任者はヨーゼフ。その孤児院で暮らしているのは魔力無しの人間の子どもばかりだったんだって」
「不自然な偶然だな」
「うん、普通に必然だよね。ヨーゼフに意図的に集められたみたい。でもね、ヨーゼフは世界を救うために子どもたちを集めているんだって。レオノーラがもうすぐ目覚めるからって」
「レオノーラ……っ」
「そう、レオノーラだって。たしかにヨーゼフはそう言ってたみたい」
レオノーラ。その名にハウストも驚きが隠し切れない。
なぜこんな人間界の遺跡でレオノーラの名が知られているのか……。
ゼロスは説明を続ける。
「ここにいる子どもたちはレオノーラを崇めてて、目覚めたレオノーラの力を引き継げることを喜びだと思ってるみたいだ。それで世界を救うんだって」
「……そういうことか。十万年もあればそんな思想を持つ者も出てくるだろう」
十万年前、本当なら星は終焉を迎えて世界は滅びていた。しかしレオノーラの犠牲と世界を四つに分かつことで終焉を免れたのである。
四界は祈り石となったレオノーラのおかげで十万年の繁栄を甘受した。その中で偏った思想を持つ者が出現することも当然で、人が生きながらえた代償ともいえるだろう。
「ヨーゼフってゲオルクのことも知ってるみたい。父上、ゲオルクってあのゲオルクだよね。一番最初に祈り石を製造したっていう……」
「ああ。ヨーゼフがレオノーラとゲオルクに傾倒しているのだとしたら厄介だぞ」
「だよね。ヨーゼフがどこまで十万年前のことを知ってるのか気になるな」
「どっちにしろブレイラを無事に救い出し、ヨーゼフを捕獲する」
「了解」
ゼロスはうんっと頷く。
ブレイラの救出は絶対事項だ。
こうしてハウストとゼロスもブレイラ救出に動き出すのだった。
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