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第五章・十万年の安寧とその代償6

「私をどこまで連れていくつもりですか?」 「すぐそこですよ」  ヨーゼフはそう答えながら歩き続けます。  私は不審たっぷりにヨーゼフの背中を睨みました。  遺跡の中にある孤児院から私だけ連れ出され、ここがどこかも分からずに歩かされています。  分かっていることは遺跡の深層部に向かっているということ。   私は周囲を見回して緊張が高まりました。  進むにつれて遺跡の年代が古くなっています。  観光地になっている一番外側は約三万年前でした。一般人禁止の研究室や孤児院があった区域も古い時代の遺跡でしたが、今歩いている場所はそれよりもさらに古いように思えました。  しかも十万年前に時空転移した時に目にした十万年前の空気が漂っているのです。  どうしても違和感と不気味さを覚えて落ち着きません。 「ここはどこですか? 上の遺跡とは違うようですが」 「さすが魔力無しの人間ですね。お気づきでしたか」  私の様子に気づいたヨーゼフが嬉しそうに振り返ります。 「この場所は神聖な場所。他の区域とはわけが違います。ここはレオノーラ様の息吹を感じられる場所ですから」 「息吹……?」 「そう、深海に沈んだレオノーラ様の息吹、鼓動。十万年前から途絶えることはなく、静かに我々を守ってくれているのです。この尊さ、あなたなら分るでしょう」 「あなたに理解を求められることは不快です」 「つれないことを。ですがあなたもすぐに気づくでしょう。我々の活動の尊さを」  ヨーゼフはそう話しながら真っすぐ通路を歩き続け、少しして目の前に古い礼拝堂が現われました。  周囲の遺跡よりもさらに古くて重厚な雰囲気のある礼拝堂です。 「つきましたよ。さあ中へどうぞ」  そう言ってヨーゼフが礼拝堂の扉を開けました。  私は中に入って、祭壇の奥にあった肖像画に息を飲む。 「レオノーラ様……っ」  肖像画に描かれていたのはレオノーラだったのです。  これはいったいどういうことでしょうか。まるで見てきたかのようなディテイルで、今にも肖像画から出てきそう。  唖然として肖像画を見つめていると、背後にいたヨーゼフが柔和な口調で話しかけてきます。 「いかがですか、ブレイラ様。初めてあなたをお目にかかった時、とても驚きました。伝承のとおりレオノーラ様と瓜二つなのですから」 「っ、あなた、私のことに気づいていたんですね」  私は振り返ってヨーゼフを見据えました。  この老人は私が魔界の王妃ブレイラであることに気づいていたのです。 「ご心配なく、他意はありません。あなたを人質にして魔界に交渉しようなどとも思っていません。そもそも私にとってあなたが魔界の王妃であることに意味はないんですよ。大切なのはあなたが魔力無しの人間であるということだけ」 「…………」  それは信憑性があるものでした。もし正体を知っていて魔界に対して悪意があるならクロードを放っておくはずないのですから。ヨーゼフにとってクロードはただの魔族の子どもでしかないのです。  クロードに興味を示さないヨーゼフに安堵しましたが、だからこそヨーゼフの偏った思想に恐ろしさを覚えました。 「答えなさい。あなたはどこでレオノーラ様やゲオルクのことを知ったのですか? なぜそこまで魔力無しの人間にこだわるのですか?」 「簡単なことです。私はただ純粋にレオノーラ様を崇拝しているだけ。レオノーラ様のすべてはこの頭脳に刻まれていました」 「……意味が分かりません。レオノーラ様は十万年前の人間です。レオノーラ様の記録は禁書でしか残らなかったはず……」  四界の王たちですら十万年という長い年月のなかで忘れ去ったのです。  しかも今まで多くの学者が十万年前に世界が四つに分かれた原因を調査しましたが、だれも真実に辿りつかなかったのです。  それなのにヨーゼフがレオノーラやヨーゼフのことを知っていることは不自然でした。 「ブレイラ様、どうやらあなたは大切なことを見落としているようだ」  ヨーゼフが穏やかな表情で言いました。  でもこの場に似合わぬそれは不気味なもの。  ヨーゼフは楽しそうに語ります。 「ゲオルク様は祈り石を人工的に製造するほどの頭脳と探求心をお持ちなのです。時に頭脳と探求心は魔力をも凌駕する。あなたはゲオルク様が死んだと思っているようですが、ゲオルク様が自分が殺された後のことを考えていないと思っていたのですか?」 「まさか……っ」  息を飲んでヨーゼフを凝視しました。  そんな私にヨーゼフは恭しくお辞儀します。そして。 「改めまして、こんにちは。私は1672番目のゲオルク、現在の名はヨーゼフと申します」 「っ……!」  衝撃でした。  意味が分かりませんでした。  私は混乱してしまう。

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